SaaSが本格的に日本へ上陸してから、今年で3年が経った。リーマン・ショックの影響で「コスト削減」策が急務になった企業の実状にあわせ、「クラウドコンピューティング」と呼称を変えて実質的な導入フェーズに突入したようだ。ハードウェア販売を収益源としないSIerが先行し、サーバーを生産・販売する大手ITメーカーがこれに続く形でクラウド/SaaSの体制を整えているが、大手ベンダーがどんな「商流」を構想しているのかなどをリポートする。
国内の実状を検証 クラウドコンピューティングは、国内のITビジネスを変えようとしている。日本には、欧米にみられない固有の“IT文化”がある。地域や業種業態に応じた販売パートナーがメーカー各社の製品流通に深く関わっており、チャネルビジネスの構築なくして製品は売れない文化が築かれていたのだ。
パートナーの大半は、オフコン時代とクライアント/サーバー時代ともに、ハードウェアやソフトウェア販売でユーザー側から得る導入時のイニシャルコスト(初期投資)を積み上げて収益を上げていた。しかし、クラウド/SaaS販売では、「従量課金制」になるため、少額を毎月積み上げるビジネスモデルに転換することとなる。
ハードなどの“箱売り”は減少傾向をたどることは分かっていても、ビジネスモデルをどの時点で「イニシャルベース」から「従量課金ベース」へ切り替えるかといった悩みは尽きない。地域によっては、訪問販売型の“箱売り”で収益を上げてきたベンダーは少なくない。だが、こうしたベンダーはクラウド/SaaSが普及するにつれて行き場を失う恐れがある。
大手ITメーカーや大手SIerは、かつて売り上げ拡大に貢献してくれた、こうしたベンダーをどうバックアップし、自社のクラウド/SaaS事業を立ち上げていくか、問われることになる。各社各様にクラウド/SaaS戦略を打ち出しているが、未だ明確な解が出ていないのが実際のところだ。この辺りをどうクリアするのだろうか。


SIer
販売系SIerでもクラウド開始
一転、成長エンジンに据える
11月、都内で開催された東芝ソリューションのイベントでは、クラウド/SaaS技術が大々的に展示された。昨年は見られなかった光景である。もともと、社会インフラ系基幹システムに強みをもつ同社は、IPネットワーク上で発展してきた大衆向けのクラウド/SaaSには懐疑的な側面があった。ところが、SI(システム構築)業界をも呑み込む大きなアーキテクチャ変遷の流れに正面から逆らうことは難しかったようだ。
東芝ソリューションが重視するのは、ユーザーがクラウド機材一式を買い取る「プライベートクラウド」の方式。社会基盤を支える大手顧客を多く抱える同社は、SIerが所有するクラウドを複数の顧客でシェアして使う「マルチテナント型」のタイプより、ビジネスの可能性が大きいと踏む。次世代技術の開発に取り組む同社のIT技術研究所は、「製造や流通、金融などの事業ラインにクラウド技術を順次落とし込んでいく」(守安隆参事)と、全社への展開を急いでいる。
一方、業界に先駆けてクラウドビジネスを立ち上げた富士ソフトは、ひと足先に業種業態への落とし込みを具体化させる計画だ。 同社が強みとする業種の一つ、流通業向けに特化した「流通クラウド」を立ち上げる。富士ソフト本体が保有するクラウド対応のデータセンター(DC)や業種ノウハウ、グループ会社のパッケージ、SI力を活用するという内容で、2010年前半をめどにサービスをスタートさせる。
具体的には、クラウド基盤上に流通業のEDI(電子データ交換)で使われる「流通BMS(流通ビジネスメッセージ標準)」システムを構築し、これをユーザーにSaaS型で利用する仕組み。システム開発には、富士ソフトだけでなく、流通業向けパッケージソフト開発のヴィンキュラム ジャパンや、同業種向けシステム開発のヴィクサスなど、グループ企業も参加する。
富士ソフトの白石晴久社長は、「グループ横断で取り組む成長エンジン」と位置づけ、クラウド/SaaSを切り口に、グループの総合力を生かして業種を攻めていく方針だ。
強大なDC設備をもたないような販売系SIerでも、プライベートクラウドやマルチテナント型のクラウド、パブリッククラウドなどフルラインナップのメニュー整備に取り組むベンダーが現れてきた。
グループ事業会社12社からなるJBCCホールディングスは、まずは今年春頃から自社グループで使う情報システムにクラウドアーキテクチャの適用をスタート。11月からは、クラウドリソースの使用量に応じてグループ各社に課金する仕組みを稼働させるなど、より実戦的な活動を行っている。
JBCCホールディングスの山田隆司取締役は、「このまますぐにユーザーがクラウドを導入できるよう、グループを挙げてノウハウの蓄積に取り組んでいる」と、次世代のビジネスモデル構築に意欲的だ。DCは、基幹系バックオフィスシステムではNTTコミュニケーションズなどの設備を活用し、情報系システムにはAmazonEC2やマイクロソフトのAzureなどの利用を想定。グループ内外のあらゆるリソースを生かしたビジネス展開を急ぐ。
受託ソフトウェア開発の不振を受けて、構造改革が急ピッチで進むSI業界。富士ソフトの白石社長は「受託や派遣型のソフト開発は中長期的に縮小が続く」と、厳しい見方を示す。これを補って、反転成長させるエンジンの一つがクラウド/SaaSとみる。当然、有力SIer同士の開発競争も激化しており、ここで後れをとるとさらに厳しい局面に突き当たることになりそうだ。
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