提案シナリオ1
情報屋になれ!
お客様の「知りたい」に的確に答える
●<ポイント>コンサル力 
KS-SOL
橘俊郎 取締役 「(電力の自由化を統括する)経済産業省が発表する資料を読んでも、全体像がみえてこないので、さっぱりわからない」。電力小売市場に新規参入しようとしているある企業の幹部は、こう洩らした。頭を抱える理由は情報不足である。2016年の小売全面自由化や2020年の送配電の分離など、エネルギー改革の概要はある程度固まっているが、詳細に関しては未確定の部分が多い。そのため、新規プレーヤーは事業参入に備えて、ビジネスに役立つ情報を渇望している。
既存の電力会社も、急ピッチで新しい市場環境への対応策を模索している。「送配電が分離されれば、管理システムが二つになる。CTO(最高技術責任者)も二人配置しなければならなくなるのか」。ITを導入する前に、まず、組織づくりの問題を解決しなければならない。こうした事情から、新規・既存の電力会社が温かく迎えるのは、自分の「知りたい」に的確に答えてくれるITベンダーということになる。
電力会社系システムインテグレータ(SIer)である関電システムソリューションズ(KS-SOL)は、電力会社向けのIT提供に注力し、コンサルティング部隊を走らせている。「有名なファームからハンティングしたコンサルタント十数人を活用し、具体的なソリューションを提案する前に、業務や組織の課題を見える化して、改善策を練る」(KS-SOLの橘俊郎取締役)という。コンサルティングで電力会社の懐に入り、その延長線でソリューションの提案につなげる戦略だ。
●<難易度>中~高 ITベンダーにとって、コンサル部隊を用意するのは、ハードルが高い。実際、KS-SOLは数年前からコンサルティング力の強化に取り組み、現在の体制にこぎ着けた。しかし、正式な「コンサルタント」でなくてもいい。営業担当が、わかりやすい資料を作成したり、裏話を披露できればいいわけだ。
例えば、日本オラクルの営業担当は商談の場で、同社が海外の電力会社向けビジネスで培った実績を生かし、失敗談やその教訓の話を披露する。海外で何がなぜうまくいかなかったかを分析し、日本では失敗を未然に防ぐためにどうすればいいかのポイントを説明する。「IT」を全面に打ち出すのではなく、きちんと電力会社の「ビジネス」を考え、システムをあくまでそのインフラを担うツールとして提案するというわけだ。
提案シナリオ2
深く入り込め!
「おまかせコース」でしっかり提案
●<ポイント>大手力 
日本オラクル
田積まどか 室長 古いシステムが足かせになって、ビジネス再編が思うように進まずに悩む電力会社もある。新規事業の創出で赤字からの脱却を目指す既存の電力会社に、システムを根本から見直すことを提案するという手が考えられる。既存の電力会社は巨額のIT投資は捻出しにくいが、経営層に対して、システム改革に使う予算を将来の成長のために必要な投資として訴えれば、導入決断のハードルが下がるだろう。
多くのITベンダーはクラウド型の商材を揃え、電力会社を攻めようとしている。しかし、システムを“大がかりに”提案する場合は、オンプレミスでの提供が欠かせないはずだ。インフラのほかに、メーターデータ管理や料金計算などができるアプリケーション群「Oracle Utilities」を売り込む日本オラクルは、「セキュリティポリシーの一環として『自社でもちたい』と要望するお客様が多い」(電力システム改革推進室の田積まどか室長)とみて、システムを「基本的にオンプレミスで提供する」ことにこだわる。
日立グループは、東京電力と日立システムズ、日立製作所の合弁会社として設立した日立システムズパワーサービスを通じて、東京電力に対してネットワークを含めたシステム全体を「おまかせコース」として提供することを目指す。こうしたアプローチのポイントになるのは、導入先の企業に入り込むための接点づくりの活動だ。日立は合弁会社を活用するかたちで、東京電力との人材交流に乗り出し、緊密な関係を築こうとしている。
●<難易度>高 電力会社に深く入り込むのは、大手ベンダーでなければなかなか難しい。必ず競合他社が動くので、大手であっても相当の努力が必要だ。しかし、システム全体ではないとしても、電力会社から大型案件を受注すれば、周辺の中堅・中小のSIerにも商機が生まれる。中堅・中小のベンダーも、電力会社のニーズを吸収するなど、早めに事業化に向けた準備を進めることが求められる。
提案シナリオ3
“新人”にやさしく!
スモールスタートで、価値をつくる
●<ポイント>アイデア力 
富士通
市村富保シニアディレクター 新しく電力小売りの市場に参入する企業は、単なる電力の販売を目指しているわけではない。今後、自由化によって電力の価格が下がる可能性が大きいので、電力小売りだけでは利益を出すことは難しいと考えているからだ。彼らが目指しているのは、電力の販売によって、既存の製品/サービスに付加価値をつけるということである。
そんな“新人(新規参入組)”向け提案のキーワードは二つ。クラウド型でシステムを部分的に導入することができる「スモールスタート」と、ベンダー側で活用シーンを考えるという「価値の創出」の支援だ。
事例づくりが得意な富士通は、マンションの運営などを手がけるレオパレス21と手を組んで、ロールモデルになりそうな実証実験を行っている。レオパレス21のマンションにソーラーパネルを据えつけて太陽光発電を行い、富士通のクラウド型ツールで発電システムを監視したり、故障を予測してアラートを出したりする仕組みだ。「レオパレス21のマンションなら、エコ生活ができる」ということを訴求し、見えないところでITが動くかたちで、安定した電力供給を実現する。
富士通のスマートシティ・エネルギー推進本部でシニアディレクターを務める市村富保氏は「商材化に取り組み、横展開を目指す」という。課題は、提案先でIT活用による価値創出に関わる企画部門に、どのようにアプローチするかだ。人脈づくりに力を入れて、ITが専門ではない企画担当者に通じる説明力を身につけることが必要だ。
●<難易度>中 スモールスタートでシステムを導入して、既存の製品/サービスに付加価値をつける提案はアイデア勝負だ。システムそのもので他社との差異化を図るというよりも、むしろ、具体的な活用シーンを明確にすることが受注を勝ち取るためのキーファクターになるだろう。
有利な立場にいるのは、特定の業種の業務内容や課題に精通するベンダーだ。電力の自由化によって、今後、あらゆる業種の企業が電力小売りに乗り出す可能性がある。そんなときに、新規参入企業に対してすぐに的確なIT活用の提案ができるベンダーは、当然ながら受注のチャンスが大きくなる。
記者の眼
「電力」の延長線にある新ITビジネス
ITベンダーは、2016年の電力小売全面自由化までの2年間が、電力会社向けのIT需要が最も旺盛な時期だと踏んでいる。様子をみて参入を決めるという具合に、2016年以降に電力小売りに踏み切る企業も出てくるだろうが、メインの需要は2016年まで。商機をつかむために、迅速に動くことが大切だ。
しかし、電力の自由化を起爆剤として、2016年以降も、「電力」に絡むITの需要が見込まれる。とくに注目すべきは、スマートシティの普及だ。「技術はずっと前からもっていたが、電力の自由化によって、ようやくビジネスに結びつく環境が整うことになる」。NECエネルギー事業の幹部はそう捉えて、スマートシティの市場開拓に意欲を示している。
スマートシティは、交通管理など、エネルギー以外の領域もあるが、中核になるのは電力だ。これまでは数の限られたプレーヤーが電力小売りの市場を握っていたので、ITベンダーの収益につながるスマートシティの事業化は難しかった。しかし、今後、さまざまな企業が電力の販売を行うことになると、スマートシティを実現するITツールのターゲット企業が増えるとともに、ビジネス展開の糸口は確実に広がる。
●次は機械学習 スマートシティ先進国の米国で注目を浴びているのは、機械が人間と同じような「学習能力」をもつマシンラーニング(機械学習)である。センサなどで収集したデータを解析し、解析結果を踏まえて機械が自動的にアクションを起こすためのルールや判断基準を“身につける”技術なので、電力の需要と供給をリアルタイムに調整するといった分野に応用することができる。
実は、データ分析事業を手がけるブレインパッドが、日本でマシンラーニングのサービスを普及させようとしている。マシンラーニング技術開発の先駆企業である米Skytreeと提携し、Skytreeのツールを電力会社など日本企業に提供する。4月下旬にも発表する予定だ。米国に次いで、今後は日本でも、マシンラーニングを活用したスマートシティの事例が出てくるだろう。
技術の進展やビジネス環境の醸成など、スマートシティに追い風が吹く。電力の自由化がもたらすIT需要は、短期的にみれば電力会社向けのシステム提供だが、その延長線には、もっと範囲が広い、新しいかたちのITビジネスの誕生が期待されている。