会計ソフトウェアを開発する独立系ソフトベンダー(ISV)のパッケージソフトは、製品枠を決めて開発し、その完成をもって製品がリリースされる。会計事務所の市場に果敢に挑むアカウンティング・サース・ジャパン(A-SaaS)が手がけるクラウドコンピューティングによるSaaS型のシステムは、「極端にいえば製品枠がなく、リリースが製品の始まりで、リリースと製品開発の繰り返しだ」。同社社長の森崎利直は、利用者のニーズに従い、柔軟に変更できるメリットを語る。(取材・文/谷畑良胤)
会計事務所は、全国に約3万2500事務所ある。すでにその市場には、TKCなど上位3社のシステムが入っている。最後発で参入したA-SaaSは、「既存専用機器ベンダーと同等か、それ以上のシステムを開発しなければ勝てない」。そこで社長の森崎は、上位3社が軌道に乗せていないクラウドを選択した。
クライアント・サーバー(C/S)型やパッケージソフトに比べて、開発コストは大幅に削減できるクラウド。それでも同社の試算では、10億円の資金調達が必要だった。森崎はここで頭を働かせた。「資金調達は、当社の理念に賛同する会計事務所が、自ら当社のシステムを利用する会員を募る」というものだ。会計システムは信頼が第一。あたりまえのことだが、会計システムが止まれば企業活動も止まる。A-SaaSの将来性を知ってもらうために、森崎は東奔西走した。
定型業務が多い会計事務所とはいえ、事務所によって要求する仕様は異なる。出資する事務所は、「A-SaaSの開発に際して、ユーザーにとって使い勝手のよいシステムをつくることを要求することができる」。この森崎の説明がずばり当たる。13年6月時点で、集まった開発預託金は2億7220万円、800人以上の個人株主から出資を得て構成する資本金が7億5057万円で、目標の10億円をクリアした。
ちなみに、個人株主は全員が経済産業省の「エンジェル税制(ベンチャー企業投資促進税制)」の適用を受けた。エンジェル税制の適用数は、一事業体としては断トツで日本一。実際はエンジェル税制適用期間の3年を過ぎても初期開発が終了せず、4年弱を要したが、会計と給与のクラウドサービスを12年5月に開始した。A-SaaSを利用するには、入会金20万円と開発分担金40万円(新規開業事務所は10万円)を支払い、月額5万円(同1万円)で利用することができる。現在までに1350事務所がこれに同意して出資し、580事務所(顧問先は2万6000社)で実稼働している。A-SaaS社長の森崎は「初期投資のサーバーは不要で、保守費用も大幅に削減できる。A-SaaSを使う会計事務所と契約する顧問先企業は、無料で利用できることがメリットとなる」。

中小企業の「自計化」は、依然として進んでいないが、A-SaaSの安価な仕組みが革新をもたらす可能性がある(写真と本文は関係ありません) 会計事務所も顧問先企業も、システムに関係するシステム負担が軽減され、本業に専念できる。実際は、一般的な会計ソフトの2分の1、会計専用機に比べてコストが5分の1になり、会計処理の効率化も図れる。これこそが、森崎が理想とする会計事務所を取り巻く業務のあり方だった。森崎は感慨深く語る。「リアルタイム集計を実現して、会計事務所と顧問先の距離が縮まり、絆が深まった」。会計事務所から顧問先に対し、常時、課題を指摘する体制が整ったのだ。
日々の業務で使う会計と給与の財務に関連するクラウドサービスはひと通り提供できた。最終的には、使用頻度が限られる資産税、特殊法人関連、手法や見解が多岐にわたる経営計画などのシステムを含め、2013年度(14年1月)までにすべての開発を終える。6月13日には、セールスフォース・ドットコムから第三者割当増資で総額6億2500万円を調達。「事業拡大と経営のスピードアップを図る」と、森崎はアクセルを全開にした。[敬称略]