リコーやキヤノンなどの大手プリンタメーカーが、3Dプリンタ市場への参入を相次いで表明している。3Dプリンタが世に出てから20年以上になるが、ここにきて主要な特許が切れたことから、参入障壁が下がった。ベンチャー企業から大手プリンタメーカーまで、3Dプリンタ市場が戦国時代の様相を呈しているのはそのためだ。3Dプリンタは、一度売れば「インク」に相当する粗利の大きい「マテリアル」の安定販売につながることから、“金の卵を産むニワトリ”ともいわれる。しかし、先行する3Dプリンタ大手の米ストラタシスの取り組みをみると、売れば儲かるというほど、簡単な市場ではなさそうだ。(安藤章司)
求む! 3D版“ユーチューバー”
製造業などでは、既存の製造法を置き換えるものとして3Dプリンタが活用されている。一方、3Dプリンタの普及にあたっては、新しい“ものづくり”のあり方も必要とされている。それができなければ、3Dプリンタ市場はニッチなものになってしまうからだ。
では、新しい“ものづくり”のあり方とは何か。ヒントは、3Dプリンタから出力する“モノ”の設計図にあたる「3Dデータ」にある。3Dデータは、3Dプリンタのユーザーが作成しなくても、インターネット上に公開されている。ネット上で「こんなものがほしい」という要望をクラウドファンディングなどの方式で募って、3Dデータの制作を進めるという方法もある。そのため、3Dプリンタを利用すれば、設計ができなくても、インターネット上に広がる無限の可能性のある新しい“ものづくり”ができるのである。
そうなると、3Dデータを提供する側と利用する側のマーケットプレイスが必要となる。3Dプリンタ大手のストラタシスグループの米メーカーボット(MakerBot)は、誰でも自由に3Dデータを公開/ダウンロードできるサービス「Thingiverse(シンギバース)」を運営することで、3Dプリンタの利用促進を目指している。まだ日本語版はないが、「早ければ年内にも日本語版を公開したい」(ストラタシス・ジャパンの片山浩晶社長)と日本での展開に強い意欲を示す。
動画サイトのYouTubeでは、一般ユーザーがプロも顔負けの映像や、おもしろおかしい動画を公開して人気を博している。こうしたユーザーは「YouTuber(ユーチューバー)」と呼ばれ、なかには広告収入で大きな収益を上げているケースも少なくない。Thingiverseは、まさにYouTubeの3Dデータ版という位置づけである。「一介の高校生が、ある日、世界的に大ヒットする3Dデータを創りだすクリエーターになる。それが現実に起こっている」(片山社長)という。

ストラタシス・ジャパン
片山浩晶社長 YouTubeに代表されるコンシューマ生成メディア(CGM)が、世界的にヒットするユーザー生成コンテンツ(UGC)のファウンデーション(基礎)になっているように、3Dプリンタもこうしたユーザーによるエコシステム(創作から消費までの生態系)を形成してこそ、広く一般に普及できるとストラタシスはみている。
2Dプリンタは、ワープロや表計算などのコンテンツ制作の仕組みが広く普及したことを追い風に、スムーズに市場が拡大してきた。ただ、写真画質のカラーインクジェットプリンタに関していえば、一般ユーザーに購入してもらうには、高品質なデジタルカメラを開発し、入力から出力までのエコシステムが求められる。トータルな品揃えを実現したキヤノンは、そのエコシステムを最大の強みにして成功した。つまり、キヤノンが2Dプリンタで実現したようなエコシステムがあれば、戦国時代の様相を呈している3Dプリンタ市場でも、天下取りがみえてくるのではないか。
リコーやキヤノンも参入へ
リコーは9月に3Dプリンタの自社製造を視野に、研究開発を進めていく方針を発表した。キヤノンは、今年の春先に3Dプリンタが試作品の製作段階に入っているとして、収益の柱に育てていく考えを明らかにしている。国内大手プリンタメーカーが、どのような3Dプリンタを目指しているのかは、まだはっきりとしていない。ただ、キヤノン関係者が「CADやMR(複合現実)など、キヤノングループが得意とする3D系のインプット/アウトプットを結集させることで3Dプリンタのビジネスを有利に進める」というように、3Dプリンタ単体では市場創出につながらないと認識していることは確かだ。
3Dプリンタ自体は、20年以上前からある“枯れた技術”である。「インク」に相当する「マテリアル」を吹きつけて、積み上げていく「積層造形」という3Dプリンタの製造法は、「削り出し」や「射出成形」といった製造法と並んで、特段珍しいものではない。
ただ、ここ数年で3Dプリンタがにわかに脚光を浴びた背景には、「3Dプリンタの主要な特許が相次いで切れた」(3Dプリンタ関係者)ことが挙げられる。多くのメーカーが参入し、3Dプリンタの価格が下がったことに誘発されるかたちで、M&A(企業の合併と買収)も一気に進んだ。
メーカーは群雄割拠となったが、問題はコンテンツ(3Dデータ)である。「3Dプリンタを買ったはいいが、使い道がなく、ホコリをかぶっている」というような状況になれば、市場が育つどころか、逆に荒れてしまう。ストラタシスがエコシステムの形成に力を注いでいるのは、そのためだ。
ストラタシス・ジャパンは、こうした市場創出に深い理解を示し、投資をしてくれる販売パートナーとの関係を重視している。ストラタシスとメーカーボットで国内一次代理店が2社ずつと少ないが、「まずは市場創出が先」(片山社長)と、3Dプリンタ大手ながらも慎重な姿勢を崩さない。
“ものづくり”のあり方を
根本から変える意志
プリンタメーカーにとって消耗品のトナーやインクは、重要な収益源である。この収益源があるからこそ、プリンタ本体の価格を戦略的に下げたり、さまざまな付加サービスを割安に提供したりできる。3Dプリンタでも構図は同じで、消耗品である専用のマテリアルの消費量が増えれば増えるほど収益力は高まる。そのためには、より多くの人に3Dプリンタを使ってもらい、さまざまなものを出力してもらう必要がある。
製造業での試作品や、完成品を3Dプリンタで製造するダイレクト・デジタル・マニュファクチャリング(DDM)の用途は、重要である。国内でも製造工程で使用される補助器具などはすでにDDMで製造するケースが多い。また3Dプリンタの積層造形の特性を生かし、鳥の骨のように内部に支柱を多くもつ中空の構造にして軽量化を図る用途にも有用だ。とくに航空機産業が発達している米国で活用が進んでいるという。
だが、市場拡大にはすそ野を広げる取り組みが欠かせない。必要とされているのは、誰でも気軽に3Dデータに触れることができ、3Dで出力できる環境づくりである。
リコーやキヤノンなどの国内勢への期待は大きいが、ハイエンド、ミドルレンジ、ローエンドのどの領域を目指すかによって、アプローチの方法は大きく変わってくる。特殊用途のまま終わらせるのではなく、ユーザー生成コンテンツ(UGC)などをフルに活用して、従来の“ものづくり”のあり方を根本から変えるということを期待したい。