米セールスフォース・ドットコム(セールスフォース)は、年次イベント「Dreamforce 2014」を、サンフランシスコで開催した。4日間の開催期間(現地時間10月13~16日)の来場者総数は約15万人で過去最多。BI市場への正式参入やモバイルアプリケーション開発基盤「Salesforce1 Lightning」を発表した。「小ぶりな内容」とセールスフォース日本法人は評していたが、十分に勢いを感じさせるインパクトがあった。2013年、世界のソフト売上ランキングで初のトップ10入りを果たしたセールスフォースによる最大のイベントを現地取材した。(取材・文/木村剛士)

Dreamforce 2014が開かれたMoscone Center。会場は人でごった返し、付近にはイベントをPRするラッピングバスも走っていたソフト売上ランキングで初のトップ10入り 最もイノベーティブな企業に
3年後の2017年、アメリカ西海岸で最も高いビルが完成する。名称は「Salesforce Tower」。セールスフォースが今後入店するビルだ。
セールスフォースは、その社名の通り、営業力を高めるためのCRMとSFAをクラウドで提供することからビジネスを開始し、その後、PaaSやコミュニケーションツールなどをリリース。クラウドマーケットプレイスの提供も行って、業容を急速に拡大した。そして、2013年にソフトウェアの売上高で初めて世界トップ10入りを果たした(米ガートナー調べ)。設立から15年での実績である。規模こそマイクロソフトやオラクルなどの上位企業に遠く及ばないものの、成長率は群を抜く(図参照)。
その勢いは、年次イベントのDreamforce 2014からも感じることができた。全世界から集まった参加者は約15万人。オンラインで参加した人を含めれば、500万人にも及ぶという。ともに過去最多だ。開催会場となった「Moscone Center」付近は、イベントを告知するポスターや看板など、セールスフォースカラーのブルーで染まり、サンフランシスコを代表するイベントになった。市内のイベントといえば、『Oracle OpenWorld』が最も多くの人を集めていたが、今はセールスフォースが頭角を現してきている。「サンフランシスコのホテルと飲食店が一年で最もにぎわう」と、地元住民は語る。サンフランシスコが創業の地で、市への社会貢献活動にも熱心なだけに、歓迎ムードが漂っていた。
セールスフォースは、米経済誌「フォーブス」が年間で最も革新的な企業を選ぶ「World’s Most Innovative Company」で4年連続No.1を獲得している。上位10社のなかで成長率トップで革新的──それが、現在のセールスフォースの評価だ。
ベニオフCEOが自ら発表 BI市場への参入で新展開
今回のDreamforceの目玉は、BI市場への参入のニュースだった。新開発した「WAVE」と称するデータ分析基盤で動く「Salesforce Analytics Cloud」というBIツールを正式発表した。アプリケーション開発基盤「Force.com」で動作するPaaS「Salesforce1 Platform」を提供してPaaS市場に参入したように、今度はBIマーケットに挑むことになる。狙うは、BIのコモディティ化。データの分析に詳しくない人でも、容易にデータを操ることができることを売りにしており、企業規模や業種を問わず、BIを広く普及させることを狙う。

基調講演にはヒラリー・クリントン氏がゲスト出演するシーンも マーク・ベニオフCEOは、「分析機能は使いやすく、データのビジュアル化は驚くほど簡単。まるでゲームをしているような感覚で、楽しくデータをグラフや表にできる」と、2日目の基調講演でアピールした。そして「大半の他社製ツールは、今の時代、つまりスマートフォンで何でもできる環境を想定していないときに開発したレガシーな技術を採用している。私たちは、ユーザーの最新環境に合わせた最新技術を取り入れている」と、他社との違いを強調した。
このほか、DreamforceではSalesforce1 Platformの次世代ソリューションとして、Salesforce1 Lightningも発表。モバイルアプリケーションをクラウド上で開発するためのツール群で、特徴はスピードだ。セールスフォースのファウンダーで全ソフトの開発を統括するパーカー・ハリス氏いわく、「稲妻のように速い」とか。ビジネスで使うアプリケーションでも、数年前に比べてユーザー企業から求められる納期は短くなっており、ソフト開発会社がスピーディにモバイルアプリケーションを開発できるようにする。PaaSを細分化して、モバイルアプリ専用のPaaSを用意したわけだ。

基調講演に登壇したマーク・ベニオフCEO(左)とファウンダーのパーカー・ハリス氏。ハリス氏は特注の衣装で「Salesforce1 Lightning」を説明した新体制の日本法人 目指すは80年代のIBM?
本社の戦略を日本に届ける日本法人は、今年トップが交替した。およそ10年の間、社長を務めていた宇陀栄次氏が退任(現在は取締役相談役)。会長兼CEOに日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の前社長である小出伸一氏が、社長兼COOには日本IBMの元専務執行役員でソフトウェア事業を統括していた川原均氏が就き、二人三脚体制を敷いた。
前社長の宇陀氏は、セールスフォースの経営を振り返って、「短距離リレーを第一走者からアンカーまで一人で走り抜いたような感じがする」と語った。だからこそ、自身の経験を生かして、新体制ではCEOとCOO職を初めて用意したのだろう。セールスフォースの全世界の現地法人のなかでも、CEOとCOOが在籍しているのは日本法人だけだという。
川原氏は、「私は日本IBMで長く仕事をしてきた。目指すのは1980年代の日本IBM。優秀なスタッフばかりで、みんながエースで4番みたいな組織で勢いがあった。セールスフォースにその匂いを感じている。まだ若い企業だけに、優秀な社員を着実に育てて、あの頃のIBMのような組織をつくりあげたい」と抱負を述べた。セールスフォースの日本法人は、2000年の設立以来、今年は初めて新卒採用試験を行った。来年4月に10人弱の新卒者が入社する。若い人材を育てたいという川原氏の意思の現れだ。
今回のDreamforceで発表した新たな展開について、川原氏は、「これから詰める段階。12月4日に開く日本で最大の自社イベント『Salesforce World Tour Tokyo』で詳しく話すつもり。さっそく、そのための準備を始める」と意気込んでいた。
小出会長兼CEOが示した目標は「年商1000億円で社員数は約2000人」。現在の数はともに非公表だが、挑戦的な目標であることは間違いない。

今年4月、セールスフォースの日本法人は、新体制を発表した。左から川原均社長兼COO、小出伸一会長兼CEO、米セールスフォースのキース・ブロック社長兼副会長、宇陀栄次相談役ジョージ・フーCOOに聞くセールスフォースの強さ
──今回発表したWAVEとSalesforce Analytics Cloudは2年前から準備していたと聞いた。BIツール市場には先行するベンダーがすでに存在しており、遅れをとっている印象がある。 フー 私たちのようなクラウド、モバイル環境を前提にしたツールを提供しているベンダーは存在していないので、後発だとは思っていない。
──セールスフォースは短期間で業容を広げてきた。次は何に手を出すのか。 フー サービスの“インテリジェンス化”を進めていく。私たちのサービスがユーザーに気づきを与える、新しい世界にガイドするような技術・機能を追い求めていく。データ分析と機械的学習に強いRelateIQを買収したのはその一環。インテリジェンス化は長期にわたり、エンタープライズIT企業の重要な要素になる。
──具体的にどんなサービスを提供することになるのか。 フー 来年のDreamforceに参加してほしい。そのときにわかる。私たちが大切にしているのはお客様だ。ほかの企業はライバルを意識して足りない機能を加えているかもしれないが、私たちはお客様をみている。お客様が何を欲しているかを突き詰めてかたちにするだけだ。
──マイクロソフトとの協業範囲を広げているが……。 フー 一部では競合する部分はあるが、協業できる範囲は広い。マイクロソフトとの連携が密になっていることは、彼らが私たちをクラウドとモバイルのリーダーであることを認めた証だ。
──セールスフォースはソフトウェアビジネスで世界トップ10に入ったが、企業の歴史は浅い。急成長している若い企業は、コーポレートガバナンス(企業統治)体制がぜい弱なケースが多い。この点については? フー 創業時につくった「Vision・Value・Method・Measure」の4カテゴリで大切にしていることがある。これが過去も今もセールスフォースを支えている。社員を育成し、連帯感を生むための仕組みがセールスフォースには存在しており、強固な経営基盤が整っている。