日系ITベンダーの中国ビジネスが転換期を迎えている。終わりの見えない日中政治摩擦だけでなく、日本の情報サービス業そのものの構造的問題が顕在化してきているのだ。主要ITベンダーの海外ビジネスの状況をみると、中国ビジネスの伸びが鈍化すると捉える傾向が強まるとともに、とくに日系SIerが主力とする「一括請負型」のシステム開発のビジネス手法が、中国では思うように受け入れられていない点が目立つ。一方で、競争力のあるIT製品やパッケージソフト製品は、おおむね堅調に推移していることをみれば、日本のITベンダーは中国市場へのアプローチを大幅に見直す必要があるようだ。(安藤章司)
控えめにみるベンダーが増えた
主要ITベンダーの中国ビジネスに対する見方は、一様に保守的だ。NTTデータは、2016年3月期の海外売り上げ見通しで南北アメリカ市場が大きく伸びると見込んでいるのに対して、中国の伸びは鈍い。日立製作所は16年3月期の情報・通信システム事業の売上高構成比見込みのなかで、中国市場は13年3月期と変わらず5%程度だとみている。NECの今年度上期(13年4~9月期)の海外売り上げをみると、米州が前年同期比22.0%増、EMEA(欧州・中東・アフリカ地域)が24.4%増なのに対して、中華圏・APACは9.4%増と1ケタ台の伸びにとどまる。
複数の不調要因がある。一つ目は打開策がみえてこない日中政治摩擦だ。NTTデータや日立製作所、NECのいずれも社会インフラや基幹システムを一括して請け負うことに強みをもつベンダーであり、大型プロジェクトになればなるほど必然的に政府や国有企業絡みの案件が増える。反日感情が渦巻くなかで、表だって日系ベンダーに発注しにくい空気が充満している。二つ目は中国の大手ユーザーのシステム開発手法の多くがユーザー自らがソフト開発人員を抱える「インソース」方式が主流であり、日本で主流のSIerなどに一括発注する「アウトソース」型ではないことが挙げられる。
実はこの二つ目が、とくに日系SIerにとって極めて参入障壁が高い要因になっていて、日系SIerのビジネス構造そのものを変えない限り、中国市場で本格的なSIビジネスを拡大するのは難しい。日本国内でもユーザーが情報システム子会社をもつかたちで「インソース」方式を採るケースは多いが、SIerはこうした情シス子会社をM&A(合併・買収)したり、合弁会社をつくるなどして自らの手にシステム開発を取り込んできた歴史がある。直近でも東京電力は、情報システム子会社の一般管理系業務を請け負う新会社を日立製作所と日立システムズの3社合弁で14年3月をめどに設立して、その後、日立システムズのグループ会社にするという動きがあったばかり。過去を振り返れば、ITホールディングス(ITHD)グループのクオリカは建機メーカーの小松製作所と、AJSは旭化成との合弁会社である。
中国の難しさの三つ目が、「M&Aや合弁会社の出資比率で過半数をとりにくい」(大手SIer幹部)こと。M&Aや合弁によるインソースからアウトソースへの切り替えの足がかりを得にくいため、参入障壁が高いままになっている格好だ。NTTデータが南北アメリカ市場に注力するのは、M&Aを中心に中期経営計画が1年前倒しする勢いで進行中で、とりわけ欧州で新しいグループ会社に迎え入れる会社が中南米に多くの拠点や顧客を抱えていることが、伸びる要因になっている。
モジュール化して売り込み
では、どうすれば中国ビジネスを軌道に乗せられるのか──。中国で売れている日系ベンダーのIT商材をみると、ATM(現金自動預け払い機)やストレージ、プリンタ(複合機)など、日系ベンダーが得意とするハードウェア商材であることがわかる。ソフトウェア開発を主体とするSIerにとっては、「アウトソース」に切り替えるためのM&Aや合弁もままならない状況では中国ビジネスが伸びる要素は少ない。破竹の勢いで世界市場へ進出するNTTデータでさえ、中国市場は苦戦気味なのである。一つの打開策は「モジュール単位でのフルターンキー輸出」だ。
NECは、14年6月にサッカーW杯、16年に夏季五輪が開催される予定のブラジルに注目している。「スタジアムを中心とするスマートシティ開発やスタジアムのIT化需要が予測できた」(NECの森田隆之常務)ことからスタジアム向けのIP網や無線、カメラを用いたセキュリティ、イベントの様子を映し出す大型スクリーン、空調の制御システムなどをブラックボックス化して地場の建設業者に供給している。フルターンキーで納入したあとは、ITまわりの運用も受託することでストックビジネスにつなげる。森田常務は「自分たちだけでやれるところ、地場のビジネスパートナーに任せるところ、手を出さないところ」に分けて海外市場の開拓に取り組む。
メーカーであるNECならではの部分もあるが、オープン化が進んだ現状のITシステムは、メーカーでなければできない領域はむしろ少ない。SIerも強みとする領域の知見をモジュール化、フルターンキー化して、地場のビジネスパートナーに売り込むことは十分に可能だ。多くのSIerは、自社オリジナルのパッケージ化、サービス化された商材開発に力を入れており、中国のさまざまな業種業態の事業者に売り込める余地は大きい。日本国内とは異なるビジネスモデルの確立が求められている。
政治摩擦に目を奪われがち
ビジネスの本質的課題がぼやける
2012年9月の沖縄県・尖閣諸島問題の先鋭化以降、国家間の軋轢に目を奪われがちで、日本のIT業界の中国ビジネスの課題や問題点がみえにくくなっている。日立製作所が大連で建設中の大型データセンター(DC)は、「本稼働が遅れている」(情報・通信システム社の齊藤裕社長)といい、別のITベンダー幹部は、「先日も中国の某幹部に会いに行こうとした矢先に、例の防空識別圏の問題が出てきた」と、商談の出ばなをくじかれるケースもあるという。しかし、実際のところ、どこからどこまでが政治摩擦の影響なのかを判別するのは難しい。NECは、13年10月に中国・重慶でスマートシティ・クラウドサービス事業を推進する新会社を設立するなど、重慶市との戦略パートナーシップを一段と密接なものにしている。NECの森田隆之常務は「こちらが売りたいものをもって行くのではなく、相手の必要としているものをもって行く」と話す。
中国をはじめとする成長市場では、社会インフラの整備が目白押しだ。日本がかつて通ってきた道であり、売るべき商材は多い。ビジネスパートナーは同業のITベンダーだけに限らない。ITがあらゆる業種業態の競争力を高めるツールである以上、建設業者やプラント会社、不動産業者など、組む相手は無数に存在する。ITHDグループが天津で建設し、運営している大型DCは、中国で最も売れている日系ITベンダーの商材の一つに数えられるが、組んだパートナーは地場の有力不動産デベロッパーだ。
さまざまな制約のある中国だからこそ、彼らが喉から手が出るほどほしがる商材は何であるかを見極め、それを届けるにはどのビジネスパートナーと組むべきなのかを考え直す時期に来ている。