マイクロソフトは、フォロワー(二番手)戦略によって業務アプリケーションベンダーとしての存在感を高めている。日本マイクロソフト(樋口泰行社長)は、CRM(顧客関係管理)、ERP(統合基幹業務システム)をラインアップする「Microsoft Dynamics」事業のリソースを近年大幅に増強し、急成長を実現している。昨年度(2014年6月期)には、Dynamics事業において、各国・地域現地法人のなかで日本マイクロソフトが最も優秀な業績を上げて表彰を受けた。米マイクロソフトも、いまや日本市場をDynamicsの最有望市場と位置づけている。日本マイクロソフトは、こうした追い風を受け、昨年度以上に積極的な拡販施策を展開している。(本多和幸)
米本社が日本市場への投資を決断

日隈寛和
執行役 日本マイクロソフトは、今年度、Dynamics事業に前年度に比べておよそ2倍の人員とマーケティング予算を投入する。さらに、チャネル開拓にも積極的に投資する方針だ。訴求するキーワードは「セールス・アクティビティ(営業部門の業務効率)」で、まずはERPよりもCRMに重点を置き、市場シェア拡大を図っている。日隈寛和・執行役Dynamicsビジネス本部長は、「もちろん、ERPには力を入れないということではない。ただ、マイクロソフト製品の最大の価値は、多様なソリューションを『ワンマイクロソフト』で提供できることにある。まずは、急成長している『Office 365』や『Power BI』、『SharePoint』などと親和性が高いCRMでDynamicsビジネスの規模を拡大してから、基幹系のERPも掘り下げていく」と説明する。
昨年度、グローバルのDynamics事業は2ケタ成長を記録したが、日本マイクロソフトのDynamics事業はさらに好調で、CRM、ERPともに、全社平均の2倍以上の成長率だったという。日隈執行役は、「少なくとも、率にして20%以上は成長しているということになる。さまざまなKPI(重要業績評価指標)があるが、米国、英国、カナダなどと比べても日本はすべて上回っていて、本社から、投資をする価値のある、費用対効果の高い市場と認識されるようになった」と胸を張る。
なぜ、これだけ業績が伸びたのか。日隈執行役は、「CRMについては、とにかくマーケティングにお金をつぎ込み、ターゲットアカウントを絞り込んでアプローチしたことに尽きる」と、勝因を語る。具体的にターゲットとしたのは、従来から同社が得意としてきた製造業で、関東圏に拠点を置く、Dynamics以外のマイクロソフト製品の既存ユーザー100~200社だ。ExcelやAccessを使って顧客管理をしていてもCRMは未導入だったり、他社製のCRMが更新時期にあるユーザーにアピールした。つまり、「ワンマイクロソフト」の価値を訴求することで、Dynamics CRMの導入に前向きな姿勢を示すであろうユーザーをピックアップしたのだ。この戦略がはまった。
米マイクロソフトは、Dynamics事業の大きな成長が見込まれる数か国に限定して、向こう数年間にわたって市場開拓に投資していく方針を示している。日本も、これまでの実績と市場としてのポテンシャルが評価され、その対象に選ばれたという。日本マイクロソフトがDynamicsへの投資を増強している背景には、本社の強い意向があるということになる。短期的な利益を重視するマイクロソフトとしては珍しい事例で、Dynamicsへの本気度の現れともいえそうだ。
コアパートナーも倍増
昨年度からは、中期的な成長の下地となる施策にも取り組んでいる。Dynamicsの認知度向上のために広告を積極的に打って見込み客の獲得につなげ、自社の営業リソースを投入して案件化も図ってきた。今年度は、これをパートナーとともに本格的に刈り取るとともに、パートナー自らがDynamics CRMのユーザーを開拓していくようなビジネスモデルの構築に踏み出す考えだ。日隈執行役は、「当社のビジネスモデルは、もともとパートナー販売が基本。ただ、現段階でわれわれが求めているのは、営業もインプリメンテーション(実装)も両方得意なベンダーで、若干ハードルが高い。それでも昨年度は新しいパートナーを募集して、何社かそういうパートナーを見つけることができた。今年度は、そうした力のあるパートナーを増やし、Dynamics CRMを本格的にパートナービジネスにシフトしたい」と説明する。
現在、同社のDynamicsパートナーは、CRM、ERPを合わせて約100社で、そのうちアクティブに案件が動いているコアパートナーは3割程度。この層を、既存パートナーの教育や新規パートナーの獲得によって、2倍に増やす。Dynamicsの認知度向上に伴って発掘した見込み客は中堅企業(従業員数500~数千人規模)が中心だが、マイクロソフト製品の既存ユーザーだけではない。新規ユーザーに、「ワンマイクロソフト」による「セールス・アクティビティ」向上の価値を提案できるパートナーが求められる。そのため、新規パートナーとしては、SharePointやOffice 365、Power BIなどを得意とするベンダーを獲得する意向だ。
さらに、関東圏から全国に販売網を広げるのも今年度の重要なテーマだという。そこで、コアパートナーのほかに、ローカルキングと呼ばれる地方のIT市場で大きな影響力をもつ中堅SIerとの連携も強化する。「われわれのネットワークが今までなかった部分。地域の商工会に強いとか、いろいろな特色があるベンダーと協業を模索する」(日隈執行役)と、期待を寄せる。
最後はすべてがマイクロソフトに
一方で米マイクロソフトは、米セールスフォース・ドットコムや独SAP、米オラクルなど、業務アプリケーション市場で先行する強力なライバルたちとの協業を矢継ぎ早に打ち出している。業務アプリケーションでは後発のマイクロソフトにとって、こうしたベンダーとの協業はDynamics拡販の障害とはならないのだろうか。
日隈執行役は、「例えば、Office 365のユーザーがセールスフォースをベースに増えていったら、それはDynamicsにとって大きなチャンスといえる。われわれの代わりに畑を耕してくれるのと同じことだからだ。セールスフォースが拡販に協力してくれたOffice 365が、将来Dynamics CRM導入の呼び水になる可能性は十分にある。結局、どの業務アプリケーションベンダーも、さまざまなマイクロソフト製品との連携が拡販のキーになると認めていることになる。そうなれば、一番強いのは『ワンマイクロソフト』に決まっている。自動車でもそうだが、部品は純正品が好まれるのが自然なこと」と、自信たっぷりだ。
デバイスにしろ、ソフトウェアにしろ、マイクロソフトは徹底したフォロワー戦略で市場を制覇してきた。樋口泰行社長も、「コモディティ化した市場でこそマイクロソフトは強い」と話している。Dynamics CRMも同様に、先行するベンダーが日本のCRM市場をある程度の規模まで育て上げたタイミングで、マイクロソフト製品の膨大な顧客基盤を武器に、一気にシェアを奪いにいく。