情報サービス産業協会(JISA、浜口友一会長=NTTデータシニアアドバイザー)が“ポスト・アジア近隣市場”に向けた活動に本腰を入れている。情報サービス業界の要請を受けて、JISAは今年、世界20都市余りに足を運び、地元政府や業界団体などとの意見交換を意欲的に進めてきた。こうした調査を通じて導き出したポイントは、(1)公共政策(2)イスラム(3)中南米の三つだ。(1)はビッグデータなどと密接に関わる個人情報保護の国際ルールづくりで、(2)と(3)は日本の情報サービス業が十分に進出できていない成長市場である。日本の情報サービス業の海外ビジネスを一段を拡大に導くポイントがJISAの活動を通じて見えてきた。(安藤章司)
パイロットの役割を担う
JISAは日本の情報サービス業界の海外ビジネスの水先案内人(パイロット)の役割を担うべく、海外の政府や団体、企業からの情報収集を意欲的に進めている。限られた予算のなかで今年は20都市余りを厳選して訪問した結果、導き出したのが、(1)公共政策(2)イスラム(3)中南米の三つのポイントだ。(1)公共政策(パブリックポリシー)では、主に欧米先進国政府が決める政策や規制が日本の情報サービス業に多大な影響を及ぼすことから、JISAでは早い段階から着目して調査を行ってきた。
直近では個人情報の保護を目的としたルールづくりがEU(欧州連合)や米国で進んでおり、「少し目を離すと、いつの間にか日本の情報サービス業に不利なルールができかねない」(JISAの河内淳子・国際部部長)と懸念して、情報収集に努めてきた。例えば、EUから日本へ個人情報を持ち出せなくなれば、日系現地法人の従業員の情報を日本から参照できなくなったり、EUからシステム開発の案件を受注した後、中国へオフショア開発に出せないなどの制約が課される可能性がある。JISAは海外動向を踏まえたうえで情報サービス業界の意見を取りまとめ、日本政府への働きかけを通じて、「日本に不利にならないよう」に活動を強化している。
各国の公共政策は、最終的には政府間で話し合って利害調整を行うわけだが、情報サービス業からの「こうしてほしい」という日本政府に向けての具体的な要望がはっきりしなければ、国としても動きようがない。とくにインターネットの領域では、欧米先進国のルールづくりを早い段階から調査し、日本に有利なようにもっていかなければ、後々、大きな課題を抱えることになる。
例えばビッグデータ分析を行ううえで個人情報の扱いがグレーで曖昧なままなら、かつてのインターネット検索サービスのように立ち後れてしまう危険性がつきまとう。近年の例をみても、JR東日本がSuicaを活用したビッグデータサービスを手がけようとしたとたん、利用者からの反発を食らったのは記憶に新しい。ビッグデータに関しては、日本でも「パーソナルデータの利活用に関する制度改正」のルールづくりが進んでいるものの、日本の情報サービス業がビッグデータを活用したサービスで世界へ進出するとなれば、事前に日本政府を通じて各国政府との利害関係の調整を行ったほうが、よりスムーズにビジネスを進めることができる。
イスラム経済圏と中南米市場

JISA
河内淳子部長 日本の情報サービス業界の海外進出で、もう一つ課題として浮上しているのが、面的拡大である。2008年のリーマン・ショック以来、日本の情報サービス業は海外進出を積極的に進めてきた。中国・ASEANのアジア近隣の日系ITベンダーのビジネスはすでに軌道に乗り始めていることから、JISAはパイロット役を担うべく、日系ベンダーが十分に進出できていない成長市場に足を運んだ。なかでもイスラム経済圏は「日系ITベンダーにとってさまざまな可能性を秘めている」(河内部長)とみる。
バングラデシュやバーレーン、ドバイ(UAE=アラブ首長国連邦)などのイスラム圏を歴訪し、市場動向を探ってきた。日系IT企業はマレーシアやインドネシアといったイスラム圏への進出経験を積んできていることから、「その先のイスラム経済圏も視野に入れて損はない」(河内部長)とみて、マレーシア/インドネシアへの進出が、その先のイスラム圏への入り口になるとJISAでは捉えている。イスラム圏とひと口にいっても各国の人口規模や経済発展度合いはまちまちで、しかも欧米ITベンダーがすでに多く進出している。だが「対日感情は概して良好で、欧米ベンダーにないものを日系ベンダーが持ち込めばビジネスチャンスはある」との感触を得ている。
さらに成長市場として見逃せないのが中南米だ。JISAではメキシコに赴いて調べたところ、近年は米国からのソフトウェアのニアショア開発拠点として活用する例が増えていることがわかった。時差が少ないので、インドに発注するよりもコミュニケーションがとりやすいし、米国から距離的に近いことがニアショア拠点として適している。一方、日本からの距離は遠く、交通の便もよいとはいえないため、日系ベンダーの北米拠点を起点として進出するのが現実的とみられている。日系ITベンダーは北米に営業・サポート拠点や、情報収集のためのR&D(研究開発)拠点などを置いているケースが多い。もう一歩踏み出して、「南米市場への進出拠点として米国法人を活用する手法も有効だ」(河内部長)とJISAはみている。
長らくドメスティック中心でやってきた日本の情報サービス業は、中国・ASEANで四苦八苦しながらも、海外ビジネスの足がかりを築いてきた。国内主要ITベンダーやSIerの中国・ASEANでの拠点数の増加、そしてM&A(合併と買収)や業務提携を意欲的に進めていることを考えると、アジア近隣市場でのビジネスは軌道に乗り始めていると捉えていいだろう。今後はグローバルビジネスを進めていくうえで欠かせない国際的なルールづくりに積極的に関与したり、イスラム経済圏や中南米などの有望市場へのさらなる進出が期待される。JISAは、2015年以降も引き続き海外活動を強化していく方針を示している。
カギ握るパーソナルデータ
“受け身”のままでは通用しない
JISAが神経を尖らせる公共政策(パブリックポリシー)は、SMAC(ソーシャル、モバイル、ビッグデータ・アナリティクス、クラウド)といった成長株のITサービスと密接に関わってくる。SMACは、個人情報保護を含むパーソナルデータと切っても切れない関係にあるにもかかわらず、国際的なルールづくりにおいて、「日本を含むアジア諸国は受け身の状態が続いている」(JISAの河内淳子・国際部部長)。
米国はもちろん、EU圏においても意欲的にパーソナルデータ活用のルールづくりに取り組んでいることがJISAの調査を通じて明らかになっていることを踏まえると、国内においても欧米のルールを輸入するだけでなく、自らルールづくりに積極的に関与していく姿勢が求められる。
SMACを軸としたネットサービスは、日本の主要ITベンダーが注力分野とするスマートコミュニティなどの社会インフラ領域でも欠かせない要素だ。いや、むしろ社会インフラだからこそしっかりとしたルールが必要であり、こうしたルールに裏づけされたサービスに仕上げれば、海外展開の道も開けやすい。
ただし、ルールが日本独自のガラパゴス的なものであっては話にならない。欧米のインターネット先進国とのある程度の互換性が保たれ、しかもJISAが懸念するような「日本にとって不利なルール」にならないよう、当事者として強い関心を持ち続けることが、次の海外ビジネスにつながる。(安藤章司)