「Open Compute Project(OCP)」が日本の情報サービス市場に影響を及ぼし始めている。大手SIerもOCPに準拠した製品の取り扱いをスタート。オープンソースソフト(OSS)のハードウェア版ともいわれるOCPはどんな領域に影響を与えるか、またビジネスとして成立するかどうかなどを追った。(取材・文/安藤章司)
●「ビッグセブン」がOCPに関与 クラウドコンピューティング化が進むにつれて、ITのリソースはデータセンター(DC)に集約される傾向が強くなっている。世界のサーバーの大口需要家は、いわゆる「ビッグスリー」のFacebook、Google、Amazonだ。このビッグスリーの一角を占めるFacebookが提唱して立ち上がったのが、オープンソースソフト(OSS)のハードウェア版ともいわれる「Open Compute Project(OCP=オープン・コンピュート・プロジェクト)」で、最近はOCP準拠の製品が国内でも急速に存在感を高めている。
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、日本のベンダーとして初めてOCPの公認ソリューションプロバイダの認定を受けて、この4月からOCPに準拠した製品の国内販売を開始した。また、世界有数のDC運営規模を誇り、日本でOCPを推進する「Open Compute Project Japan(OCPJ)」の委員を務めるNTTコミュニケーションズは、今年度から自社導入に向けたOCP準拠機器の本格的な検討に着手している。OCP製品をサポートするCTCが登場し、NTTコミュニケーションズのような大手DC事業者がOCPの検討に入ったことで、国内でのOCPの影響力は一気に高まった。
日本に先行するかたちで、中国のクラウドサービスベンダーはいち早くOCPのノウハウを採り入れている。数億人単位でユーザーを抱える中国検索大手の百度や、大手ネット通販などを運営するアリババグループ、QQや微信(WeChat)の運営で有名な騰訊(テンセント)などが中心となって、OCPの知見を採り入れた「天蝎(Scorpio=スコーピオ)」プロジェクトを推進。前出のビッグスリーにMicrosoftを加え、さらに中国の三大クラウドサービスベンダーを加えたサーバー大口需要家“ビッグセブン”がこぞってOCPに直接・間接に関わっていることになる。
●米国・台湾・中国のつながり OCPで使うサーバーなどIT機器の発注先は、台湾を中心とするOEM(相手先ブランドでの製造)やEMS(製造受託サービス)ベンダーで、しかもOCPの仕様は公開されているので、米国以外のクラウドサービスベンダーであっても同様の仕様を導入することができる。さらに、台湾のOEM/EMSベンダーの製造場所のほとんどは中国なので、中国のクラウドサービスベンダーは、こうしたOCPの情報や製品に容易にアクセスできるという有利な地位にいる。
Facebookは一社で50万台とも60万台ともいわれるサーバーを運用しており、それだけで日本の年間サーバー出荷台数に相当する。ビッグセブンは基本的に自社のDC運用ポリシーに最適化したオリジナル仕様のサーバーをOEM/EMSベンダーに直接発注しているとされ、既存のメーカー製サーバーと比べて、処理能力あたりの価格は「半額以下」(DC事業者幹部)で調達しているとみていいだろう。見方を変えれば、既存メーカーは世界のビッグセブンにサーバーを買ってもらえない状況で、おそらくこうした潮流をいち早く察知したIBMは、DCで大量に使用するx86サーバー事業の売却を決めた、ということだろう。
振り返って国内をみると、残念ながら米国や中国のビッグセブンに相当する数億人規模のユーザーを抱えるメジャーなグローバルITサービスは極めて少ない。したがって、ビッグセブンのように、台湾系のOEM/EMSベンダーに、コストメリットがある一定規模以上の台数を発注できるユーザーは限られるのが実情だ。国内のユーザーは発注可能台数が少ないこともあって、依然として既存メーカー製のサーバーを使うのが主流である。だが、OCPがいよいよ拡大期に入ってくると、「サーバーの調達コストと運用コストが無視できなくなるほどの開きが出始めている」(別のDC事業者幹部)と、ビックセブンとのコスト競争力の差の開きに危機感を募らせている。
そこでカギを握るのが、国内DC事業者だ。日本のユーザーは、自社でDC設備をもつほどの規模がないことなどを理由として、DC事業者のスペースを間借りしているケースが多い。そこで、DC事業者は複数のユーザーを束ねて、IT機器メーカーに対する価格交渉力を高めてきた。DC事業者が規模のメリットを生かすことで、ユーザーが個別に調達、運用するよりも割安な値段でITリソースを享受する仕組みになっている。OCPについても、日本の大口需要家であるDC事業者が率先して取り組んでいる姿がみえてくる。次ページからは主要DC事業者の動きをレポートする。
DC事業者がOCP推進役を担う
「ビッグセブン」を代替する存在に
国内では「ビッグセブン」に代わる存在としてのDC事業者が「Open Compute Project(OCP)」に強い関心を示している。前ページで触れた通り、ビッグセブンほどの規模がない多くの国内ITサービス事業者は、DC事業者を通じて規模のメリットを享受している。OCPに準拠した製品を調達する場合、ある程度のロット数(発注台数)がなければ、「割安になるどころか、TCO(総保有コスト)でみると割高になる危険性がある」(DC事業者幹部)からだ。OCPを巡っては、DC事業者がどう動くかがカギを握る。
●足下をみられて価格下がらず OCPに準拠した製品といえども、一定のロット数がないとコストが下がらない。世界のサーバー大口需要家である「ビッグセブン」は、自社単独でも数万台規模の発注能力があるとみられており、OCPはハードウェアの規格をオープンにすることで、OCP準拠のハードウェアのより一段の量産につなげる狙いもある。互換性が高いハードウェアが揃えば、大口需要家同士で融通したり、共同購入のような動きも可能になるからだ。
ところが、日本のユーザーの場合、一定規模以上のロット数を維持できないため、いくらOCP準拠といえども「足下をみられて価格が下がらない」(DC事業者関係者)状態が続いていた。台湾などのOEM/EMSベンダーもビジネスである以上、一定ロット数を超えなければ商談のテーブルにすらつかないというわけだ。流れが変わったのが、今年4月からハードウェアの販売力に定評のある伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が、日本のベンダーで初めてOCPの認定を受け、正式にOCP準拠の製品の販売を始めたことだ。OCP事業を担当するCTCの小泉利治・ITインフラ技術推進第1部部長代行は、「プレセールスの段階で、すでに顧客からの引き合いは上々だ」と手応えを口にする。
VPS(仮想専用サーバー)の「ConoHa(このは)」や、ゲーム用クラウドの「GMOアプリクラウド」を手がけるGMOインターネットも、OCPに強い関心を示している。自ら「Open Compute Project Japan(OCPJ)」の活動に参加し、実際、台湾系の有力OEM/EMSベンダーとコンタクトをとったりしてきたが、最大の課題は「これまでメーカーが負っていたリスクをすべて自社で負わなければならない」(GMOインターネットの折田尚久・次世代システム研究室アーキテクト)ことにある。今回、CTCがOEM/EMSベンダーとGMOインターネットなどのユーザーとの間に入って、流通チャネルとしての役割を果たすようになれば、「OCP準拠製品を手に入れやすくなる」と期待を寄せる。

GMOインターネットの島原弘和マネージャー(左)と折田尚久アーキテクト
NTTコミュニケーションズの林雅之主査(左)と安達伸哉担当部長
[次のページ]