専業メーカーの動きをみる
[ミラクル・リナックス]
SBT傘下で効果を発揮 ビッグデータ関連で主導権を握る

ソフトバンク・テクノロジー
杉崎萌氏 2014年7月31日、ソフトバンク・テクノロジー(SBT)はミラクル・リナックスの株式58.0%を取得した。ミラクル・リナックスを傘下に収めたわけだが、これまでSBTがLinux事業に本腰を入れていたという話は聞いたことがない。業界では異例の買収劇だったといえるが、なぜ買収してまでミラクル・リナックスを手に入れたかったのだろうか。
●「Linuxに弱い」が買収の動機 技術力の高さを生かしたシステム開発 今回の買収プロジェクトに参画したSBTの管理統括Research & Business Development推進本部の杉崎萌氏は、「当社は、これまでLinux事業に力を入れていたというわけではなかった。むしろ、Linuxに関しては弱かった」と認める。Linuxの案件を受注した際には、システムのサポートはメーカーに頼らざるを得なかったことから、優位性を保持することができなかったようだ。社内やグループ内にLinuxに精通した技術者が少なかったことが原因だ。そのため、「案件の注文に応じることができなかったケースもあった」と、杉崎氏は実状を打ち明ける。
一方、今後、同社が力を入れていく領域として掲げているのは、ビッグデータやIoTなどだ。この領域では、Linuxを最大限に使ってシステムを開発することが多く、「従来の体制では、ビジネスを拡大することは難しい」のが実際のところだった。ユーザー企業のニーズに対応するためには、Linuxに強くならなければならない。一方、ミラクル・リナックスは、OSのカーネルやシステム監視ツールの「Zabbix」を自社で開発できるという技術力をはじめ、組み込み分野に強く、業界ではLinux技術者が揃っていることに定評があった。SBTはそこに目をつけたのだ。
●グループ内で相乗効果を発揮 販社経由のビジネス拡大も視野に SBTによる買収は、ミラクル・リナックスにも有利に働く。「当社には優秀な技術者が揃っていて、これまで堅実にビジネスを展開してきたが、売り上げが急激に伸びるということはなかった。新しい製品・サービスを提供する動きが少し遅かったからだと反省している。しかし、今後はSBTグループとして他社では真似できない新しい製品・サービスを創造していく」と、同社の佐藤武会長は断言する。
SBTでは、ミラクル・リナックスの技術力を生かしてLinuxベースの新しい製品・サービスを提供していく。「Linuxのチューニングまで行うことができるSIerとして案件を獲得できる」と、杉崎氏は自信をみせる。また、今年3月に子会社化することを発表した、認証セキュリティ関連メーカーのサイバートラストの技術力とLinuxを組み合わせた製品・サービスの開発も進めていく方針だ。
販路については、SBTが直販でユーザー企業に提供していくことに加え、「ミラクル・リナックスの販売パートナーを経由してビジネスを拡大していきたい」との考えを示している。SBTにとっては、自社ではアプローチできなかった業種や規模のユーザー企業に対して製品・サービスを提供することができるようになったわけだ。
[レッドハット]
パートナー企業の拡充に意欲 販社を現状の2倍に増やす
今年に入って、販社を中心にパートナー企業を増やすことに意欲を燃やしているのがレッドハットだ。協業強化に向け、パートナー企業を支援するプログラム制度の設置に力を注いでいる。販社については、現段階で250社というボリュームを500社まで膨らませることを目標に据えている。
●販社向けの新しい支援制度 「ディールレジストレーションプログラム」 
レッドハットがクラウド時代に適した製品・サービスを提供するメーカーであることをアピールする廣川裕司社長 レッドハットは、6月1日、販社向けの新しい制度として「ディールレジストレーションプログラム」の提供を開始した。このプログラムは、販社がレッドハット製品を使って獲得しようとしている案件を、専用サイトでの登録などによってレッドハットに事前に伝えることで、レッドハットが最適な支援を販社に提供するというものだ。SIerやディストリビュータで構成される「アドバンスド・ビジネス・パートナー」「レディ・ビジネス・パートナー」が案件を獲得した場合、その登録案件に対して、レッドハットが特別なディスカウントを提供する。これにより、支援プログラム制度に参加するベンダーを開拓し、500社まで引き上げる足がかりにする。
古舘正清・常務執行役員パートナー・アライアンス営業統括本部長は、「販社がLinuxをベースとするシステムを提案しやすい環境を整えた」としている。玉利裕重・SI-er&ISV営業事業部事業部長兼チャネル戦略室長も、「あと一歩で導入を決断しようとしているユーザー企業に対して、価格競争力があるというのは強みになる」と訴えている。
●クラウド戦略をアピール 15社とアライアンスを組む また、レッドハットはクラウド戦略の強化もアピールしている。プロダクト・ソリューション事業統括本部内にクラウド・仮想化事業部を新設。責任者の事業部長に、クラウド自動化プラットを提供するパラレルスで代表取締役を務めていた土居昌博氏が就任した。土居事業部長は、「これまでもクラウドサービス関連のビジネスを経験し、今後はLinuxをベースに日本のクラウドサービス市場を活性化させていきたい」との考えを示す。就任後は、OpenStack対応クラウド基盤「Red Hat Enterprise Linux OpenStack Platform」を販売するパートナー企業を開拓。現段階でクラウドサービス事業者やSIerなど15社が名乗りを上げている。廣川裕司社長は、「クラウドは、当社にとって2014年の事業の柱に据えている分野。パートナー企業とともに成長していく」と訴えている。とくに、日本ではパブリッククラウドサービスの分野でアマゾン データ サービス ジャパンの「AWS(Amazon Web Services)」など外資系ベンダーのサービスが需要を掘り起こしている。「Red Hat Enterprise Linux OpenStack Platformによって、日本のクラウドサービス事業者がパブリックとプライベート両方のクラウドサービスでビジネスを軌道に乗せることに寄与していく」(廣川社長)としている。
このほか、レッドハットでは販社の営業担当者やエンジニア、セールスエンジニアなどが必要な営業知識・最新技術情報のトレーニングを無償で受講できるeラーニングも提供している。
パートナー企業との協業強化によって、レッドハットが目指しているのは、シェアを維持していくことだ。2013年に80%を超えているものの、「85%のシェアを獲得する」と、廣川社長は意気込んでいる。
[ノベル]
販社を絞ったビジネスモデル 特定市場で新規顧客を開拓
Linux専業メーカーのなかでシェア拡大を意識せず、特定市場で新規顧客の開拓を図っているのが、「SUSE(スーゼ)」ブランドを提供するノベルだ。具体的には、製造業や金融機関などの大企業をメインのユーザー対象に据えている。販社も絞っており、特定市場では他社に負けない体制を整備しつつある。
●OEMを含めて3社が販社 大企業がメインターゲット 
河合哲也社長 ノベルが「SUSE」を提供しているアライアンス先はさまざまあるが、販社として本腰を入れてパートナーシップを組んでいるのは3社。日本IBMとSAPジャパン、サイオステクノロジーだ。
日本IBMとは、ノベルのLinuxディストリビューション「Novell SUSE Linux Enterprise Server」を日本IBMのサーバー「System z」に組み合わせて提供するというパートナーシップを組んでいる。ミッションクリティカルであることを武器に製造業や金融機関を中心として大企業に対して基幹システムでの導入を提案している。
SAPジャパンとのパートナーシップでは、ノベルのSUSE Linux Enterprise Server上でSAPアプリケーション製品を最適に稼動させる「SUSE Linux Enterprise Server for SAP Applications」を、ノベルが提供。SUSEブランドを販売するSIerを販路として確保したほか、SAPジャパンのインメモリソフトウェア「SAP HANA」に適した製品として、徐々に「SAP HANA」の販社が提供するケースも出ている。
サイオステクノロジーは、Linux関連ビジネスに強いベンダーとして、HAクラスタソフト「LifeKeeper」などでノベルのSUSE Linux Enterprise Serverをサポートしている。
ノベルでは、ほかにもパートナーシップを組んでいるベンダーはいるが、実際にビジネスとして動いているのは、日本IBMとSAPジャパン、サイオステクノロジーの3社の製品をベースとする案件だという。「パートナーシップを広げるというよりも既存のパートナー企業との関係を深めていくことが重要」(河合哲也社長)としている。
●売上成長率1.5倍は固い 競争に巻き込まれることは避ける 販社を絞れば、ビジネス機会を失う危険性はないのか。河合社長は、「当社がユーザーのターゲットに据えている大企業で、Linuxに乗り換えようとしているケースはまだまだ多い」と言い切る。
販社を絞って特定市場でビジネスを手がけているのは、「当社は人員が決して多いとはいえない」(河合社長)という事情もあるからだ。他社と比べれば大きくビジネスを拡大させようという意欲が乏しいとみられるが、「今のビジネスモデルで、まだまだ伸びしろがある。最低でも1.5倍の売上成長率が見込める」と、河合社長は試算する。当面は、「他社の競争に巻き込まれるようなことはしない」というのがノベルの戦略だ。
記者の眼
SBTグループ傘下に収まることで自社の技術力を市場で発揮するというミラクル・リナックス、販社を一気に増やすことによって市場で絶対的な地位を確立しようとするレッドハット、販社と市場を絞って確実に案件を獲得しようとするノベル。主要なLinux専業メーカー3社の戦略をみると、まさに三者三様で、自社のビジネスモデルと拡大市場を重ね合わせた結果だ。
市場シェアという観点でいえばレッドハットに分があり、新しい製品・サービスが販売できるという点ではミラクル・リナックス、特定市場で主導権を握る点ではノベルという構図ができあがりつつある。SIerにとって、成長市場の波に乗ってLinux関連ビジネスを拡大するには、最適なパートナーを選定する必要がありそうだ。