オムニチャネルはまだ初期段階
オムニチャネルの取り組みは簡単ではない。データの問題、組織の問題など、行く手にはさまざまな障壁が待ち受けている。正面から立ち向かっていては何も実現できない。ITベンダーには、オムニチャネルの正論よりも、現状を考慮した柔軟な提案が求められている。
●オムニチャネルの理想と現実 
レオニス・アンド・コー 伊藤圭史共同代表 ショールーミングの流れは、実店舗には脅威である。しかし、消費者の購買行動は必ずしも価格だけがすべてではないという面もある。「価格差が10%以内なら、いつもの店舗で購入するとの調査結果がある。安さだけで店舗を選ぶわけではない」と、オムニチャネルのコンサルティングやシステム開発を手がけるレオニス・アンド・コーの伊藤圭史共同代表は語る。価格差が10%以内なら、店舗の雰囲気のよさ、サービスのよさ、店員の接客、安心感などを優先するというわけだ。
ただし、店舗に在庫がなければ、顧客は商品検索が容易ですぐに入手できるネットショップへと流れてしまう。オムニチャネルの取り組みで、商品情報や在庫情報の一元化が必要とされるのはそのためだ。
「オムニチャネルで重要なのは、チャネルをまたぐ購買プロセスに断絶をなくすということ。アフターサービスまでスムーズにつながらなければならない」(伊藤代表)。
とはいえ、商品情報や在庫情報、さらには顧客情報といったバックエンドの情報は、簡単には統合できない。「商品情報や顧客情報の一元化などは長期の取り組みとなる。そのぶん、リスクも大きい」と伊藤代表は考えている。同様の問題は、過去に「データウェアハウス(DWH)」で経験した。「小売企業の多くはチャネル単位で組織が違い、保有するデータも異なる。対象データを決めるだけでも大混乱。構築期間が長引き、コストが増大化していく。結果、DWHの取り組みが破たんしていった。オムニチャネルでもSIerはデータ統合から提案したいはず。それは正しいが、DWHと同様、簡単ではない」と、SAS Institute Japan ソリューションコンサルティング第一本部 Customer Intelligenceグループの小笠原英彦部長は、DWHでの経験を振り返る。

SAPジャパン
クラウドファースト事業本部
プリンシパルコンサルタント
村田聡一郎氏 問題はIT以外にもある。
「多くの小売企業は、オムニチャネルをIT部門がやるものだと勘違いしている。ウェブサイトを強化する程度の感覚なのだ。その側面もあるが、それでは失敗する」とSAPジャパン クラウドファースト事業本部 プリンシパルコンサルタントの村田聡一郎氏は警鐘を鳴らす。
小売企業では店舗ごとに売り上げを管理している。そのため、実店舗で商品を見てネットショップで購入するようだと、たとえその小売企業のネットショップだとしても、実店舗の店長はおもしろくない。オムニチャネルをITの話だと思っていると、こうした問題は片づかない。
●O2Oはオムニチャネルの第一歩 オムニチャネルを実現したいが、前述のように解決すべき課題も多い。そこで、O2Oである。
レオニス・アンド・コーの伊藤代表は「まずは顧客との接点を整備すべき。投資額が小さく、効果が出やすい。データベースを統合しなくてもできることはある」とし、第一歩としてスマートフォン向けアプリを中心とした取り組みを推奨している。
大手小売企業で多くの実績をもつエスキュービズムでも、現時点ではO2Oの案件がほとんどで、オムニチャネルはコンサルティングの段階にとどまっているという。「さまざまな企業がオムニチャネルに取り組んでいるとされるが、実態はO2O。オムニチャネルの取り組みが本格的に動き出すのは2年後になるのではないか」と、エスキュービズム ソリューション事業部 マーケティング部の巻千鶴氏は指摘する。しかし、O2Oかオムニチャネルかは重要ではない。「小売企業にとっては、自分たちのシナリオに沿った取り組みができているかどうかが重要」(巻氏)となる。

SAS Institute Japan ソリューションコンサルティング第一本部 Customer Intelligenceグループ 小笠原英彦部長(写真右)、羽根俊宏マネージャー SAS Institute Japan ソリューションコンサルティング第一本部 Customer Intelligenceグループの羽根俊宏マネージャーも、戦略の重要さを説く。「企業戦略を考慮してオムニチャネルを考えなければいけない。売上目標と連動させて、どれだけ収益を上げるか。何となく、顧客満足のためにやればいいというものではない」。
●小売業以外でもオムニチャネル 
エスキュービズム
ソリューション事業部
マーケティング部
巻 千鶴氏 何かと小売業界が中心と考えられがちなオムニチャネルだが、もちろんその限りではない。B2C市場であれば、多くの業界で適用できる。
例えば金融業界でもオムニチャネルが根づいているという。「新聞で金融商品を知る。ウェブサイトで詳細を確認する。わからないことを電話で問い合わせる。店頭で詳細を確認して、購入する。複数のチャネルをまたいだ購買行動が、すでに行われている」とSASの小笠原部長。この動きを寸断させず、いかにスムーズに購買行動に導くかが、オムニチャネルの取り組みとなる。ここでSASは、自社の分析ソリューションを駆使している。「ウェブサイトに訪れた客が話題のNISA(少額投資非課税制度)のページを見ていた。10分以上滞在するも、一度離脱。数時間後に再訪問してきた。ここまででNISAを始める気が満々であることがわかる。そこでリアルタイムオファー(ポップアップ)を使って、画面上に『担当者からコールします』と表示する」(小笠原部長)。ウェブサイトを起点として、行動パターンから脈ありと分析できたら、自動的に販売に向けたチャネルへと導くという取り組みである。
SAPでは、スポーツ、エンタテインメント、公共交通、自動車、学習塾などの分野でオムニチャネル化に向けた取り組みを進めている。例えば、野球場でスマートフォンからビールを注文すると、位置情報を使って観客席まで持っていくサービス。観客は席を離れる必要がなく、大声を出して販売員を呼ぶ必要もないので、ゲームに集中できる。自動車では、カーナビとガソリンタンクを連動させて、給油のタイミングで最適なガソリンスタンドを案内するといったことが進められている。その意味では、ガソリンスタンドのオムニチャネル化ともいえよう。
「オムニチャネルは、顧客のすべての要望に応えるための手段。重要なのは、小売業の未来を考えるのではなく、消費者の未来を考えるということ」(巻氏)を胆に銘じておきたい。
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