●大規模案件も「つくらない」 ソフト開発の自動化を実践するのはNTTデータだけではない。キヤノンマーケティングジャパングループのキヤノンソフトウェアは、長年にわたって開発に取り組んできた業務アプリケーション向けのプログラム自動生成ツール「Web Performer」を使ったプロジェクトが、着実に増えている。
キヤノンソフトは、千葉ガスの基幹業務システムをおよそ3年がかりで再構築し、2013年1月に本稼働にこぎ着けた大規模プロジェクトに「Web Performer」を適用。主要部分のプログラムソースコードの自動生成を実現している。千葉ガスはプログラムの自動生成方式を採用するにあたって、自らも「Web Performer」を購入。実際に使ってみた千葉ガスの渡辺等・情報システム部長代理は「Javaのプログラム知識に乏しくても、3日ほどの講習で簡単なウェブアプリを自動生成できる」と、感心しきりだ。

千葉ガス
渡辺等
情報システム部長代理 「Web Performer」による本番システムの開発は、ツールの開発元であるキヤノンソフトウェアが請け負ったが、「投入する人月数を半減できた」(山田智生・アカウントソリューション開発一部長)と、コスト削減に多大な効果を上げた。プログラムの自動生成は、設計→製造→テストの主要な製造工程の工数を削減できる。ただ、上流工程や下流工程は含まれないので、全体の工数でみれば半減にとどまる。それでも最も工数が多くかかり、付加価値の低い製造工程を“ぶち抜く”ことで、大幅なコスト削減を達成できたことに変わりはない。
千葉ガスの渡辺部長代理は、プログラムソースコードの自動生成で得られる三つのメリットを挙げる。「(1)プログラム言語の知識が不要、(2)理論的にプログラムのバグがない、(3)プログラムの属人性、いわゆる方言がない」ことだ。
これは、システムが稼働したあと、維持運用の責任を担うユーザーの情報システム部門らしい見方といえる。ITベンダーのエンジニア並みのプログラムに関する専門知識がなくても、容易に維持・メンテナンスが行え、バグがなく、担当者が変わって「前の人が書いたプログラムに癖がありすぎて、何が書いてあるのかわからない」などという珍事も起きないというメリットがある。
●アジャイルでも「つくらない」 千葉ガスの基幹業務システムの再構築プロジェクトでは、一部、ウェブアプリケーションでないCOBOL系のプログラムが含まれていたこともあって、開発手法としてはウォーターフォール型を採用した。だが、純粋にウェブアプリケーションだけのシステムならば、いわゆる「納期のない開発」といわれる「アジャイル開発を採用してもよかった」と渡辺部長代理は話す。
ウォーターフォール型は、「要件定義→設計→製造→テスト」までを1回の工程で完結させる手法だが、アジャイル開発型は同様の工程を何度も繰り返しながら完成度を高めていく手法だ(図3参照)。ウォーターフォール型、アジャイル開発型ともに基本的な工程は同じであり、1回で終わらせるか、何度も繰り返して、成果物であるソフトウェアを常時デリバリする方式かの違いである。
プログラムの自動生成を採り入れれば、短期間のうちに少人数で何度も工程を繰り返せるので、アジャイル開発の強みをより前面に打ち出すことができる。しかし、実際にはアジャイル開発におけるソースコード自動生成を適用しているケースは決して多いわけではなく、ウォーターフォール型への適用も、日本の情報サービス業全体でみれば、まだ緒に就いたばかり。なぜか──。
理由はいくつかあるが、ソフト開発の自動化を阻んでいる最大の理由は、ほかでもない「雇用の維持」である。これまで労働集約的なプログラム製造に従事してきたエンジニアが、付加価値の高い上流工程での仕事をうまく身につけられなければ、職そのものを維持するのが難しくなる。企業としても大規模なリストラは避けたいところであり、「手組みでつくることができるところは、できる限り手組みでつくりたい」(あるSIer幹部)という本音が見え隠れする。
●ツールベンダーは今が商機 
NECソフト
増田浩
グループマネージャー 業界に先んじてソフトウェア開発の生産革新に取り組むNECソフトの増田浩・技術統括部グループマネージャーは、「かつては主要コンピュータメーカーがこぞって独自OSの開発にしのぎを削ってきた。今、世界でOSを開発している人は数えるほどしかいない」と、ソフトウェアの成熟度の高まりによって、製造工程はより一段と縮小していくとみる。現在、Linux、Windows、Androidなど完成度の高いOSが安価に手に入ることもあって、今から独自にOSを開発しようという行為は“車輪の再発明”に等しい無駄な作業である。

ジェネクサス・ジャパン
大脇文雄 社長 これと同様、データベースなどのミドルウェアでもOSと同じようなことが起きており、将来的にはERP(統合基幹業務システム)なども、おそらくゼロから手組みでつくるケースは確実に減る。つくるとしても自動化技術によって、少なくともソースコードを手で書くという労働集約的な工程は省かれていくだろう。日本の情報サービス業界トップのNTTデータが率先して自動化を推進していることから、業界全体もようやく重い腰を上げつつある。

ジャスミンソフト
贄良則社長 ソフト開発自動化ツール開発の老舗ベンダーであるジェネクサス・ジャパンの大脇文雄社長は「潮目が変わった」とし、同じくウェブアプリケーション自動生成ソフト「Wagby(ワグビィ)」の開発元である沖縄のジャスミンソフト贄良則社長は、「製造業が生産革新を経て世界水準で競争力を高めたのと同じように、日本の情報サービス業も近代化に乗り遅れてはならない」と、今が商機とばかりに自社ツールの売り込みに全力を挙げる。
NTTデータの岩本敏男社長が「ソフトウェア開発の分野で生産革命を起こす」と豪語するように、従来の労働集約からの脱却は大きく動き始めており、このうねりは誰にも止められないだろう。
(『週刊BCN』11月4日号 7~9面の「Key Person」、13面の「視点」に関連記事を掲載しています)
最も付加価値が高い業務とは――「顧客の経営課題を解決する」こと
情報サービス業は3K、5Kと揶揄され、そのうえ給料も上がらない業種とそしられ続けてきて久しい。これでは優秀な人材は集まらず、日本の産業全体の生産性や国際競争力強化の要となるITの水準は高まるはずがない。プロジェクトがコストオーバーランし、夜な夜なデスマーチが繰り返される悪夢を避けられれば、誰もが幸せになるはずだ。
今回のレポートでは「製造工程」に焦点を当てたが、ソフト開発の自動化全体でみれば「上流工程」「製造工程」「下流工程」のすべてに当てはめることが可能である。上流工程の自動化が進めば、自ずと製造工程も自動化も進む。万が一、下流工程で問題が見つかっても、大量の人員を動員して、手組みでプログラムを書き直すという付加価値の低い作業に従事させなくてもすむ。
エンジニアは顧客の経営課題を解決するという、ITベンダーとして最も本質的で付加価値の高い業務に集中し、結果としてより高い報酬を得られるようになる。これを実現しなければ、日本の情報サービス業の地盤沈下は避けられないだろう。(寶)