メンタルヘルス商材を強化
自らの経験を開発に生かす
ここからはNTTデータ、日立、NEC、富士通の各グループの取り組みをレポートする。ストレスチェック制度の義務化を見越して、それぞれがメンタルヘルス関連の製品や機能の強化に取り組んでいる。自らの経験にもとづく研究開発の成果を積極的に取り込むなどライバル他社との差異化に余念がない。
●「三位一体」で取り組む NTTデータは、メンタルヘルスに関して3部門が密接に協力し合っている。その一つは「人事部健康推進室」で、文字通り従業員の健康管理を担う部門だ。産業医や保健師との窓口もこの部門が担当している。二つ目は「ヘルスケア事業部」で、今回のストレスチェック制度に準拠した外販用の製品開発を担当している。三つ目は「技術開発本部」で、次世代のメンタルヘルス管理のあり方を研究開発する部門である。
健康推進室と製品開発部門の連携は、自社の経験を製品に生かす、あるいは自社でつくった製品を、まず自身で使ってみるべきという観点から、「最低限実施されるべきもの」(大谷司郎・ヘルスケア事業部第二統括部PHRソリューション担当部長)であろう。この仕組みさえもないのなら、前ページで触れたように、すでに公開されている厚生労働省が定めたストレスチェック制度の仕様に準拠するのみにとどまってしまい、差異化につながらない。NTTデータは、さらに一歩踏み出してR&D(研究開発)部門である「技術開発本部」と連携し、「次世代のメンタルヘルスのあり方とは何かを追求している」(中山美智子・技術開発本部プロジェクトマネジメント・イノベーションセンタ課長)という(図2参照)。

左からNTTデータの大谷司郎部長、中山美智子課長、村井敏行課長 NTTデータの従業員数は、グループ全体で直近で約7万5000人で、うち海外が約4万2000人。海外従業員の比率は全体の56%を占める。しかし、現時点で本社の健康推進室が管理できているのは単体の約1万1000人に過ぎない。村井敏行・人事部健康推進室課長は、「国内はある程度の足並みを揃えることができても、海外は保健医療の制度が違い過ぎて、国内と同様に推進するわけにはいかない」として、アプローチを変える必要があるという。そこで登場するのが技術開発本部だ。
同社の欧米先進国にオフィスを置くグループ会社を調べてみると、「メンタルヘルスの維持はもちろん、メンタルヘルスをうまくコントロールして職場を活性化し、仕事の生産性を高める方向に意識が向いている」(中山課長)と分析する。NTTデータは商品として「Health Data Bank(ヘルスデータバンク)」を開発しているが、将来の発展の方向性として、メンタルヘルス維持が目的の「保健医療」だけにとどまらず、「組織活性化を目指す組織管理への応用を視野に入れていきたい」(大谷部長)と、世界41か国・地域、175都市に展開するNTTデータグループの知見やベストプラクティスを存分に生かし、他社との差異化につなげる構えだ。
●メンタルヘルス休業を3割減らす
日立ソリューションズ
佐藤恵一
グループマネージャ 日立ソリューションズも、メンタルヘルス維持の仕組みを社内で徹底して調べ上げたSIerの1社だ。前身の旧日立ソフトウェアエンジニアリング時代から数えて、社員がメンタルヘルスに変調をきたす割合が大きく高まった時期は、ここ15年の間に2回あった。2000年前後のITバブルの崩壊と、2008年のリーマン・ショックの直後、情報サービス業界全体が不況に陥り、条件が悪い仕事でも受注しなければ食っていけない時期と重なる。SEの残業時間が増え、ストレスも増大。結果として「メンタルヘルスを損なう割合が増えた」(佐藤恵一・ヘルスケアシステム本部事業開発部事業開発グループグループマネージャ)という。
同社がまず着目したのが、メンタル(精神)ではなく、フィジカル(肉体・物理面)指標だ。まず「脂質」「BMI(肥満度)」「血糖値」「血圧」の4項目をフィジカル指標として、残業時間と比較したところ、顕著な差がみられた。さらに、「休業者」と「就業者」の各グループにおける「フィジカル異常あり」の割合をみると、「休業者」のグループのほうが「異常あり」の割合が10ポイントも高かった(図3参照)。佐藤グループマネージャは、「統計から導き出される傾向は、フィジカルの悪化がメンタルに強く影響することを表している」とみる。
そこで、打ち出した対策は、同社が開発したヒット商品である就業管理システム「リシテア(LYSITHEA)」との連携だ。残業時間に、例えば月間で45時間超え、100時間超えといった閾値を設けて、これを超えるとアラート(警告)が管理者へ上がるという仕組みである。さらに、血糖値を示す指標HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)が7.0超、または血圧(拡張時)95超なら「休日労働禁止で、アジア圏外の出張も禁止」、8.0超/100超で「時間外労働禁止で、アジア圏内の出張も禁止」、9.0超/110超で「自宅療養」を会社から命じる徹底ぶりだ。
メンタルは可視化しにくい部分があるが、残業時間やフィジカルは指標化しやすい。そしてフィジカルの悪化とメンタル面の悪化との相関性が認められることが社内の統計によって明らかになっているので、まずはフィジカル管理を徹底。これによってメンタルヘルス不調によって休業する数が、2007年度を100とすると、2013年4月には67へと3割超もの削減に成功している(図4参照)。
こうした取り組みの成果を織り込み、しかも厚労省のストレスチェック制度に準拠したサービスとして、「従業員健康管理クラウドサービス」を提供するとともに、自らの経験にもとづいて就業管理システム・リシテアとの連携を強く推奨している。ビジネスとしてみれば、健康管理と就業管理の領域で有利に商談を進めようとしているのだ。
●富士通とNECの真っ向勝負 医療や介護、保健の領域で強さをみせるのがNECと富士通、すなわち大手コンピュータメーカーの両社だ。ストレスチェック制度は従業員数50人以上の事業所が義務化対象となるが、「IT化せよ」との規定はない。中小の事業所はストレスチェック制度が定めた調査票を紙ベースで従業員に記入してもらってチェックすることになる。ここで主な対象となるのは従業員数で1000人以上、主に上場企業あるいは上場企業に相当する全国3500社程度の見通し。つまり、1000社を超える受注を獲得すればトップシェアに限りなく近づくことになる。

左から、NECソリューションイノベータの根本繁プロジェクトマネージャー、小久保清三グループマネージャー、板本真一リーダー
左から、富士通ソフトウェアテクノロジーズの山崎光芳エキスパート、本間康恵部長 NECグループでストレスチェック制度対応の「メンタルヘルスチェックツール」を開発するNECソリューションイノベータは、「トップシェアになるには1000社が一つの目安」(小久保清三・医療ソリューション事業部グループマネージャー)とみる。そのうえで、ライバルとの差異化策の有力候補としているのが、認知行動療法の権威で精神科医の大野裕氏との共同研究によって、うつ症状緩和に効果的な方法論をITに落とし込む技術だ。
認知行動療法にもとづくコンピュータによる自動応答技術によって、従業員がコンピュータと対話し、「ユーザー自身による考えの整理を対話しながら支援することに成功した」(根本繁・医療ソリューション事業部第二パッケージSIグループプロジェクトマネージャー)という。現在、関連技術の特許出願中だ。この技術はまだ商用化には至っていないが、「何らかのかたちで、これまで研究してきた成果を製品に反映させたい」(板本真一・医療ソリューション事業部第二パッケージSIグループリーダー)と意欲を示す。
NECの最大のライバルである富士通グループでは、富士通ソフトウェアテクノロジーズがストレスチェック制度対応の「e診断@心の健康」を開発している。10月1日から新バージョンの販売をスタート。シリーズは、これまで国内660社、従業員ベースでは115万人のユーザーを抱える「国内トップクラスのシェア」(山崎光芳・イノベーションビジネスサービス部エキスパート)を誇る。パッケージ版の納入は2017年度末までに累計1000社へと増やし、SaaS版は累計2万社への納入を目指す。つまり、富士通では従業員数1000人以上、または上場企業相当という枠を取り外し、手軽に利用できるSaaS方式によって、中堅企業や大手企業のグループ会社など「より小規模な会社の市場を開拓する」(本間康恵・イノベーションビジネスサービス部部長)ことを重視している。
記者の眼
大手ITベンダーを中心に取材を行った結果、メンタルヘルスの維持向上のための「ストレスチェック制度」対応製品を意欲的に開発しているベンダーは、図らずもSE比率が高いソフト開発主体の会社だった。NTTデータは情報サービス業のトップ企業であり、日立ソリューションズは日立製作所の情報・通信システム社に属する会社のなかでもSE比率が高い。NECソリューションイノベータは、今年4月、国内7社の地域SE子会社が統合して発足したNECグループ最大のソフト開発会社。富士通ソフトウェアテクノロジーズもソフト開発をメインにしている。取材中、自社の状況については一様に口が重かったが、ことメンタルヘルスについては、各社とも一家言あることが意欲的な製品開発を通じてうかがい知ることができた。
情報サービス業でメンタルヘルスを損なう割合は、全業種平均の4~5倍といわれる。からだを壊せば生産性が下がり、利益を押し下げる。まずはシステムを提供する情報サービス業界自身が自らの経験をベースにして、真摯に取り組んでいくことがビジネスの拡大につながる。