トレンドマイクロはセキュリティ人材の育成を日本の社会課題として捉え、その解決に本腰を入れ始めた。デジタル化やデジタルトランスフォーメーション（DX）の取り組みが十分に進んでいない状況が新型コロナ禍により改めて浮き彫りになったことについて、同社の大三川彰彦・取締役副社長は「セキュリティ人材の不足はDXの成否を握る最も基礎的な課題だ」と指摘する。今年1月には、トレンドマイクロの知名度を生かし、日本社会全体のセキュリティ意識を向上させることを目的に「サイバーセキュリティ・イノベーション研究所」を開設した。同研究所の組織・機能を中核に、パートナー企業、ユーザー企業を問わず、セキュリティ人材の拡充を広く後押ししたい考えだ。
（岩田晃久）
 
　サイバーセキュリティ・イノベーション研究所の設立について、所長を兼務する大三川副社長は「当社はウイルスバスターをはじめとした製品のイメージが強い。一方で長年、専門組織『Zero Day Initiative』による脆弱性情報の提供、国連などの重要な組織にセキュリティ教育を行うなどの活動をしてきた。しかし外部にあまり公表してこなかったため、認知度が低かった。サイバーセキュリティ・イノベーション研究所を通じてそのノウハウを提供することで、国内企業のセキュリティへの取り組みをより強力に支援できる」と背景を説明する。

　具体的な組織・機能としては、自社製品の安全性を評価する「トランスペアレンシー・センター」、国内の企業や組織を狙うサイバー攻撃などに関する情報を発信し対策支援を行う「スレット・インテリジェンス・センター」、セキュリティ人材の育成を支援する「セキュリティ・ナレッジ＆エデュケーション・センター」の三つが研究所の中核を成す。

　とりわけ最近、動きが活発なのがセキュリティ・ナレッジ＆エデュケーション・センターだ。企業の一般部門からIT、セキュリティ部門まで必要とされるセキュリティ教育サービスを提供している。大三川副社長は「企業がセキュリティを強化する上で重要となるのが人材だが、マインドセットなど難しい面も多い。お客様の環境に合わせたメニューにより人材育成を支援する」としている。

　9月には、ソフトバンクのセキュリティ人材育成を支援するプロジェクトを開始した。ソフトバンクの開発やマーケティング、営業など、各部門のセキュリティ推進担当者（約200人）を対象に、同センターが提供する教育サービス「サイバーセキュリティーナレッジトレーニング- DX推進担当者向け」をベースにしたセキュリティ教育を実施している。セキュリティリスクを適切に考慮して新商品・サービスの企画や顧客への提案などができる「セキュリティ・バイ・デザイン」の体制を広く整えることを目指す。

　今後は、センターを活用したセキュリティ教育サービスを提供するだけでなく、パートナー経由でサービスそのものをOEM的に展開することも構想している。パートナーからは既に、「（トレンドマイクロのセキュリティ教育サービスを）顧客に提案したい」という声が挙がっているという。「当社のサービスを受けたパートナーがその内容を基に自社のセキュリティサービスを開発し、提供していくといったことも考えられる。その際に、契約形態をどうするのかなどはまだ決めていないが、柔軟に対応していきたい」と大三川副社長は話す。当面の方針として、まずはパートナー企業がセキュリティ教育サービスを体験できる場面を増やし、認知度も高めたい意向だ。

　セキュリティ・ナレッジ＆エデュケーション・センター以外の組織も活動を強化している。例えばトランスペアレンシー・センターは自社製品の各国の法規制への対応強化、第三者認証の取得を主導しているほか、ユーザーやパートナーに向けてトレンドマイクロの開発・検証体制、データの取り扱いなど安全性に関する取り組みについての情報発信も行っている。大三川副社長はサプライチェーン攻撃が増加していることを課題として挙げ、「安全性が担保された製品でなければ利用しないという企業が増加している。今後、グローバルで支持される製品を提供する上でも強化しなければならない部分だ」と強調する。

　トレンドマイクロはサイバーセキュリティ・イノベーション研究所を「社会貢献の意味合いが強い組織」（大三川副社長）と位置付ける。日本全体のセキュリティを底上げしていくことを強く意識した活動を続けていく方針だという。