提案型の営業が大切
ビジネスの全国展開を加速
ここでは、大阪と仙台の両地域のITベンダーが、市場を取り巻く変化にどう対応しているかについて取材した内容を紹介する。新規ビジネスを立ち上げたり、事業の土俵を広げるなど、懸命に努力を重ねている様子がうかがえる。
まずは、関西地区にスポットを当てよう。関西地区は、DC需要の拡大を受けて、この1年で、新しいセンターが相次いでオープンした。インターネットイニシアティブ(2011年7月開設)やNEC(同年8月開設)など、東京に本社を置くベンダーが大阪やその周辺でDCをオープンしただけでなく、地場ベンダーもDC設備の強化に取り組んできた。そんななかで、グループ外向けビジネス(外販)を強化しているエネルギー事業者系SIerの動きが注目に価する。
関西電力グループの関電システムソリューションズや大阪ガスの子会社であるオージス総研は、関西地区の地場ベンダーとしてDC事業を展開している。いずれも、グループ内向けの従来型ビジネスには限界があるとみて、外販の強化を方針として掲げている。そして、外販の有望な商材として、ハウジングをはじめとするDCサービスの提供に力を注いでいるのだ。
関電システムソリューションズは、今年2月に大阪市の中心部に、最大1300ラックまで拡張可能な「第3データセンター」を開設した。首都圏の企業が「第3データセンター」をバックアップ用に使う案件を中心に、数多くのユーザー企業から引き合いがきているという。また、オージス総研も、DC需要の拡大によってビジネスが大きく動き始めている。同社は、大阪市内で約350のハウジング用ラックを設けているDCを運営しており、この1年間、利用者のうちの東京本社企業の割合は、前年の倍となる60%に伸びたそうだ。
●DCで天然ガスを活用 SIer各社がDC事業の拡大に拍車をかける状況にあって、ベンダー間の競争が激化している。調査会社のIDC Japanは、国内のハウジング市場は成長が続くとみている。しかし、成長のエンジンとなるのはこれまでと同様に首都圏のDCであって、関西地区を中心とする関東地区以外の地域では、市場は横ばいで推移すると見込んでいる(図2)。

オージス総研
津田悦宏
マネジャー 市場規模が伸びないのに、SIerがDC設備を強化するということは、既存ユーザーの奪い合いが激しくなることを意味する。関電システムソリューションズは、「第3データセンター」では最新の省電力設備を用意し、エネルギーコストを削減することによって、ハウジングサービスの差異化を図っている。電力の供給不足や電気料金の値上げが話題を集めるなかで、省電力がDCの重要な訴求ポイントとなっているのだ。
一方、オージス総研は、商用電力への依存度を下げようとして、DCでは、天然ガスを使用するガスエンジン自家発電機を採用している。DCで、天然ガスと商用電力の両方を使用する電源・空調設備を用いることによって、ハウジングサービスの価格を抑えるだけでなく、長時間の停電時にもシステムの安定稼働を保証できるというわけだ。
オージス総研のサービスビジネス第一部クラウドサービス第二チームでマネジャーを務める津田悦宏氏は、「販売パートナーを通じて、天然ガスの使用によるメリットを訴えながら、引き続き、ハウジングサービスのユーザー企業の数を増やしたい」と語る。

SRA東北
岡田晃男
グループマネージャー 一方、東北の状況はどうか。東北各県のITベンダーは、震災を契機に、この1年半の間に県外ビジネスを強化することに力を注いできた。規模が縮小した県内ビジネスを補うために「全国展開」をキーワードとして、ターゲット市場を拡大しようとしている。
仙台市に本社を置き、大学向け評価データベース(DB)システムを提供するSRA東北は、全国各地の大学に提案する営業部隊を設けた。自ら積極的に提案活動を展開して、全国規模で導入案件を増やすことを目論んでいる。従来と同じく宮城県内の案件を手がけると同時に視野を全国に広げ、「県内を見つつ、外も見る」(ソリューション事業部システムグループの岡田晃男グループマネージャー)という戦略だ。
全国展開を本格化したり、新規ビジネスを立ち上げたり──。東北の多くのITベンダーは、震災がもたらした市場環境の変化を、新しいことに取り組むのに「いいチャンス」と捉えて、動いている。例えばSRA東北は、これまでは開いてこなかったユーザー向けイベントをこの9月に初めて開催した。イベントで聞いたユーザーの声をもとに顧客ニーズを分析し、提案型営業に生かすことができる材料を集めているのだ。このように、提案型営業の比重を大きくして、ビジネスモデルを切り替えようとしている。
●Uターンした技術者を採用 
トライポッドワークス
佐々木賢一
社長 JR仙台駅から歩いて数分の所にオフィスを構え、セキュリティ製品を提供するトライポッドワークス。首都圏や名古屋、大阪を中心に事業を展開しており、県内ビジネスは震災の前からごくわずかの割合しか占めていない。同社は、仙台本社を技術開発拠点とし、東京オフィスを拠点として営業活動を行ってきて、震災以降の1年半が経過した現在、ビジネスを順調に伸ばしている。
トライポッドワークスの佐々木賢一社長は、東京のITベンダーで働き、生まれ故郷の仙台に戻って、自社を立ち上げたという経歴をもつ。そして、自分と同じように東京で技術スキルを磨き、仙台にUターンした人材を積極的に採用している。「現時点で、五つもの自社製品を提供している。小規模ベンダーとしてそれができるのは、強い技術力があるからだ」と自信をみせている。
佐々木社長は、震災を機に、仙台に戻る優秀なIT技術者が増えていると感じている。今後、彼らの力を生かして、クラウド型サービスの提供を拡大する方針だ。「クラウドは、プログラミング言語などの知識では実現できない。東京経験者がもつネットワーク構築やサービス開発といったスキルこそが必要になる」と見解を述べる。ここ1年間、Uターン組の技術者を5~6人採用している。今後も募集を続けることによって、クラウド展開の強化に取り組んでいく。

関電システム
ソリューションズ
池田孝チーフマネージャー 再び大阪の状況に戻る。関電システムソリューションズはこの10月、日本マイクロソフトのユニファイドコミュニケーション(UC)プラットフォーム「Microsoft Lync 2010」の販売を開始した。安否確認や在宅勤務をはじめとするBCP対策に生かすことができるUCシステムは、ポスト震災の有望商材の一つとして注目を浴びている。IDC Japanによると、BCP需要をカンフル剤に、2012年の国内のUC市場は前年比3.7%の伸びをみせた。2016年までに2192億円以上の規模に拡大するという(図3)。
関電システムソリューションズのソリューション企画部事業企画グループの池田孝チーフマネージャーは、「UCシステムは、首都圏を中心に導入が進んでいるが、関西地区では導入事例がまだ少ない」とみる。市場未開拓の状況をビジネスチャンスとにらんで、関西地区で「Lync 2010」を提案し、導入実績を上げることを目指している。
記者の眼
未曾有の震災から1年半。東北にしても関西にしても、ITベンダーの「ビジネスの転換」はまだ始まったばかり。今後、市場のニーズを細かく読みながら、新規事業の立ち上げや全国展開を加速する必要がある。震災リスクの低さ(関西)や優秀人材のUターン(東北)など、地方ならではの強みを生かせば、ビジネスを伸ばすチャンスの前髪をつかめるだろう。