セールスフォース・ドットコムは、4月16日、日本法人の新たな経営陣を発表した。外資系では異例な10年という長い期間、社長を務め、日本法人の成長をけん引してきた宇陀栄次氏は、取締役相談役に就任。取締役社長兼COOには、シニア・バイスプレジデント兼エンタープライズ営業担当だった川原均氏が昇格した。そして、最もサプライズだったのが、日本ヒューレット・パッカード(HP)前社長の小出伸一氏を代表取締役会長兼CEOに任命したこと。日本HPの社長を退いたのは3月。小出氏にはセミリタイアのうわさもあっただけに、CEO就任の理由に注目が集まった。
サプライズは前HP・小出氏のCEO就任
新体制の発表にあわせて来日した米セールスフォース・ドットコムのキース・ブロック社長兼副会長は、新しい経営陣を紹介し、加えて「日本法人を売上高10億ドル(約1000億円)にして、従業員数を2000人以上に増やす」との成長目標を発表した。
その目標を達成するには新しいリーダーが必要と考えた宇陀氏は、ともに在籍したIBMの頃からよく知る小出氏を招聘した。人選の背景として、「日本HPで4500人の社員を率いてきた実績を評価した」と宇陀氏は説明する。

左から川原均取締役社長兼COO、小出伸一代表取締役会長兼CEO、米セールスフォース・ドットコムのキース・ブロック社長兼副会長、宇陀栄次取締役相談役 小出氏は、1981年に青山学院大学を卒業し、日本IBMに入社。1999年2月には米IBMへの出向も経験している。日本IBMでは取締役まで登りつめたが、2005年4月に常務執行役として日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)に転職する。2006年には代表取締役副社長兼COOに就任。そして2007年12月に日本HPに移籍して、代表取締役社長執行役員となる。以降のおよそ7年間、社長業を続けてきた。そこから突然の転身である。
セールスフォースへの転身は「第2ステージ」
クラウドの進化と普及により、日本HPに限らず、多くのハードウェアベンダーは難しい舵取りを余儀なくされている。しかも、ハードウェアビジネスの世界は、コモディティ化が進み、マーケットシェアの奪い合いになっている。IBMはx86サーバー事業をレノボに売却した。日本HPはそれを追い風に乗り換えキャンペーンに注力しているが、それで売り上げが伸びたとしても、PCがそうであったようにレノボが巻き返す可能性は否定できない。
そのなかでハードウェアベンダーの目には、クラウドの世界はどのように映っているのか。日本HPの社長だった小出氏は、どのようにみていたのか。
小出氏は会見で「世界で最もイノベーティブな企業に参加できたことを光栄に思っている」と語った。SaaSやPaaSでクラウド市場をけん引してきたセールスフォース。小出氏の目には“イノベーティブな企業”として映っていたようだ。
セールスフォースへの転身を「第2ステージ」と表現した小出氏。マーケットシェアの奪い合いの世界が「第1ステージ」なら、セールスフォースのイノベーティブな世界が「第2ステージ」というわけだ。
海外の子会社では初となる会長兼CEOのポジションを用意
米セールスフォースのブロック社長は、「(小出氏が就任した)代表取締役会長兼CEOというポジションは、海外子会社では日本法人が初」と説明した。そこに小出氏に対する期待の大きさがうかがえる。
また、米国本社へのレポートラインを小出氏に一元化した。外資系企業の日本法人は、レポートラインが日本法人のトップに集約されることなく、各部門のトップは本社の幹部にレポートするケースが多い。セールスフォースでは、レポートラインのトップを小出氏にすることで、日本法人としての独自性を打ち出しやすくするというわけだ。小出氏は、「レポートラインを私に集約することによって、日本で迅速な意思決定ができるようになる。市場の変化にあわせた素早い対応をしていく」との意気込みを示している。
そのためにも、セールスフォース日本法人をもっと魅力的な会社にしたいという。「セールスフォースでは、人事部ではなく、エンプロイーサクセス(Employee Success)という名称を使っている。それは、従業員の成功を支援する企業であるということ。米フォーチュン誌によると、セールスフォースは働きがいのある企業の7位に選ばれている。(セールスフォース日本法人も)魅力的な会社、つまりは社員が生き生きと働く会社にしたい」と小出氏。それが成長目標の売上高1000億円、社員2000人以上の達成には必須との思いを語った。
宇陀前社長「業績不振の引責辞任ではない」
今回の人事について前社長の宇陀氏は、業績不振の引責辞任ではないことを強調した。「社長に就任した2004年4月には従業員が30人。今は600人近くにまで拡大している。売上高も成長し続けている。経営トップは業績が悪化して“落ち目”となって変わることもあるが、そうではない。さらなる成長をするというときだからこそ、マネジメントを変える必要があると考えて、今回の人事は私がドライブした」。
宇陀氏は、「特別なプロジェクトを率いて、特定の顧客を担当していく」としている。取締役社長兼COOに就任した川原氏は、エンタープライズビジネスやソリューションビジネスを担当する。また、業種別のソリューション強化をパートナー企業とともに推進していくという。
表層深層
ハードウェアビジネスからクラウドビジネスへ
かねてから55歳でのセミリタイアを公言していた小出氏。日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の社長を退任するときには、米国本社まで出向いて、その強い意志を伝えたと聞いている。ビジネスの世界から身を引いて、しばらくはゆっくりするのだろうと思っていただけに、3月に退任してすぐの動きには驚いた。本人に「55歳でセミリタイアするのではなかったのですか」と聞くと、「そうです。だから会長なんです(笑)」と返ってきた。一杯食わされた感じだ。10年間、セールスフォース日本法人で社長を務めた宇陀氏に「次の10年」として指名された小出氏。「社員2000人以上、売上高10億ドル」という成長目標の達成に向けた責任を担う。セミリタイアなどと言っていられる立場ではない。
記者会見では、日本HPからセールスフォースへの転身を「第2ステージ」と表現した小出氏。ハードウェアビジネスからクラウドビジネスへ。時代を象徴する人事であることは間違いない。(畔上文昭)