情報サービス業界は社会インフラ領域に傾注しようとしている。NECは業績回復の切り札として社会インフラへのシフトを推進しており、もともと社会インフラに強い東芝も全社横断の社内カンパニー「クラウド&ソリューション社」を新設。三菱重工も2014年1月1日付で「ICTソリューション本部」を新設する。日立製作所やNTTデータも社会インフラ分野を重点領域に位置づけていて、情報サービス業界は「猫も杓子も社会インフラ」(SIer幹部)の様相をみせており、過当競争による消耗戦の危険性もある。(安藤章司)
社会インフラ案件の獲得へまっしぐら
社会保障・税番号制度の実施や、東京五輪招致決定など、大型の公共投資への期待が続くなかにあって、大手ITベンダーは社会インフラ需要への対応を加速させている。NECは全国7社の主要なソフトウェア子会社(SE子会社)を2014年4月1日付で1社に統合。統合対象の7社のなかで最大手のNECソフト・古道義成社長は、「公共分野を担うパブリックビジネスユニットへの人員シフトを進めている」と、社会インフラ領域を次の成長分野に位置づける。SE子会社統合も、こうした市場変化に対応する施策の一環だ。
東芝は2013年10月1日付で組織再編を行い、電力・社会インフラやヘルスケア、電子デバイスなど主要な事業部門をすべて横断するかたちで、どの事業グループにも属さない社内カンパニー「クラウド&ソリューション社」を新設した。カンパニー傘下の東芝ソリューションの河井信三社長は、「社会インフラに強みをもつ東芝グループの国際競争力を高めるために、IT専業会社である当社のノウハウを全面的に役立てる」とグループ一丸となってITをフル活用していく構えだ。東芝と同じく社会インフラに強い三菱重工も、2014年1月1日付で「ICTソリューション本部」を新設。主要事業分野に分散するICT技術者を集約配置することによって、スマートコミュニティ事業などの拡大を目指す。
日立製作所は2008年のリーマン・ショック時の経営危機以降、総合電機の看板を下ろし、社会インフラに傾注して業績を回復させてきた実績をもつ。直近では、東京電力と協業して一般業務を中心とするシステム開発や運用を担う新会社を2014年3月をめどに立ち上げ、その後、早い段階で日立グループ有力SIerの日立システムズが過半数の株式を取得する方式でグループに迎え入れる。これによって、「社会インフラ分野向けの情報システムサービス事業の強化を図る」(日立システムズの高橋直也社長)という方針だ。
どうなる「2015年問題」
大手ベンダーは、なぜ社会インフラばかりに傾注するのか──。この背景には、国内民需部門のIT投資が依然として弱いことが挙げられる。NTTデータの岩本敏男社長は、国内情報サービス市場で伸びが期待できる領域として、(1)リマーケティング(2)社会インフラ(3)SMAC──を掲げ、ITホールディングス(ITHD)の前西規夫社長は、(1)フロントエンド(2)社会インフラ(3)ネットビジネス──と指摘する。SIer二大トップは、使うキーワードに違いはあれ、実は非常に共通項の多い見方をしている点が興味深い。
(1)の分野は、従来のERP(統合基幹業務システム)に代表される基幹系(バックオフィス)偏重のシステム構築は、主に民需を中心に低調に推移するとみられており、その一方でデスクトップの仮想化やビッグデータ解析など情報系(フロントエンド系)のニーズが拡大する。(3)の分野はソーシャルサービスとモバイル、ビッグデータ・アナリティクス(アナリティクスのA)、クラウドの頭文字をとった「SMAC」と言い表されるよう、いわゆるネットビジネス系の領域が依然として投資が活発化すると予測されている。
そして、大手ITベンダーが国内ビジネスで最も注目しているのが(2)の社会インフラだ。中期的にはスマートコミュニティや東京五輪などがキーワードとして挙げられるが、足下の需要はなんといっても社会保障・税番号制度だ。市町村が合併ラッシュとなった「平成の大合併」以来の特需とまでいわれ、システム開発は2014~15年にかけてピークとなり、その後は民間分野でも派生需要が予測されている。システム稼働に向けてSEの人手不足が深刻化する「2015年問題」が早くも取り沙汰されるほどである。
しかし、社会保障や医療、防衛、防災、官庁自治体などの社会インフラ系の伸びが期待できるからといっても、その多くは一過性の公共投資であることを忘れてはならない。大手ITベンダー幹部は、国内情報サービス市場全体の今後数年の伸び率は「せいぜい年率1~2%程度」とみており、社会インフラなどの伸びる領域がある一方、バックエンド系などの“オールドIT”領域は伸びないと予測する。また、社会保障・税番号制度などの公共投資の区切りがつくと、SEの人手不足から一転してSEの供給過剰に陥る局面も危惧される。それまでにフロントエンド系やSMACなどの“ニューIT”によるリマーケティングを実践し、いかにして民需で安定的に稼ぐ仕組みを構築できるかがビジネスのカギを握る。