ユーザー企業のIT利活用のスタンスが明らかに変わりつつある。プログラムは極力つくらない、利用できるサービスは積極的に活用する、SIerやITベンダーに求めるのは業種・業務のノウハウだ──。ITの活用事例を通じて、ユーザーはITをどのように捉え直そうとしているのかをまとめた。(取材・文/安藤章司)
●つくらないソフト開発を実践 システムをつくるだけなら誰でもできる。そうではなくて、いかに早く、安く、当社の業務に適したシステムをつくるのかを提案してほしい──。ユーザー企業の視点で情報サービスをみると、ITベンダー側の描く情報システムの姿とは違う側面がみえてくる。かつては、ハードウェアやパッケージソフト製品、ソフトウェア開発に伴うマンパワーを求めていたユーザー企業だが、今は、自社のビジネスに必要なノウハウやサービス、ITインフラを求める傾向が一段と強くなっている。つまり、ITベンダーに対してモノや人手を求めているのではなく、サービスやノウハウを期待しているわけだ。とりわけ、多くのSIerが依然として収益の柱にしているソフト開発の分野でこうした変化が起きている。
学習塾などを経営する市進ホールディングス(市進HD)は、グループで使う基幹業務システムを刷新するとき、主要メインフレーマーを含む7社に提案を依頼した。既存システムをメインフレームとCOBOL言語で開発していたこともあって、市進HDの社内では「既存ベンダーでほぼ決まりかな」(今林豊IT戦略推進室長)と踏んでいた。いわゆる漠然と“現職議員は再選されやすい”と考えていたが、7社のうちの1社が「開発費が10分の1になる」とアピールしてきた。SIerのアイ・ティ・フロンティアは、ソフトウェア開発の自動化ツール「GeneXus(ジェネクサス)」で開発すると開発コストが下がるだけでなく、市進HDによる内製化も可能だと言うのだ。
●天下のメインフレーマーを覆す ビジネス環境の変化に迅速に対応するために、市進HDはかねてから情報システムの内製化を強く望んでいた。しかし、最も人手が必要なソフトウェアの開発フェーズでは、少なく見積もっても数十人月はかかる。この問題をクリアできなければ内製化は不可能だが、アイ・ティ・フロンティアの提案の通りであれば、少しばかりの開発支援だけで内製化の目処がつく。「GeneXus」は南米ウルグアイで開発された自動化ツールの定番ソフトだが、それでも「この目で見るまでは納得できない」(斉藤明・IT戦略推進室セクション長代理)と考えて、アイ・ティ・フロンティアには何も告げずに、GeneXusを活用しているユーザーを独自に視察し、自らの目で確認して「これならいける」と判断した。そのうえで既存のメインフレーマーの提案を却下して、アイ・ティ・フロンティアを発注先に決めている。

市進ホールディングスの今林豊室長(左)と、斉藤明セクション長代理
アイ・ティ・フロンティア
福嶋進太郎 氏 この事例でのポイントは二つ。市進HDに内製化のニーズがあったことと、これを実現する手段をアイ・ティ・フロンティアがタイムリーに提示したことだ。この結果、難攻不落とみられていたメインフレーマーの牙城を陥落させることに成功した。では、なぜ、市進HDに提案した7社のうち、アイ・ティ・フロンティアを除いては、どこも自動化ツールを選択しなかったのか。最大の理由が、工数が減り、売り上げが減るからだろう。この点について、市進HDにGeneXusを提案したアイ・ティ・フロンティア・プラットフォームアセンブルユニットの福嶋進太郎氏は、「システムエンジニア(SE)の仕事を、一つ上のレイヤへシフトさせることで問題は解決できる」と話す。
従来のSEの主な仕事は、ユーザーとともに要件定義を詰めていき、プログラマとともにシステムを開発することだった。ところが、GeneXusを使うことで、プログラムの「製造工程(コーディング)」が消滅する。このためSEは要件定義にリソースを集中でき、どうしても人手が足りないところを自社のプログラマで補う方式に変わった。福嶋氏が言う「一つ上のレイヤ」とは、SEが市進HDがやりたいことをヒアリングし、GeneXusを使って確実に実現できるよう支援し、その後の維持運用のノウハウも提供することにある。決してソフトを製造することではない。
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