メンタルヘルス(心の健康)を維持するための「ストレスチェック制度」が始まる。主要ITベンダーは対応製品やサービスを強化する動きをみせ、売り込みに本腰を入れている。情報サービス業界は、メンタルヘルスを損なう割合が全業種平均の5倍ともいわれている。自らの苦い経験を生かすことはできるのか──。(取材・文/安藤章司)
早わかり
ストレスチェック制度
メンタルヘルス(心の健康)を維持するための制度。医師や保健師などによるストレスチェックを事業者に義務づけるもので、2015年中に仕組みを整え、同年12月1日に施行される。ストレスチェックの結果を通知された労働者の希望に応じて、医師による面接指導を実施する。必要に応じて、事業者は適切な就業上の措置を講じなければならないと定める。従業員数50人未満の企業は、当面は努力義務だが、それ以上の規模の企業は、業種・業態を問わず適用が義務づけられる。情報サービス業界の苦い経験を生かせるか
●「ワースト1」の汚名返上できるか 労働安全衛生法が改正され、ストレスチェック制度がスタートする。情報サービス業の大手企業は、厚生労働省の指針に準拠したストレスチェック制度の支援システムの売り込みに力を入れている。2015年中には何らかのかたちで制度実施に向けた準備が始まり、同年12月1日に施行されるので、商談はここ1年が山場となる。
ストレスチェック制度を円滑に進めるための情報システムを「外販」するというわけだが、実はこの仕組みを最も必要としているのは、ほかならぬ情報サービス業である。
厚労省の2013年版「労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、過去1年間にメンタルヘルスの不調によって連続1か月以上休業または退職した従業員が「いる」と答えた割合が最も多いのは「情報通信業」で、28.5%を占める。ほかにも「電気・ガス・熱供給・水道業」「複合サービス事業」「学術研究、専門・技術サービス業」「金融業、保険業」などの業種がメンタルヘルスを損なう割合が高い。逆に少ないのは「鉱業、採石業、砂利採取業」「農業、林業」などだった。
メンタルヘルスを損なって長期休職・退職する人の割合が全業種平均で従業員全体のおよそ0.4%を占めるのに対し、「情報通信業」は2.0%程度とトップで、平均の5倍。NTTデータや日立ソリューションズも、メンタル上の問題に起因する長期休職・退職者の割合は全業種平均の4~5倍とみており、軒並み状況が悪いことを認めている。
これでは、ストレスチェック制度の支援システムを販売しようにも、他業種のユーザーからは「まずは、自身の足下をみつめ直してみろ」と言われかねない。
●「安全軽視」のツケが回る
日本アクティブリスナー学院
内田星治学院長 では、なぜ情報サービス業がメンタルヘルスを損なう割合が高いのか。まず挙げられるのがソフトウェア開発の特性である。 (1)ソフトウェア開発は優秀なSEに仕事が偏重する傾向が顕著で、特定の人に負担がかかりやすい。(2)相次ぐ仕様変更に振り回され、SE自身が仕事の計画を立てにくい。(3)手や足を切断するなど、物理的な事故が発生するとは考えにくいので、「安全な職場」と誤解されやすい。
実際は、「安全な職場」どころか、「メンタルヘルスを損なう割合が突出して高く、とても“安全な職場”とはいえない」と、メンタルヘルスのカウンセリングを積極的に手がけている日本アクティブリスナー学院の内田星治学院長は警鐘を鳴らす。メンタルヘルスを損なうことは不眠症やうつ病を患うだけでなく、最悪、自殺につながる危険性がつきまとう。内田学院長が「経営者や職場に、これまではメンタルヘルスの重要性を軽視する傾向が垣間みられた」と指摘するように、安全軽視のツケが回ってきた格好だ。
情報サービス業の主要ベンダー自身の取り組みを取材したところ、一様に口を重く閉ざす。「ストレスチェック制度」は、すでに公表されている厚労省の制度設計通りにつくれば、支援システムはできあがる。この部分については制度から外れるわけにはいかないので、むしろ、どのベンダーが開発しても同じでなければならない。ただ、これでは他社との差異化ができないので、ベンダーは制度+αの付加価値をつけるわけだが、どうも自社で味わってきたであろう苦い経験を生かしているようにはみえないベンダーもいるようだ。社内の健康管理室や産業医・保健師は、商品開発の部門とは別組織なので、連携しにくい部分もある。
こうしたなかでも、組織や部門の壁を越えて自社の教訓を製品に生かす取り組みを重視しているベンダーの例もみられる。
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