国内の情報サービス市場が、じわりと盛り返している。長らく低迷してきた市場の盛況ぶりは、国内での売上高の構成比が大きい多くのSIerやITベンダーにとって朗報だ。NTTデータの国内売上高は、ここ数年、右肩下がりで推移してきたが、ここへきて底を打ったようだ。同社の岩本敏男社長は、今期(2015年3月期)以降は「増加に転じる」と、手応えを感じている。国内ビジネスの成長のカギはどこにあるのかを追った。(安藤章司)
公共が民需を刺激して“両手に花”
国内市場は国の景気対策に後押しされるかたちで、主に公共や金融の分野がIT投資のけん引役を担う構造になっている。この景気対策に刺激されて流通やサービスなどの民需も伸びており「公共と民需の両方がいっぺんに忙しくなった印象。欲をいえば、いっぺんにではなく順番に来てほしかった」(新日鉄住金ソリューションズの謝敷宗敬社長)と、うれしい悲鳴を上げる。人手不足は深刻化しており、情報サービス産業協会(JISA)の直近のDI(業況判断指数)調査では、雇用判断は40.0ポイントのプラスで従業員の不足感が顕在化している(図1参照)。
公共が民需を刺激する一例が、2016年1月からスタートする「マイナンバー(社会保障・税番号)制度」である。マイナンバーのシステム本体は、主要大手ITベンダーにとって、業績を上向かせるほどのインパクトにはならない見通しだが、「金融機関や民間企業のマイナンバー対応の“特需”には期待できる」(大手SIer幹部)と話す。
野村総合研究所(NRI)の調べによれば、企業の源泉徴収業務や社会保険業務で行政機関へ提出する報告書類に従業員の個人番号と企業の法人番号を記載することになるといい、企業は(1)従業員と扶養家族のマイナンバーの取得、(2)従業員の本人確認の手続き、(3)取得した個人情報に関する安全管理対策などのシステム構築が求められる。取引先が多い金融機関についてもマイナンバー対応の仕組みは不可欠で、NRIは「重要な社会インフラとなるマイナンバーの仕組みをITサービスとBPO(ビジネスプロセス・アウトソーシング)で支援する仕組みを提供する」(嶋本正社長)と、商材開発に余念がない。
刺激剤のもう一つは、2020年の東京五輪を意識した国の施策である。政府は、2020年には訪日外国人旅行者を直近の2倍に相当する2000万人へと増やす目標を掲げているが、これに関連して外国人を受け入れる観光サービスや、外国人向けの新たな通信サービス分野へのIT投資が見込める。もちろん、五輪そのものに向けた社会インフラ絡みのIT投資も拡大する。「少なくとも五輪準備が整う2018~19年頃までの社会インフラや民需サービスの投資意欲は衰えない」と、別の大手SIer幹部は予測する。
「リマーケティング」に挑戦する
ポイントは、ITビジネスの内訳が、従来の受託開発を中心としたものではなく、スマートコミュニティやビッグデータのような新しいタイプの社会インフラ、民需では訪日外国人対応に象徴されるようなこれまでとは趣きの異なるビジネスが増える点にある。NTTデータの岩本社長は、こうした国内市場の変化に対応するために「リマーケティング」というキーワードを掲げて、国内の変化するIT需要への適応を意欲的に進める。NTTデータがこれまで右肩下がりだった国内売上高を、一転して増加へ転じさせる手応えを得たのは、「リマーケティングの戦略的R&Dの成果が売り上げに結びつき始めている」(岩本社長)とみたからだ(図2参照)。
日本システムウエア(NSW)も、国内市場の低迷で苦戦してきたSIerだ。2008年3月期には連結売上高が340億円を超えていたが、直近では約270億円で推移している。モバイルや組み込みソフト分野に強い同社だが、国内電機メーカーが相次いでスマートフォン市場から撤退する逆風にさらされてきた。だが、自社がもっている技術的な強みと市場ニーズを巧みに組み合わせ「IoT/M2M(モノのインターネット/マシン・トゥ・マシン)」の分野で2020年までに100万デバイスの接続を視野に入れる。
NSW独自のIoT/M2Mネットワーク基盤をベースに、流通や交通、農業、防災、ヘルスケアなどあらゆる機器をネットワークで接続し、1接続あたり月額1000円弱の課金によって「年商100億円のビジネスに育てることができる」(多田尚二社長)と意気込む。国内のモバイルや組み込みソフト市場の低迷の直撃を受けたNSWだが、従来の強みを生かしつつ、これまでとは違ったアプローチによってチャンスを掴みつつある。NTTデータの岩本社長が言う「リマーケティング」に近い動きだ。
現にNSWはIoT/M2M課金モデルのようなサービス商材の昨年度(2014年3月期)売り上げは10億円に拡大しており、今年度(15年3月期)は20億円へと倍増する見込み。来年度はさらに倍増させていく強気の計画を立てている。組み込みソフトの受託開発は案件ベースのフロー型ビジネスであるのに対し、課金型のサービスはストック型ビジネスとして収益基盤の強化にも直結する。一方で、NSWの多田社長は、「IoT/M2Mを軸とするサービス事業を推進していくことで、関連するシステム開発も増える」と、顧客の業種・業務ノウハウを熟知したSIerならではの開発仕事も減らさない方針を示す。つまり、IoT/M2Mといった新機軸を打ち出さなければしぼんでいくビジネスでも、リマーケティングを行うことで底なしの落ち込みを防ぐことができるとみる。これにサービス事業100億円を丸々上乗せすることで、再び過去最高の売上高更新に挑戦していく。
“五輪ショック”に備えよう! 社会の変化を見据えた変化適応を
国内IT市場は構造変化の只中にある。民需は、製造業を中心にグローバル化が急速に進み、主要ITベンダーは日系製造業の主な進出先である中国やASEAN、中南米などへの進出を加速してきた。
一方で、国内ビジネスだけをみた場合、団塊世代が75歳を迎える2025年に高齢化率が30%を超える見通しで、IT投資の中身も質的変化が生じてくる。IT投資の中心は医療・介護分野のウェートが一段と高まり、社会インフラそのものも人口の大幅減少、上昇し続ける高齢化率に対応したものにつくり変える必要が出てくるからだ。
足下をみると、マイナンバーをはじめとする「公共や金融のIT投資が活発化」(富士通の塚野英博・執行役員常務CFO)する傾向が続く見通しであり、「国内市場は少し明るい」(NECの遠藤信博社長)状態が続く。国内ビジネスメインの主要SIerの上期売上高を見渡しても、野村総合研究所(NRI)は前年同期比8.1%増、新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)は同16.5%増、電通国際情報サービスは同2.1%増、SCSKは同3.9%増、NSWは同5.0%増と軒並み伸びている。NSSOLに至っては、「平年の“下期”並みのビジネスボリュームになっている」(謝敷宗敬社長)とほくほく顔だ。SIerは下期偏重の傾向が強いので、通期でも楽観できる可能性が高い。
ただ、楽観できる状況も長くは続かない見通しだ。東京五輪に向けた公共投資が一段落する2018~19年以降、国内市場を刺激してきた公共分野を中心に反動減が生じると予想される。情報サービス業は遅効性があるため、東京五輪まではもったとしてもその後の“五輪ショック”は覚悟しておく必要がある。それまでに国内で確実に勝ち残れるビジネスモデルを再構築しなければならないので、残された時間はけっして長くはない。