「クルマの燃料がガソリンから電気に変わるほどの大転換が必要だ」。サイボウズ社長の青野慶久は、記者の目を凝視し、ふだんと様相が違う調子で話し始めた。創業15年で国内グループウェア大手の地位を築き、若くからIT業界で影響力をもってきた重鎮だ。クラウドやスマートデバイスなど新技術の普及や急激なグローバル化。パッケージソフトウェア(独立系ソフトウェアベンダー=ISV)会社は、ここ数年、変化の荒波にさらされている。現状のビジネスモデルが成り立たなくなるという危機感は、業界内に広く漂っている。(取材・文/谷畑良胤)
対Googleの敗北で目覚め
サイボウズ社長の青野が変化の兆候を察知したのは、2年ほど前だ。大手顧客の複数案件でGoogleに敗北した頃である。「IT担当者はサイボウズでいいという。しかし、社長がGoogleでいくと判断する」。クラウド型なので、世界の拠点で安く使えるからだ。失注の要因を検証すると、単純明快だった。
「変化しないといけない」。青野は、クラウドやスマートフォンなどへの開発費や人材の大型投資を決断する。「Googleのようなモノをつくる」。当初は敵を知ることから手をつけた。2011年4月、クラウド上にアプリ開発基盤と運用プラットフォームを実現するPaaS「kintone(キントーン)」は、そんななかで生まれた。先の明るさがみえてきたのか、最近、青野の口調は軽快だ。「ライセンス販売が限界にきている。だが、Kintoneなどで、市場は大きく広がる」。イベントでタレントの杉ちゃんを起用したり、アントニオ猪木を登場させるパフォーマンスで、大衆に打ち出すプロモーションは、顧客のすそ野を広げるためでもある。

サイボウズが開催したカンファレンス「cybozu.comカンファレンスII」(9月27日)で、アントニオ猪木に闘魂を注入された同社の青野社長(左) 国産ソフト会社の任意団体、メイド・イン・ジャパン・ソフトウェア・コンソーシアム(MIJS)で、青野と活動をともにする1stホールディングス社長で、MIJS前理事長の内野弘幸も、変わる必要性を説く。内野は本筋を話す際、軽口を叩かずに言葉を選んで静かに語る。「国産ソフトは、日本市場特有の文化があり、外圧を受けない。だが、ここ数年のグローバル化が安穏としたポジションを脅かす」。
成熟した日本市場から新興市場へ向かう一般企業。その戦略的なシステムを支えるIT業界は、一歩遅れている感がある。もちろん、会計システムなど日本独自の商慣習の傘の下にあって、外圧を受けにくい領域もある。ただ、グローバル対応した外資系ソフト・サービスの日本市場での勢いは顕著だ。外資系に乗るか、自前主義を貫くか。内野も、青野と同じく2年ほど前から、ビジネスモデルを根本から変える必要性を感じてきた。本紙で当時、グループ全体で80億円強の売り上げを「1000億円にする」と豪語したのも、この頃だ。
「危機こそがチャンス」。内野は最近、この言葉をよく口にする。この数年間、企業買収やホールディングス体制の整備、先進技術を身につけるために有力技術者などを一本釣りしてきた。11年3月のバリオセキュア・ネットワークス買収、12年4月には、米セールスフォース・ドットコムとの資本提携を断行した。この二つの案件はクラウド体制を整えるためだ。「資本力に乏しいパッケージベンダーは先行きが危うくなる」。内野はこのことを胆に銘じている。
内野と青野、二人とも「2年間は我慢する」と社内に理解を求めてきた。今はアクセルを踏む段階にある。ただ、向かうべき方向性を巡る葛藤は、尽きることがない。(つづく)[文中敬称略]