米IBM(バージニア・M・ロメッティ社長兼CEO)は、x86サーバー事業をレノボに売却することで、レノボと合意したと正式発表した。売却額は23億ドル(約2350億円)。米メディアが、IBMが売却を検討していることを報じてからおよそ1年、噂は現実になり、さまざまな情報が交錯した売り先はレノボに決着した。IT業界は、今回の発表をどのようにみているかについて取材した。(木村剛士)
沈黙貫く日本IBM
1月29日に日本マイクロソフトが主催した「Windows Server 2003」のサポート切れに関する記者説明会。会場には、日本マイクロソフト以外に、移行ビジネスに意欲的な12社のITベンダーも集まり、「Windows Server 2003」からの移行を積極的に進める姿勢を示した。そのなかに、日本IBMのx86サーバー事業を統括する小林泰子・システム製品事業本部x/Pureセールス事業部長もいた。
会見終了後、小林氏は記者を避けるために、広報担当者に先導されながら、どの参加者よりも早くに控え室へ向かった。「プレスリリースの内容以外に話すことが、本当に何もない。(伝えられる)時期がきたら話すから」(小林氏)。「記者会見は予定していない」(広報担当者)。困惑した表情で、控え室へ向かう途中、歩きながらそう答えた。米IBMがレノボとの契約合意を正式発表した1月23日、x86サーバー事業に深く関わる部長クラスの日本IBM社員が、今回の話を聞いたタイミングは同日だったことを打ち明けている。発表からおよそ1週間が経ってもプレスリリース以上の情報が提供されず、記者会見を開く予定もない(2月3日時点)。沈黙を貫く日本IBM社員の表情を総合してみると、日本法人にも具体的な情報が伝わっていない印象が強い。IBMが発表した主な内容は、売却する製品の種類と売却額、レノボの支払方法、そして移籍するグローバルでの社員数。売却時期や日本法人の社員の移籍人数、日本IBMパートナーとの今後の協業体制は、明らかにされていない。不透明な状況が続けば、パートナーとユーザーが、日本IBMから離れる可能性が高まる。
冷静なパートナー
「ようやくといった感じ」。日本IBMのパートナーである福岡情報ビジネスセンター(FBI)の代表取締役で、日本IBMのユーザー会「UOS」の理事長を務める武藤元美氏は、今回の売却の決定について冷静にこう答えた。「2013年、IBMのオースチン研究所を訪問して、『Power Linux』に1000億円を投資すると聞いてから、(IBMは)x86サーバーを確実に手放すと感じた。IBMは、ハードウェアでは、独自技術が詰まっていて、他社と差異化を図る『IBM Power Systems』に、より一層集中することになる」と続けて話した。FBIのビジネスへの影響については、「IBM Power Systems」を軸にビジネス展開しているので、「影響はほとんどない」という。
日本IBMの最有力VAD(付加価値ディストリビュータ)であるイグアスの矢花達也社長も、冷静にみている。「期待と不安がある。決して強いとはいえない価格競争力が、レノボに移ることで高まる可能性があるので、そこには期待している。不安はブランド力の低下。一概にいうことはできない。いずれにしても、IBMからレノボに移ることはパソコンで経験済み。レノボには、パソコン買収の経験を生かしてほしい」と語っている。
見解が分かれるライバル
国内x86サーバー市場における日本IBMの台数シェアは8.8%(ノークリサーチ調べ、2013年4~9月)で順位は5位。x86サーバーの事業がレノボに移ることは、他のx86サーバーメーカーにとって好材料になるか、それとも脅威になるのか。ライバルメーカーの幹部数人にコメントを求めたが、他社の話だけに、共通して口は重く、匿名を条件にいくつか語ってくれた。ライバルの声は、さまざまだ。
ある外資系メーカーの幹部は、「明らかに追い風」と口にした。「中身は同じでもブランド力が違う。IBMでなくなった途端に、離れるユーザーもパートナーも存在するだろう。日本IBMのシェアを奪うチャンス」と語り、すでに日本IBMのユーザーに対する乗り換えキャンペーン施策を検討しているという。
一方で、まったく逆の見解の脅威論もある。国産メーカー幹部の意見はこうだ。「ハードに本気ではないIBMに、ハードを主体に考えるレノボ。資本力があり、ハードの販売に力を入れているレノボが、x86サーバー事業に本腰を入れたら、IBMよりも手強い」。
別の国産メーカー幹部はこう答えた。「日本IBMのマーケットシェアは、たいしたことないし、レノボのサーバーを販売する力はそれほど強くないとみている。サーバーは、ハードだけでなく、パートナーがソリューションとしてユーザーに提供できるためのソフトウェアやソリューションも提供しなければならない。その力がレノボにあるとは思えない」。
23億ドルは適正価格か
今回、レノボがIBMに支払う金額は23億ドル(約2350億円)。この金額は適正か。
10年前の2004年、IBMはレノボにパソコン事業を売却した。その時にIBMが手にした金額は17億5000万ドル。当時の為替レートで約1800億円。550億円ほどの差がある。
NECのプラットフォーム関連ビジネスを担当する幹部は「少し高いのではないか」とみた。また、x86サーバー市場を15年以上リサーチしているIT調査会社ノークリサーチの伊嶋謙二社長も同じ意見で、「若干割高」。「日本IBMのx86サーバーの売上高は、ざっと見積もって400億円程度だと思う。x86サーバーを中心とする付随製品・サービスを含めて資産価値を試算し、それをグローバルに広げて考えると、少し高いのではないかと感じる」。また、「この売却で巨額の利益を得ようというよりも、切り離すことが目的だったのだろう。スタッフやパートナーとの連携、既存ユーザーへのサポートを継続してくれることがIBMにとっては重要で、金額にそれほどのこだわりはないはず」と分析している。
製品単体での評価でいえば割高な印象はあるが、それ以外のチャネルや人員という点を考慮すれば、資産価値は上がる。レノボは「PC+α」という戦略のもと、PCだけでなく、他のハードをラインアップして業容を拡大させようとしている。サーバーは、タワー型しかもっていなかったので、IBMのx86製品群を取り込めたことは大きく、IBMのチャネルとつき合いを深めることができる。IBMのスタッフを迎え入れられるのもメリットだ。いずれにしても、23億ドルが適正か否かは、レノボの今後のサーバービジネスで判断されることになる。
表層深層
ソフトウェアとサービスを重視し、付加価値がないと判断したハードを次々に売ってきたIBMが、x86サーバー群を売るのは自然な流れだろう。注目は、レノボだ。利幅が小さいハード事業部門を他社から次々と買収している。1月23日に今回のIBMとの契約を発表したが、その6日後の29日には、グーグル傘下の携帯電話事業会社であるモトローラ・モビリティを約29億ドル(約3000億円)で買収することを発表した。ハード離れを進める他社に対し、ハードを買い漁るレノボ。巨大マーケットをもつ中国で最大のITベンダーが、どのような狙いでハードをかき集めているのか。レノボの買収戦略は注目に値する。少なくとも、中国でコンシューマ、企業市場を問わず、さまざまなハードで今よりも存在感を示すメーカーになるのは間違いない。グローバルで展開するハードメーカーは、日本というよりも、中国市場でのビジネス戦略を立案する際に、レノボの動きを注視する必要性が高まってきた。