リコー(三浦善司社長)は今年9月、BYOD(個人端末の業務利用)を開始した。リコーはこの10年、「個人情報保護法」の施行などによってコンプライアンス(法令遵守)を徹底し、セキュリティ強度を高めて情報を守る体制を強固にした。だが、そのことでITの利便性を失った。今年4月に就任した情報システム部門のトップは、犠牲になったITの利点を取り戻そうと、IT環境と利用方法の見直しに動いた。そのファーストステップがBYODだ。
【今回の事例内容】
<導入企業>リコーコピー/プリンタ/デジタル複合機(MFP)の大手。連結の子会社・関係会社は227社で従業員は10万7431人(ともに2013年3月末時点)。年商は1兆9244億円(13年3月期)。
<決断した人>リコーIT/S本部 石野普之本部長リコー米国法人に9年間在籍した後、2009年に帰国。今年4月に社内ITの企画立案を手がけるIT/S本部の本部長に就いた。リコーのIT環境見直しを進める改革者
<課題>セキュリティが厳しく、ITを利用する場所が制限されていて、仕事の効率が悪かった
<対策>クオリティソフトのMDMツール「ISM CloudOne」を導入したうえでBYODを開始
<効果>目標の指標と数値は非公表だが、BYODをきっかけにセキュリティ強度を優先する慣習を壊した
<今回の事例から学ぶポイント>セキュリティソリューションの提案は利便性とのバランスが大事
ITを過剰に制限する日本
「日本に帰ってきたら、仕事がやりにくくてイライラした。セキュリティがガチガチすぎて仕事がはかどらない」。リコーの情報システム部門であるIT/S本部の石野普之本部長は、帰国直後に感じていた不満をこう吐露した。
世界200か国でビジネスを手がけるリコーは、世界共通のセキュリティポリシーを全現地法人で運用しているものの、「ポリシーを守る方法は、それぞれの現法にある程度委ねられている」(石野本部長)。そのため、ITを利用する環境は、現法ごとに微妙に異なる。石野本部長の感覚では、米国よりも日本のほうがセキュリティが断然強固だ。このことは、石野本部長の目には万全のセキュリティ体制を敷いているというより、ITの利便性を犠牲にしていると映った。規制に縛られた日本本社のIT環境に嫌気がさし、今年4月に現職に就いた直後から、ITの利便性を取り戻そうと動き始めた。
ファーストステップとして取り組んでいるのがBYODだ。普及するスマートフォンとタブレット端末は有効活用できるとみて即決。「個人用のスマートデバイスを仕事で利用できる仕組みをつくれ」と、石野本部長は部下に指示を出した。
きっかけはトップの一言
ユーザー企業がBYODを始める最大の壁は、利用条件の設定だ。情報を漏らさないためにいくつかのルールを決める必要があるが、ここで端末を利用するユーザーと情報システム部門がぶつかることが多い。利便性重視の端末ユーザーと、セキュリティ対策を重んじるシステム部門。話が前に進まないケースは往々にしてある。
リコーもその例外ではなかった。セキュリティポリシーを作成・運用する部門が難色を示し、会議は常に膠着状態。そんな状態が長く続いたが、堂々巡りに終止符を打ったのは、「『何かあったら私が責任を取る』という石野本部長のひと言だった」と、BYODを現場で取り仕切ったIT/S本部の田崎淳一・シニアスペシャリスト。リコーの場合、セキュリティポリシーの作成・運用部門が幸いにも石野本部長の傘下にあり、部門トップの決断と強い意思が、プロジェクトを一気に進めるきっかけになった。
「日本人は何か新しいことをしようとする時、どんなプラスが待っているかよりも、リスクを探す。気持ちはわかるが、それを続けているとリコーは変わらない」と、石野本部長は力強くコメントする。セキュリティを重視してきたリコーは、実はスマートデバイスのBYODを3年前から検討していた。最適なOSは何か、業務での利用価値、守るための施策を裏ではしっかりと調べて準備していた。
利用規制は最低限
今年9月、リコーは満を持してBYODを開始した。スマートデバイスの利用条件を定め、管理するためのMDMツールとしてクオリティソフトの「ISM CloudOne」を導入した。ポリシーは極めてシンプル。パスワードによるロックや遠隔操作設定といった最低限のセキュリティ対策にとどめた。従来のリコーのITの利用方法に対する考え方が変わったことを印象づけている。ツールの選定では、iOSとAndroidの両OSに対応していることと、デバイスの動作に影響を与えない軽快さ、クラウドである条件を満たしたものを選んだ。
田崎シニアスペシャリストは「最初は2000~5000台だろう」と予想する。徐々に社内で利用を促し、2万台程度まで導入を進める意向だ。現状は、メールやスケジュールなどの共有にとどまるが、スマートデバイスの利用で効果的なアプリケーションソフトを今後用意する。
今後はパソコンにもBYODを適用する考えだ。「日本はITの導入で保守的になりがち。セキュリティ対策も重視するが、それだけではダメ。グローバル企業はもっと柔軟な考え方をもってITを利用している。改革していかなければグローバルで勝てない」(石野本部長)と断言する。(木村剛士)