不発に終わったと言わざるをえない「J-SaaS」。経済産業省が主導し、約40億円の国費をつぎ込んで生まれたSaaSサービスは、ユーザー企業を思うように集められず、目標数値に遠く及ばない結果に終わった。そして今年6月1日、その運営主体が、経済産業省から富士通に代わり、新たなスタートを切った。主導権が官から民に──。失敗に終わったのは、昨年度末時点での話。これからが正念場だ。ITビジネスのプロに運用母体が移ったことで、巨大なSaaSインフラは息を吹き返すのか。
誕生、そして挫折
官主導で始まった
異例のIT基盤 「J-SaaS」は、経済産業省が主導し、国費を使って開発・運用したSaaS基盤とそのサービスを指す。そのインフラでは、異なるISV(ソフトメーカー)のアプリケーションソフトが一つの情報システムで動作する。“官発”の、異例のITインフラだった。
ユーザー企業は「J-SaaS」のポータルウェブサイトから、会員登録(無料)して、利用したいアプリを選ぶだけで即時にインターネットを通じてソフトの機能を利用できる。ECサイトで商品を購入するような感覚で、業務ソフトを購入・活用できるようにしたわけだ。
民間企業でもこうしたIT基盤やサービスがあったにもかかわらず、経産省が主導したのには理由がある。中小企業のIT化の遅れを打開するためだ。中小企業の活性化は経産省のミッションで、そのためにはITが必須とみているが、なかなか浸透しないのが現実。そんななかで初期投資が少なくて済み、ユーザーによるシステムの運用も必要ないネット越しのサービス(SaaS)なら普及すると判断し、SaaS基盤を自ら構築・運用することを決めたのだ。
経産省は、この仕組みを整えるため、2008年度および09年度の2年間で約40億円を確保。SaaS基盤の構築・運用、ISVがもつソフトの「J-SaaS」への移行、普及・促進に使った。企画・立案は経産省で、そのサポートを幹事会社として新社会システム総合研究所が担当。そして、SaaS基盤の開発・運用は富士通が担当する布陣を敷き、09年3月31日、計画通りにサービスが開始された(その体制は図1の通り)。
こうして生まれた「J-SaaS」では、10年3月末時点で従業員20人までの中小企業を中心に、50万社のユーザーを獲得するというかなり挑戦的な目標をぶち上げた。その数値に、IT業界は経産省の意気込みを感じて、SaaSビジネスを手がけたいISVは注目し、そして期待した。サービス開始時点で26種類ものアプリが揃ったことがそれを裏付けている。
計画値は未達
夢物語だった現実 しかしながら、その挑戦的な目標はもろくも崩れ去った。「J-SaaS」にアプリを提供する某ISVの社長から得た「J-SaaS」関連資料によると、10年3月末時点での利用本数は1041本で、ライセンスベースでは1662ライセンス。目標値には遠く及ばない。それだけではない。実は、この数字には無償版の利用ユーザーも含まれており、有償版だけをみると、本数は174本、ライセンスでみると344ライセンスしかない。この段階では、「失敗」と言わざるを得ない。
その理由はいくつか考えられるが、致命的だったのが知名度不足だ。ユーザーに想定したはずの中小企業が、驚くほど「J-SaaS」を知らないという現実が浮き彫りになっている。
SMB(中堅・中小企業)のIT動向調査に強いノークリサーチ(伊嶋謙二社長)は、「J-SaaSの認知度」について年商500億円未満の中堅・中小企業に聞き、1000件の有効回答を得ている。そのデータ(図2)をご覧いただきたい。
「J-SaaSは知らないし、利用もしていない」との回答は、企業規模を問わず60%以上という結果だ。経産省が「J-SaaS」のメインターゲットに置いた20人未満の中小企業だけでみると、その数値は83.6%にも達する。10人のうち8人は知らないわけで、知名度不足は明らかだ。経産省は、ITコーディネータや税理士などで構成される専門スタッフ「J-SaaS普及指導員」を組織化し、全国で大々的に普及・啓蒙セミナーを開催した。その取り組みを評価する声もあった。ただ、現実には肝心の中小企業に「J-SaaS」は届かなかった。
多くのアプリを集めたにもかかわらず、わずか174本、344ライセンスしか販売できなかった現実に、撤退を決意したソフトメーカーも現れた。昨年11月末時点でアプリを提供していたISVと8月18日時点のISVを見比べると、ビジネスオンライン(BOL)など数社のISVの名前が消えている。その1社であるBOLの藤井博之代表取締役は、「ISVは毎月富士通にITインフラの使用料金を払っている。ユーザーが増えなければ、毎月赤字。使用料金を上回る売り上げを期待できなければ、撤退するしかない」と語っている。
ユーザー数が増えずにISVが撤退、サービスラインアップが減り、さらにユーザーを獲得しにくくなる──。絶対に避けなければならない悪循環だ。では、運用を引き継いだ富士通はどんな策を講じようとしているのか。
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