消費者の前には、あらゆるチャネルを活用できる自由な環境が広がっている。消費者がネットとリアルを渡り歩くなかで、小売店はいかにして途切れることなく接点を維持するか。販売チャネルの違いを顧客に意識させないとする「オムニチャネル・リテイリング」の最終目標は、購入意思決定の場、決済の場になることだ。すべてのB2C市場に適用できるとして、小売業界以外でも注目され始めている。膨らむ期待にIT業界はどう応えるべきか。(取材・文/畔上文昭)
スマートフォンが起点
大手小売企業のセブン&アイ・ホールディングスやイオンが2013年末に相次いで戦略を発表したことで、時代のキーワードとして注目されるようになった「オムニチャネル」。販売チャネルの違いを顧客に意識させないというコンセプトから、「オムニ」(すべて)がチャネルの前につくが、小売店各社の取り組みは千差万別だ。ただし、背景として無視できないのが、スマートフォンの普及である。
スマートフォンは、店舗に持ち込んで、店舗内でもネットショッピングができる。ソーシャルメディアから簡単に情報を取得でき、情報発信も自在。おサイフ代わりとして決済もできる。店舗にとっても、商品の説明や活用方法などの情報を提供しやすい。こうして並べてみると、スマートフォンこそがオムニチャネル化の核になっていることがわかる。
オムニチャネルに取り組むにあたっては、ネットとリアルの融合、店舗間連携といったチャネル統合を考慮して、まずはデータの一元化に取り組むケースがある。例えば2013年2月期の決算説明会でオムニチャネルの取り組みを発表した高島屋は、商品在庫や顧客情報の一元化を挙げている。新宿店をモデルとしたバーチャル店舗化構想も盛り込まれてはいるが、チャネル統合に向けた意識の強さをうかがうことができる。
高島屋の取り組みは正しいが、商品在庫や顧客情報の一元化には部門間の調整が必要になるなど、多大な労力と時間を要する。それゆえ、高島屋のように決算説明会で発表するような経営トップの覚悟がなければ、オムニチャネルの取り組みが頓挫することになってしまう。
一方、まずはスマートフォン向けのアプリを用意することによって、顧客との接点を確保しようとする動きがある。商品在庫や顧客情報の一元化は必要だが、すぐに取り組めるところから始めたいという考えだ。東急百貨店の取り組みは、その典型例。顧客との接点を優先し、昨年4月にスマートフォン向け公式アプリの提供を開始した。順調に利用者を増やしているという。
いずれにせよ、オムニチャネルに対する関心が非常に高くなっている。しかも小売業界に限った話ではない。金融機関での注目度も高い。鉄道や飛行機、ホテル、自治体窓口などにも適用することができる。すべてのB2C市場はオムニ化に向かう。IT業界にとっての一大市場が、そこに広がっている。
[MEMO]クリック&モルタルからショールーミング、そしてO2O
オムニチャネル・リテイリングの類似ワードに「クリック&モルタル」がある。クリックはインターネット、モルタルは実店舗を意味しており、語源は伝統的な企業を意味する「ブリック&モルタル」だとされる。実店舗とネットショップの両方を活用するビジネス形態を指し、その意味では元祖オムニチャネルともいえる。
日本でのクリック&モルタルは、インターネット上で情報を収集し、目当ての商品を実店舗で購入することを指す場合が多かった。ネットショップの黎明期は、ネットでの買い物に対する不安感から、実店舗で購入する消費者が多かったからだ。その後、ネットショッピングの普及に伴い、クリック&モルタルは死語となっていく。
多くの消費者がネットショップを利用するようになると、実店舗を悩ませるようになったのが「ショールーミング」である。どのような商品かを実店舗で確認し、購入は安い価格のネットショップでという購買行動を指す。実店舗がショールーム化することから、ショールーミングと呼ばれる。この流れを止められないと考える小売企業のなかには、あえてショールーム化に徹しつつ利益を確保する方法を模索する動きがでてきた。ネット上でモールを展開するZOZOTOWNが提供するアプリ「WEAR」を採用したパルコの取り組みは、その典型例といえるだろう。
ショールーミングとは逆方向の流れをつくるのが、「O2O」(Online to Offline)だ。前述のクリック&モルタルと似ているが、実店舗への誘導にスマートフォンやソーシャルメディアが加わっている点が大きな違いとされる。なお、日本ではO2Oに対する認知度は高く、オムニチャネルとは区別して使われているが、O2Oの発祥元とされる米国ではほとんど使われず、オムニチャネルに含まれるという。
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