ユーザーが期待するのは「ビジネスの拡大につながる提案」
前項でみたように、モバイルの普及が活発になり、ユーザー企業がスマートフォンやタブレットを導入して業務の改善に生かす事例の公開が相次いでいる。ここでは、企業でのモバイル活用とその背景にあるITベンダーの動きにスポットを当てて、受注につながる提案活動へのヒントを探る。
【ネットワーク編】パフォーマンス向上で収益を拡大
紙やパルプの販売と輸出入を手がける日本紙パルプ商事。12年10月、本社移転をきっかけに、スマートデバイスの活用を決めた。現在、役員や営業部門のメンバーなど、外出が多い社員を中心に、160台のiPhoneと80台のiPadを配布している。スマートデバイス導入のタイミングに合わせて日本紙パルプ商事に無線LAN環境を提案し、受注したのは、ネットワークソリューション「PowerConnect Wシリーズ」を提供するデルだ。
デルは、日本紙パルプ商事新本社の各フロアにデータを受信するアクセスポイントを設置し、モビリティ・コントローラによってデータのあらゆる処理を一元的に実行するという仕組みを提案した。アクセスポイントは受信した情報をモビリティ・コントローラに転送し、認証や通信制御、アクセス管理などを行う。ネットワークの統合管理ができるほか、セキュリティも担保されるのだ。
日本紙パルプ商事で導入の決定に関わった管理本部 情報企画部の渡辺文雄部長は、「今後は、日本国内だけでなく、モバイルを活用してグローバルでのビジネスの拡大につながる提案を期待している」という。事業を成長させるために、IT導入に積極的な姿勢を示す。
●コンテンツ配信を最適化 
米Akamai
ガイ・ポジャーニーCTO ネットワークの切り口から、スマートデバイスの普及がもたらすビジネスチャンスは、社内の無線LAN環境に限らない。スマートフォンやタブレットでウェブ上のコンテンツを閲覧する人が増えている状況の下、「ユーザーが何をしているのか」「デバイスはどこから接続しているのか」といった情報を把握し、コンテンツ配信を最適化するソリューションの需要が高まっている。
「オンラインショッピングサイトの速度がユーザーの購買を左右する。速ければ速いほど、買い物が増える」。こう指摘するのは、デジタルコンテンツを円滑に配信するCDN(Contents Delivery Network)大手の米アカマイ・テクノロジーズ(アカマイ)でCTO兼チーフ・プロダクト・アーキテクトを務めるガイ・ポジャーニー氏だ。アカマイは、今年6月、スマートフォンをはじめ、あらゆるデバイスとの接続に対応したコンテンツ配信基盤「AQUA Ion」を投入した。
「AQUA Ion」ユーザーの一社として獲得しているのは、オーストラリアのオンライン販売事業者であるOzsaleである。Ozsaleは、会員制のオンラインショッピングサイトを運営しており、迅速なサイト接続を実現するために、「AQUA Ion」を活用している。「おかげでサイトパフォーマンスが向上し、収益の拡大と運用費の削減につながっている」と、Ozsaleのギャビン・クリフCTOは喜ぶ。
【セキュリティ編】データを残さないツールで情報漏えいを防ぐ
「当社の場合、一人の営業担当者がもつ顧客情報は300~400件にもなる。もし紛失して個人情報が漏えいしたら、大変なことになる」。
資源のリユースを事業とするリーテムで総務部に所属する工藤博之氏は、スマートデバイスの業務利用にあたって、何よりもセキュリティを重視することを方針に掲げている。リーテムでは、現在、全社員130人のうち、約100人がスマートフォンを使っている。端末の紛失は社員個人の過失であっても、会社としての責任を負わなければならない──そう捉えて、リーテムはNTTソフトウェアが開発しているスマートフォン向けセキュリティツール「ProgOffice(プログオフィス)」の採用を決定した。
●販売網を強化、全国展開 「ProgOffice」は、専用のサーバーとアプリケーションで構成され、スマートフォンをシンクライアント化する。電話の発着信履歴や電話帳、メールといったデータをサーバーで保存し、端末内に残さない。従業員数500人前後の中堅規模の企業が主なターゲットだが、スマートフォン/タブレットが広く普及している状況が追い風となって、リーテムのような小規模の企業でも導入が進んでいる。
NTTソフトウェアが「ProgOffice」を発売したのは2011年。ここにきて、引き合いが活発になっているという。「13年度がスタートした4月以降、『ProgOffice』の売り上げは、現時点ですでに前年度の3倍にも伸びている」(NTTソフトウェアの担当者)と、販売が好調のようだ。
同社は、高まっているニーズに対応するために、販売チャネルを強化している。この7月、システム開発を手がけるNTTデータカスタマサービスと、「ProgOffice」の代理店契約を締結した。全国200か所に直営のサービス拠点をもつNTTデータカスタマサービスの力を借りて、「ProgOffice」の販売拡大を目指す。
【ニューフェース編】海外からの市場参入が活発

米BoxTone
アラン・スナイダー
CEO 日本のモバイル市場が活性化している状況にあって、市場開拓を目指す海外のベンダーが増えている。モバイル環境の運用を最適化するソリューションを提供する米BoxToneは、今年5月に日本法人のBoxTone Japanを設立した。モバイル端末を管理するMDM製品をはじめ、モバイルアプリケーションの管理や分析ができるツールなどで構成されるモビリティ・マネジメント・ソフトウェア群を展開していく。
BoxToneはこれまで米国を中心に事業展開してきた。同社のアラン・スナイダーCEOが今のタイミングで日本市場の開拓を決断したのは、「企業の間でスマートデバイスへの移行が加速し、ビジネスチャンスがみえてきたから」と説明する。BoxTone Japanは、現在、3人体制で日本事業の立ち上げに動いている。スナイダーCEOは市場の規模に期待し、「1~2年で日本法人の従業員を15人程度に増やしたい」と意気込む。
BoxTone Japanがビジネスの柱とするのは、スマートデバイスの普及に力を入れている通信キャリアとの提携だ。この6月にNTTドコモとパートナーシップを締結し、NTTドコモの法人向けサービス「ビジネスmoperaあんしんマネージャー」に、デバイス/アプリケーション管理とセキュリティのプラットフォームを提供した。NTTドコモのデータセンターで運用し、危険なアプリケーションをブラックリスト化するなど、「ビジネスmoperaあんしんマネージャー」の安全の強化につなげる。
「ビジネスmoperaあんしんマネージャー」は、NTTドコモと契約している携帯端末の遠隔設定・制御をパソコンで一元管理することができるサービス。現在、4000社以上のユーザー企業が使っている。BoxTone Japanは、KDDIが提供する同様の法人向けサービスにも管理/セキュリティの基盤を納入。「次に、ソフトバンクをターゲットに据えて、通信キャリアの大手3社をカバーしたい」(スナイダーCEO)と、日本での事業拡大に意欲を示している。
BoxTone Japanを率いる常山宏彰ジェネラル・マネージャーは、「通信キャリア以外にも、パートナーの獲得を目指す。当社製品を活用し、ソリューションとして提供するSIerやISV(独立系ソフトベンダー)と協力するモデルを模索している」という。
●日本を成功事例に他国で展開 
Doctor Web Pacific
菅原 修
代表取締役CTO ロシアに本社を置き、アンチウイルスを中心とするセキュリティを展開するDoctor Webも、パートナーとの協業を掲げることによって、日本のモバイル市場の開拓に取り組んでいる。日本法人のDoctor Web Pacificは、今年6月、ダイワボウ情報システム(DIS)の子会社で、システム開発を手がけるディーアイエスソリューション(DSol)と提携した。共同でスマートフォン/タブレット向けマルウェア対策を提供する。
製品名は「Dr.Webモバイル 法人向けライセンス」。ウイルスをリアルタイムで検索して端末を保護する機能のほかに、遠隔からデータを削除したり、端末をロックしたりする機能を盛り込んでいる。1ライセンス1500円からの価格設定で提案し、予算が限られている中小規模のユーザー企業への導入を狙う。Doctor Web Pacificの菅原修代表取締役は、「DSolの親会社であるDISが全国にもつ販売網を活用して、3年間で3万ライセンスの販売を目指す」という。
Doctor Web Pacificは、コンシューマ向けのセキュリティも提供するロシア本社と違って、法人向けに特化したかたちでビジネスを展開している。今回、スマートフォン/タブレットに適した「Dr.Webモバイル 法人向けライセンス」を提供するのは、当面は日本に限定するという。モバイル市場が活性化している日本で先行投入し、「軌道に乗ったら、日本を成功事例として、ほかの国への横展開も検討する」(菅原代表取締役)という方針で臨む。
記者の眼
場所を問わずに仕事をこなすことができるスマートフォン/タブレットの登場は、ユーザー企業にとって、喫緊の課題である業務改革に取り組むきっかけをもたらす。これをITベンダーの側からみれば、「モバイル」の提案ではなく、モバイルを活用する「業務改革」を提案することが求められることになる。
そして、ITベンダーも自社での業務改革、つまり、ビジネスモデルの見直しを迫られている。モバイルの普及を機に、モノの箱売りから本格的なソリューション展開への転換に踏み切り、客先に業務改革を提案すれば、ITベンダー自身のビジネス改善にもつながる。まさに一石二鳥というわけだ。