グループウェアベンダーが、新たな領域にビジネスの舵を切り始めた。ブランドダイアログは、2年前から準備してきた次世代型CRM/SFAの開発を終え、主戦場をグループウェアからCRM/SFAに移そうとしている。グループウェア大手のサイボウズは、PaaSの「kintone」を中心とするクラウド事業に投資を集中する。日本マイクロソフトは、「Microsoft Office 365」のBI機能を強化。一方、ネオジャパンは、国内から世界へ市場を拡大する。各社は、国内グループウェア市場の先行きが不透明なことを受けて、新たな収益源の確保を急いでいる。(谷畑良胤、真鍋武)
CRM/SFAを主戦場に
ブランドダイアログ(稲葉雄一社長兼CEO)は、「脳の記憶補助装置」などの特許出願中の新技術を搭載したクラウド型次世代CRM(顧客関係管理)/SFA(営業支援)の「GEOCRM.COM(ジオシーアールエムドットコム)」を開発し、今春に販売代理店を通じて発売する。
国内グループウェア市場は、サイボウズや日本マイクロソフト、日本IBMによる寡占化状態が久しく続いており、後発のブランドダイアログのシェアは高くない。そのうえ、クラウド化によってユーザーの利用料金単価が下落している。今後もその傾向は進みそうで、急成長は見込めない。実際、ブランドダイアログの複数アプリケーションを揃えるクラウド型統合製品群「Knowledge Suite」のなかで、グループウェアはユーザー企業数だとSFAを上回るが、売上高では逆転している。
稲葉社長兼CEOは、「営業プロセスを把握し、営業効率を高める業務システムはニーズが高い。この分野で収益を上げるモデルに転換する必要がある」とみて、新ジャンルの製品を開発することを決断。「SFA/CRMを主戦場にする」という方針を打ち出した。
「GEOCRM.COM」は、顧客データベースにSNSを含めたインターネット上にある情報を組み合わせて顔写真を自動で付与したり、「Google Glass」などのウェアラブルデバイスと画像認識技術を生かした「脳の記憶補助装置」を使って、本人承認を前提とした写真つきデータベースを構築したりすることができる。
全利益をクラウド事業に投資
サイボウズ(青野慶久社長)も、新たな収益源の確保を急いでいる。その一環として、採算を度外視してクラウド事業に投資する方針だ。2014年度(14年12月期)の事業計画の発表で、青野社長は驚きのプランを披露した。売上高は前年度比4.0%増の54億円だが、開発、宣伝に前期よりも積極的に投資し、営業利益・経常利益・最終利益、そして、株主配当もゼロの計画を示したのだ。
青野社長は、「サイボウズのクラウドを本気で世界中に広げたい。海外ベンダーに負けたくない。今年、来年といった短期の視点ではなく、10年後、20年後を見据えている。30億円のキャッシュがあるので、財務状況は安定しており、今が一気に投資する時と判断した」と説明する。
同社は、11年11月に独自開発のクラウド基盤「cybozu.com」の提供を開始。13年度は、「cybozu.com」の売上高が全体の17.3%を占める8億9700万円まで拡大している。すでにクラウド事業では、「投資をやめればいつでも利益を出せる状況」(青野社長)にあるが、顧客数の拡大を優先する。売上高予想の54億円は、青野社長にいわせれば「最低限の達成ラインでしかない」ということだ。
「Office 365」でBI
日本マイクロソフト(樋口泰行社長)は、2月25日、「Office 365」を通してのBI(ビジネス・インテリジェンス)を実現する「Power BI for Office 365」の提供を開始した。「Office 365 ProPlus」「Office Professional Plus 2013」で提供するExcelに、簡単にデータ検索・分析・可視化ができるアドイン機能を盛り込み、「Power BI for Office 365」を通して、クラウド上からユーザー間でデータ分析情報を共有できるようにした。
日本マイクロソフトは、11年6月に「Office 365」の提供を開始し、すでに日経225銘柄の60%の企業がユーザーとなっている。今回の「Power BI for Office 365」の提供によって、「Office 365」の枠組みを広げて、BI市場までを取り込もうとしている。サーバープラットフォームビジネス本部の斎藤泰行シニアマネージャーは、「『Power BI』は、少なくとも日本マイクロソフトのビジネスに300億円の波及効果をもたらすだろう」と期待感を露わにしている。
海外の中小企業を開拓
グループウェア以外の製品カテゴリに進出する動きだけでなく、地理的に市場を広げようとする動きもみられる。ネオジャパン(齋藤晶議社長)は、3月下旬に「desknet's NEO」を英語に対応させて、海外に進出する日系中小企業を開拓していく方針を定めた。年内には、中国語の対応も予定している。当面は日系中小企業をターゲットにするので、海外でも既存の販売代理店を通して提供していくが、現地ローカルの開拓も視野に入れており、齋藤社長は「中国では、すでに当社の従業員を現地に派遣して、中国現地企業向けのローカライズや、現地での販売代理店の獲得に向けて動き始めた」という。
グループウェアベンダー各社が、新領域の開拓に熱心な姿勢をみせる背景には、グループウェア市場の先行きが不透明だという事情がある。調査会社のIDC Japanによると、グループウェアを含めた国内コラボレーティブアプリケーション市場の2012年の規模は、前年比1.7%増の497億5700万円で、電子メール/グループウェアについては、「高い利用率を示しており、市場は飽和に近づいている」と分析している。今あるグループウェア案件の多くは、オンプレミスからクラウドへの乗り換えであったり、「Lotus Notes/Domino」のリプレース案件が多く、新規案件は数が限られている。いずれ市場が低迷する可能性は否定できないこともあって、グループウェアベンダーは、前倒しで持続的な需要が見込める新領域を開拓しようとしているわけだ。
表層深層
グループウェアから新領域に進出しても、その市場にも先行する競合が存在する可能性は否定できないので、他社にない優位性を打ち出すことは不可欠な要素となる。
例えば、ブランドダイアログでは、クラウドやビッグデータ、ウェアラブルなどの次世代デバイス、GPSの最新技術などを先取りして「GEOCRM.COM」に盛り込むことで、競合他社との差異化を図った。
さらに、競合を含む他社製品と連携し、システムインテグレータ(SIer)にAPIを開放した。SIerは、自社で提供する営業情報や顧客情報、勤怠管理などの製品とAPIでつないで、システム構築で付加提案ができるので、販売意欲が高まる。「Knowledge Suite」の競合製品である「Google Apps」や「Office 365」などともシングルサインオンでデータ連携できるので、「GEOCRM.COM」では、従来の競合製品をもポートフォリオに取り込むことになる。
サイボウズも、「kintone」の販売で、ISVと協業して連携ソリューションを提供したり、SIerがカスタマイズ提案しやすいようにAPIを提供したりして、エコシステムの形成に注力。「情報共有のアプリから、情報共有のプラットフォームベンダーになることを目指している」(青野社長)。「kintone」については、「Salesforce.com」や「Amazon Web Services」などが競合製品のように思えるが、青野社長は、「競合とはみていない」という。その理由として、クラウドインテグレータ(CIer)の存在がある。各クラウド製品の強みや弱みを補完し合うかたちで、複合的にインテグレートするビジネスが普及し始めている。こうした製品連携による水平分散型のビジネスであれば、従来の競合関係が、協業関係になり得るというわけだ。(真鍋武)