クラウドコンピューティングの浸透で、情報サービス業のビジネスモデルが大きく変わろうとしている。収益の柱の一つである受託ソフト開発が漸減するなか、有力SIerが次の収益の柱として強化しているのが「業界標準ビジネスプラットフォーム=業界クラウド」である。主要SIerのサバイバルに欠かせない「業界クラウドへの取り組み」を追う。(取材・文/安藤彰司)
有力SIerの業界クラウド
基幹業務システムを担う
有力SIerが力を入れる「業界標準ビジネスプラットフォーム」は、例えば野村総合研究所(NRI)の総合証券バックオフィスシステム「STAR-IV」サービスや、NTTデータの地方銀行向けの共同利用型センターサービスが代表例だ。クラウドコンピューティングと共通点が多いことから、「業界クラウド」ともいわれる。従来のシステム構築(SI)やソフト開発とは何が違うのか。
業界標準で地歩を固める  |
NTTデータ 山下徹社長 |
「業界標準ビジネスプラットフォーム」とは、ある特定の業種・業態に特化したサービスで、なおかつ当該分野においてデファクトスタンダード(事実上の標準)のポジションを獲得することである。わかりやすい例を挙げれば、野村総合研究所(NRI)の総合証券バックオフィスシステム「STAR-IV」サービスだ。2013年1月をめどに、大手証券会社の野村證券が「STAR-IV」の利用を開始することによって、証券バックオフィスシステムサービスに占めるシェアは利用規模ベースで過半数を超え、証券業界でのデファクトスタンダードの地歩を強固にする見込みだ。
NTTデータは、地方銀行向けの共同利用型センターサービスで、足利銀行が新たに利用を始めたと2011年7月に発表。地銀・第二地銀向けの同サービスの利用数は12行で、すでに約3割のシェアを獲得している。今後は鳥取銀行、大分銀行、西日本シティ銀行が利用を始める予定であるなど、シェア拡大中だ。特定の業種・業態でデファクトスタンダードのサービスとなれば、そのシェアを覆すことは容易ではなくなる。利用社数の多さを生かし、業界標準ビジネスプラットフォームとしてビジネスを安定的に伸ばしていく道筋が描ける。
共同利用型サービスは、個社別のシステム開発が最小限に抑えられるので、SIerにとっては売り上げを増やす機会を失うことになる。それでもサービス化を推進する背景には、クラウドコンピューティングの普及によって「所有から利用へ」の流れが急ピッチに進んでいることと、国内市場の成熟によって従来のような巨大なシステム開発の需要そのものが減っているという事情がある。NTTデータの山下徹社長は、「SIerにとって差異化しなければならないところはたくさんある。ソフトウェア開発の自動化もメスを入れなければならない重要な部分」と、サービス化の推進とともに、製造工程の自動化も進めていく必要があると話す。
何百人月、何千人月を投入して、顧客1社のためだけに手組みで大規模なソフトを開発する手法は、今は昔のものとなった。複数の顧客が共同して業務システムを利用し、肝心のソフトの製造工程は自動化が推進される。手組みでつくるとしても、中国やASEAN、インドなど、オフショアソフト開発が積極的に活用されるのが2012年の情報サービス産業の姿である。
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野村総合研究所(NRI) 嶋本正社長 |
さらにいえば、これまで大規模基幹業務システムの代表的なパッケージソフトであるSAPやOracle EBSを担ぐことの優位性が薄らぎつつあることも指摘されている。国内外の有力SIerのほとんどは定番ともいえるこれらのパッケージソフトを扱っていることから、野村総合研究所(NRI)の嶋本正社長は「決定的な差異化要因とはならない」とみている。
かつての主力商材だったソフトウェア開発や、有名な基幹業務パッケージソフトをベースとしたシステム構築(SI)のいずれも、ビジネスにおける差異化要素ではなくなりつつある。こうしたなか、SIerにとって「次世代のビジネスを支える有力な収益源となるのが、業界標準ビジネスプラットフォーム」(嶋本社長)というわけだ。
汎用クラウドとは異なる 業界標準ビジネスプラットフォームは、同一のシステムを複数のユーザー企業で共同して利用するという点で、クラウドコンピューティングに通じる。だが、クラウドサービスで一般的にイメージされるAmazon Web Services(AWS)のような業務アプリケーションとほぼ無縁のインフラ寄りのサービスではなく、かといってSalesforce CRMのようにあまねく企業で使えるような汎用的な業務アプリケーション寄りでもない。SIerの業界標準ビジネスプラットフォームは、確かに業務アプリケーション寄りではあるものの、そのSIerが得意とする特定の業種・業態の業務ノウハウを結集している点で特色を出しているところが、汎用的なクラウドサービスと異なる点である。
とはいえ、サービスを開発し、運営するのはあくまでもベンダー側なので、先行投資がかさむという点ではクラウドと同じ。ターゲットとする業界である程度のシェアを獲り、最終的にはデファクトスタンダードの地位まで上り詰めるにはそれなりの投資体力が必要となる。データセンター(DC)も確保しなければならない。だが、それでも中堅SIerも果敢に業界標準ビジネスプラットフォームへと乗り出そうとしている。
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