2011年のIT商材販売は、好調なスタートを切ることができるのか──。2010年はクラウドコンピューティングの普及元年。企業はITシステムの「所有から利用」への対応を急ぎ、メーカーや販社にとっては準備の年となった。業務ソフトウェア、セキュリティ、ネットワーク、コピー・プリンタのIT商材は、2011年、激変するIT市場でどんな戦略を打ち出し、何をどう売って成長軌道に乗せていくのか。関係ベンダーのトップに戦略を聞いた。
【解説】 大手のSIerやメーカー各社の2010年9月期・中間期決算をみると、リーマン・ショック後の厳しさは影をひそめ、国内IT市場は最悪期を脱したかに映る。ただ、依然として「3年程度は時計の針が戻った状態」が続き、本格回復までには至っていない。ITベンダーが2011年の事業戦略を立てるうえで、3年前とは状況が大きく変わっていることを念頭に入れる必要がある。クラウドコンピューティングが波及し、企業など顧客側でも「所有から利用へ」の流れが顕著になっており、ハードウェアやソフトウェアの「モノ売り」が成り立ちにくく、IT商流自体も変貌している実態があるからだ。
こうしたなかで、ITシステムを構成する主要商材を開発・生産する主要メーカーとメーカー製品を売る販売会社は、2011年をどう乗り切り、成長するための市場をどこに定め、どの程度の成長率を視野に入れているのだろうか。
各社の経営状況や海外展開しているベンダーによっては為替や株式相場の変動リスクを背負うので、単純に各社が示す成長率予測だけで、各商材の市場を定量的にみることはできない。このなかで、継続して成長している分野といえるのが、セキュリティだ。iPadの登場で脚光を浴びるモバイル端末の普及やパブリッククラウドを利用するユーザーの増加など、ネットワーク利用環境の変化が後押しし、新たな需要が生まれそうだ。
セキュリティ市場と並行し、クラウドの普及でネットワーク環境の重要性が高まるなか、ネットワーク市場も成長する気配がある。ただ、NIerのなかには、2011年の成長率を「30%」というベンダーがあるものの、総じて「ユーザー企業のIT投資が伸びない」と、プラス材料が見当たらないという印象をもっているようだ。
ここ数年、見込み案件の「先送り」「再検討」が続き、苦しい市場環境にあった業務ソフト市場も、2010年後半以降にパッケージ需要が中小企業を中心に伸びた。2011年も、この需要は堅調とみられ、また、中堅企業以上でSaaS型サービスが伸びることで、「2ケタ成長もあり得る」と期待するベンダーもいる。業務ソフトと一緒に販売することが多いコピー・プリンタの市場は、2010年、久々の好景気に沸いた。ただ。2011年は成長しても5%程度で、各メーカーとも慎重な姿勢が目立つ。コピー・プリンタ機器自体の出荷台数は、頭打ちの状況が続くものの、消耗品(サプライ品)の増加や新たなサービスで収益率をアップさせることを意図して、業態変革を急いでいる。
業務ソフトウェア
成長率予測*
5%・10%以上
依然高い、中小のパッケージ需要
中堅はクラウドに関心 主要業務ソフトウェアメーカーと業務ソフトを展開するシステムインテグレータ(SIer)は、ここにきて矢継ぎ早にSaaS型基幹システムやプライベートクラウドサービスなどを発表している。一方で、SaaSに限らず、需要が高まっているパッケージ販売の新施策を打ち出し、既存のビジネスモデルを強化するメーカーもみられる。
中堅・中小企業(SMB)向け事業を展開するNECネクサソリューションズと富士通マーケティング(FJM)は、全国に広がる系列販売店などの流通網を駆使してASP/SaaSの拡販に着手。FJMは、財務管理を皮切りに人事管理などのSaaS「きらら」シリーズのサービス拡充を図っている。日本オラクルやインフォベック、NTTデータビズインテグラルなども、同様の動きを強めている。
いち早くクラウド事業に乗り出したピー・シー・エー(PCA)は、「PCA for SaaS」のユーザー企業が520社を超え、インフラの初期投資の減価償却を含めてもSaaS事業だけで黒字転換した。
徐々にその全貌が明らかになってきている弥生の「弥生オンライン」については、岡本浩一郎社長が「既存の会計システムや販売管理システムとはまったくの別物になり、ミニERP(統合基幹業務システム)と呼んでいる。基本的には一体のアプリケーションなので、連携を意識する必要がない」と話す。
国内企業数の99.7%を占める従業員20人未満の約366万社は、約半数が手書きで会計処理を行っているという実態があり、弥生はここに目をつけている。「日報代わりに入力できる」(岡本社長)という簡単操作を売りに、主市場である個人事業主やSOHOなどを掘り起こす考えだ。
オービックビジネスコンサルタント(OBC)や応研などは、クラウドの本格展開に話を振ると、言葉を濁す。一部の販売店が両社のアプリケーションを独自にSaaS提供している状況にとどまっている。それぞれがSaaS事業は次の収益源としつつも、既存のパッケージ販売に軸足を置き、IFRS(国際財務報告基準)対応や製品ラインアップの拡充などに注力。売上拡大に向けた施策を続々と投下している段階にある。
調査会社ノークリサーチによれば、年商500億円未満のSMBのうち、会計システムをASP/SaaSのサービス形態で利用しているユーザーは2.2%にとどまっている。新規導入予定は、2.6%となっており、ユーザー企業の関心は低水準の状況だ。
新規導入予定のERP(統合基幹業務システム)の利用形態に関する調査では、年商500億円未満のSMBの10.9%がASP/SaaSを選択。「新規導入の場合にはASP/SaaS形態も有力な選択肢の一つとなる可能性がある」(ノークリサーチ)としている。
さらに対象を広げて、国内のクラウド市場規模を予測した同社の調査資料によると、2013年に3349億円にまで市場が拡大するという。このうち、サービス形態別にみると、IaaSが221億円、PaaSが952億円、SaaSが2176億円となっている。ただ、2010年の市場規模は596億円で、2009年の361億円に比べるとそれほどの伸びはみせていない。ちなみに、2011年は1029億円に成長する予測を立てている。
同社は「プライベートクラウドへの取り組みが大企業で進みつつある一方、SMBにおけるクラウド活用が普及段階に至っていない」と指摘する。カスタマイズや他のシステムとの連携といった障壁が既存システムのクラウド移行の足踏み感を招いているという。
これらを踏まえると、中堅企業はクラウドに関心を示しつつも様子見の状況。中小企業の場合はパッケージへのニーズが高く、市場全体にクラウドが一気呵成に普及するとは考えにくい。クラウドが業務ソフトメーカーの勢力図を塗り替えるほどの影響は与えないとみられる。
2011年、成長に向けたキーワード
・業務ソフト編・
(1)中小企業向けパッケージ需要堅調
(2)中堅企業向けSaaS型システムの立ち上がり
(3)会計システム未導入市場の開拓
(4)IFRS(国際財務報告基準)への対応
セキュリティ
成長率予測*
0%・10%以上
新端末が増えて需要高まる
ライセンス販売からの脱却 2010年後半から回復傾向がみられるといわれていた国内IT市場だが、前年対比では大手SIerをはじめ、多くのベンダーが伸び悩んだ。一方、セキュリティ業界は引き続き好調で、各社ソフトウェアベンダーは2011年の天気を「晴れ」と予測する。不況下でもITシステムを構成するうえで必要不可欠な商材という位置づけは変わらない。加えて、仮想化環境やクラウドコンピューティングの普及などで、ネットワーク上のセキュリティ強化といった分野でビジネスチャンスが期待されるからだ。
だが、国内で仮想化やクラウドの普及が進みつつあるものの、その速度は世界に比べると遅い。2010年は、普及の速度を見誤り、影響を被ったセキュリティメーカーもあったが、業界としてはおおむね順調だった。セキュリティメーカーは、外資系が中心のため、具体的な数字は明らかにされていないが、業績は軒並みプラス成長だったようだ。
2010年はスマートフォンやタブレットPCなど、多様なモバイルデバイスが登場した年でもある。仮想化やクラウドなど、新しい潮流も浸透し始めた。これまでのセキュリティ製品では、こうした新しい環境に対応ができなくなってきている。「新しい環境」が、大きなビジネスチャンスとなり、各社は新たな「セキュリティソリューション」を展開し始め、これを本格化させるのが2011年ともいえそうだ。
マカフィーは、いち早くNTTドコモなど大手通信キャリアと協業し、アンチウイルスの機能を端末にプリインストールするかたちで提供を開始した。加藤孝博会長兼社長は、「モバイル端末や自動車など、既存製品に組み込まれるソフトの需要が台頭するというパラダイムシフトが起こるなかで、当社はセキュリティ市場をけん引していきたい」と語る。また、トレンドマイクロは、「クラウドと仮想化の導入の進捗は他国に比べてゆるやかだが、確実に進展している。2011年は、くすぶっていたものが爆発する年であってほしい」(大三川彰彦取締役日本地域担当)と願いを込める。同社は、個人向けを含め、クラウドや仮想化に対応するセキュリティソリューションを強化していく計画だ。
シマンテックの河村浩明社長は、「2010年後半から、やっと販売が上向いてきた。これは景気回復の影響ではなく、当社の販売体制が整ってきたからだ」と話す。同社は、販売促進施策として、クラウドサービスプロバイダ(CSP)にソリューションを提供する専門営業組織を新たに発足させている。
ウェブフィルタリングソフトの市場では、最近は単にウェブフィルタリング製品だけにとどまらず、そこから派生した製品群などの拡充により、幅広く販売する場を広げている。
デジタルアーツは2010年、初のハードウェア製品で、自社のウェブフィルタリングソフトで培ったプロキシ技術をもとに開発した「セキュアプロキシアプライアンス」を発売。クラウドに対応した展開を進めることなどで、総合セキュリティメーカーとしての立場を確立しようとしている。2011年は、海外で売る体制を構築する年でもある。
アルプスシステムインテグレーション(ALSI)も、2010年にクラウド対応を行った。「情報を守り、活用する」をコンセプトに、柔軟な制御とILP(情報漏えい防止ソリューション)を展開するなど、顧客の要望を取り入れて製品強化と品揃えの拡充を図る。
2011年、成長に向けたキーワード
・セキュリティ編・
(1)スマートフォンなど、モバイル端末の普及
(2)クラウド環境を利用増に伴うセキュリティ対策
(3)新しい環境での新しいセキュリティ提案
(4)国内ベンダーでのソリューション拡充
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