クラウドの「副作用」ともいうべき事態が水面下で動き出している。SIerの主力ビジネスの一角を占める業務アプリケーション開発の価格が下がる傾向が強まっているのだ。クラウドとスマートフォン/タブレットの関係は密接不可分で、従来のサーバーとパソコンの関係を置き換える代名詞として位置づけられているが、とりわけこのスマートデバイス向けのアプリ開発で、低価格化と短納期化が顕著になっている。クラウド側で動作するシステム構築も過去のクライアント/サーバー(クラサバ)時代に比べれば割安になっており、SIerやISVは収益構造の見直しを迫られている。
脱クラサバの最右翼と目されているのが、クラウドとスマートデバイスの組み合わせだ。新しくつくられる業務アプリケーションの多くがクラウド上で稼働し、標準仕様としてスマートデバイスに対応している。

インフォテリア
油野達也執行役員 調査会社のインテージは、モニターの多くがスマートフォンへ移行していることを受けて、今年4月、スマートフォン対応のアンケート調査システムをAmazon Web Services(AWS)上で稼働させた。このプロジェクトでITパートナーとして選んだのは、クラウドインテグレータ(CIer)のサーバーワークスだった。インテージの饗庭忍・テクノロジー本部副本部長は「大手SIerは当初から業者選定リストから外した」と、従来のウォーターフォール型のSIを得意とする“レガシー”SIerとは組まなかった。
なぜか──。最大の要因はスピードと価格にある。クラウド+スマートデバイスは今まさに変化している分野であり、「3か月もすれば勢力図が変わる」(CIer関係者)といわれている。こうした状況のなかで、要件定義に何か月もかけ、さらに開発にそれ以上の時間をかける従来型のシステム構築手法では、市場のスピードについていけないからだ。

キヤノンソフトウェア
細貝恵
商品企画1課長 スマートデバイス向けのモバイルコンテンツ管理ソフト「Handbook」の開発に力を入れるインフォテリアの油野達也執行役員は、「従来型のシステム開発では、検討や要件定義をしているうちに外部環境が変わってしまう」と、ライフサイクルの迅速化を指摘。「Handbook」はスマートデバイス向けのコンテンツ管理から配信、閲覧までワンストップで提供することで「今すぐにでも使える」利便性の高さが評価され、これまでに国内でおよそスマートデバイス6万台分のライセンスを売りさばいた。
また、ITコンシューマライゼーションの潮流のなかで、企業向けのスマートデバイス用アプリの価格も、コンシューマ向けの無料または数百円という破格の値段に引っ張られる。短納期と低価格化の流れに着目したキヤノンソフトウェアは、クラウドに半ば特化した開発基盤「Web Aviator」の機能をこの8月に強化。従来はAWSのみの対応だったが、他社のクラウドやオンプレミス(客先設置型)システム上でも稼働可能な実行エンジンを実装した。「Web Aviator」は“自動ソフト開発ツール”のジャンルに属し、「クラウド+スマートデバイスで稼働するアプリに求められる短納期・低価格を実現するツールだ。今まさにSIerやISVなどからニーズが高まっている」(キヤノンソフトウェアの細貝恵・商品企画1課長)と、2015年までに関連事業を含めて10億円のビジネスに育てると意気込む。

アマゾンデータ
サービスジャパン
長崎忠雄 社長 日本でAWS事業を担当するアマゾンデータサービスジャパンの長崎忠雄社長は、「AWSは過去7年間で30回余り値下げしてきた」と、グローバル規模でビジネスを展開するメリットを前面に出す。クラウド大手のAWSが価格を下げれば、他のクラウドベンダーもある程度は追随せざるを得ず、クラウド側の価格攻防も激しさを増す。SIer大手のアクセンチュアは、自らクラウドインフラをもつのではなく、2015年までにおよそ4億ドルの巨費を投じて「クラウドプラットフォームを拡充する」(長部亨・シニア・プリンシパル)という。複数の異なるクラウドやオンプレミス環境を統合するミドルウェアで、迅速かつ低価格で業務アプリを構築することで勝ち残ろうとしているのだ。
クラサバ向けソフトは、かつてのメインフレームやオフコンに比べて安価につくれたことから爆発的に普及したが、これと同じことがクラウド+スマートデバイスでも繰り返されるとすれば、SIerやISVはソフト開発のコスト構造や収益モデルを見直す必要に迫られそうだ。(安藤章司)