「空飛ぶクルマ」の実用化に向けた動きが日本で加速している。2018年12月に「空の移動革命に向けた官民協議会」が取りまとめたロードマップでは、19年の試験飛行を経て、23年には事業をスタートさせるという野心的な目標を盛り込み、それに向けた取り組みが各方面で始まっている。空飛ぶクルマはわれわれにどんな世界をもたらすのか。官民の動きを追う。(取材・文/大河原克行)
昨年12月、「空の移動革命に向けた官民協議会」は、空飛ぶクルマの実現に向けたロードマップを策定し公表した。
この協議会は、経済産業省と国土交通省が設置したもので、空飛ぶクルマの実現に向けたロードマップの策定とともに、日本が取り組んでいくべき技術開発や制度整備などについて協議する有識者による組織だ。大学や関連団体のほか、NECや楽天、日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)といった日本企業や関連するスタートアップ企業、歯医者アプリの米ウーバー・テクノロジーズや航空機メーカーの欧州エアバスや米ボーイングなどの日本法人も参加している。
空飛ぶクルマによって、都市部における渋滞を避けた通勤や通学、離島や山間部での新たな移動手段の創出、災害時における救急搬送や迅速な物資輸送などの実現を想定。空飛ぶクルマを日本における新たなサービスとして発展させるには、「民」の将来構想や技術開発の見通しをベースに、「官」が民間の取り組みを支援するとともに、社会に受け入れられるためのルールを作ることが必要と判断したことが、同協議会の発足の背景にある。
協議会では、制度などに関する議論や、具体的なサービス提供を想定した実証実験などを行い、意欲的な取り組みを進めている地方公共団体による空の移動革命に向けた構想立案を支援。日本における空飛ぶクルマの実現を後押しする役割を担う。
経済産業省の関芳弘副大臣(当時)は、「空飛ぶクルマは、都市部での活用だけでなく、離島や山間地域での活用、物流や災害地での活用も想定され、新たな産業としても期待されている。ロードマップを取りまとめて以降、空飛ぶクルマに関する保険商品の提供がスタートしたり、民間事業者と自治体が提携を開始したり、地方公共団体同士の提携の動きが始まったりと、国内における動きが活発化している。空飛ぶクルマの実現に向けて、世界各国で取り組みが始まっている。日本は世界に先駆けて、技術開発やビジネスモデルの確立、法制度の整備などに取り組んでいかなくてはならない。具体的なサービスを見据えた実証実験が行われることを期待しており、日本が世界の空のイノベーションを牽引していきたい」と意気込む。
また、国土交通省の大塚高司副大臣(当時)は、「都市の渋滞を避けた通勤通学、離島や山間部での新たな移動手段、災害時の緊急搬送や迅速な物資輸送などが空飛ぶクルマに期待されているが、実用化に向けては、将来の具体的なニーズに照らしたビジネスモデルのイメージを共有することが必要。国土交通省では、許可にかかわる助言などを通じて民間事業者とも強力に連携し、試験飛行や実証実験を支援。議論を重ねて、安全確保を旨とした制度や体制整備に向けた検討を進めていく。空飛ぶクルマが、身近で手軽な移動手段として利用される社会の実現に向けて取り組んでいく」と語っている。
23年の事業化に向け官民学が連携
このロードマップで特筆されるのは、19年の試験飛行、23年の事業開始という野心的な目標を盛り込んでいることだ。
ロードマップは、「事業者による利活用の目標」「制度や体制の整備」「機体や技術の開発」という三点から取りまとめており、19年には試験飛行や実証実験などを実施し、事業者によるビジネスモデルの提示を目標にする一方、技能整備の基準整備や機体の安全性の基準準備、試験飛行のための離着陸場所や空域の調整といった必要な制度の整備にも着手。安全性や信頼性、自動飛行運行管理などの技術開発を進め、試作機と運行を取り巻く技術の開発を促進する。
また、23年を目標に事業を開始。物の移動や地方での人の移動、さらには都市部での人の移動などを視野に入れるほか、災害対応、救急、娯楽などでの利用も想定する。ここでは、新たなビジネスモデルに応じた運送および使用事業の制度整備の見直しや、地上からの遠隔操縦、機上やシステムなどによる高度な自動飛行などの技術開発に応じた制度整備、安全性基準や審査方法の見直し、空域や電波利用環境の整備などにも乗り出す。
ドローンや空飛ぶクルマ関連のスタートアップ企業に特化したファンドのDrone Fundを運営する千葉功太郎代表パートナーは、「日本はドローンやエアモビリティーでは遅れているといわれ、実際に、ドローンなどの製品開発では中国や米国が進んでいる。だが、日本は官民学が一緒になって23年までに事業化するという目標を掲げ、自治体も実証実験や社会実装に取り組むことを宣言している。こんな先進国はない。日本は新しいことに臆病だといわれるが、空に関してはアグレッシブで、いい意味でリスクを取っている。今こそ、空の産業革命を推し進めるチャンスだ」と話し、「空にかかわるビジネスは、クルマに次ぐ日本の新たな産業になると期待している」と力を込める。このロードマップの実現に向けて、地方公共団体やベンチャー企業、そして、NECをはじめとする大手企業が足並みをそろえ始めている。
福島県は研究開発を推進、広大なフィールドと施設で
地方公共団体や自治体は、どのようなかたちで空飛ぶクルマにかかわろうとしているのか。
最も積極的な動きを見せているのが福島県だ。南相馬市および浪江町にまたがるエリアに設置された研究開発拠点「福島ロボットテストフィールド」を中心に、空飛ぶクルマの実用化を支援する体制を整えている。
この施設は、福島県東部太平洋沿岸部の「浜通り」地域の復興を目指す国家プロジェクト「福島イノベーションコースト構想」の中核的役割を果たすもので、18年12月に空の移動革命に向けた官民協議会が取りまとめたロードマップの中でも、空飛ぶクルマの試験飛行ができる唯一の拠点として整備することが盛り込まれている。ここでは、関連法令を順守しながらの試験飛行が可能になるという。
具体的には、緩衝ネットで覆われた国内最大級の屋内飛行場を使って、開発初期段階の空飛ぶクルマの安全な飛行試験を実施。また、南相馬市と浪江町を結ぶ13キロメートルの広域飛行区域では、地域住民の理解を得て、長距離試験飛行や各種レーダーによる情報収集なども可能になっている。また、さまざまな環境での離着陸試験を行うために、模擬市街地での離着陸試験や、模擬土砂災害地、模擬水害地を再現したフィールドを活用することもできる。
「これらの試験施設を提供するだけでなく、実証実験の仲介支援を行うワンストップ支援も展開している。長距離飛行ルート付近の地区長への説明に至るまで手厚く支援を行う体制を整えている」(福島県の内堀雅雄知事)。
福島ロボットテストフィールドは、東京ドーム10個分にあたる約50ヘクタールの規模を擁し、東北大学やドローン関連事業者など、すでに30を超える企業や研究機関がドローンや空飛ぶクルマの研究開発を進めている。ドローンに関しても220社以上が利用。主要業界団体や大学、国立研究開発法人と協定して操縦、機体、運行管理の評価手法を検討し、ドローンに関する制度構築にも深く関与してきた経緯がある。実際、目視外飛行により、9キロメートル離れた場所に物流を行うなど、国内初となるチャレンジが数多く行われている。
福島ロボットテストフィールド所長を務める東京大学の鈴木真二名誉教授は、「ライト兄弟は、米ノースカロライナ州キティーホークの砂地で、墜落を繰り返しながら飛行機の実験を行った。空飛ぶクルマもわれわれが使いこなすには実証実験が必要。つまり、福島ロボットテストフィールドは、ライト兄弟のキティーホークの砂地に相当する場所になる。空飛ぶクルマによって、人類は新たな移動手段を獲得しようとしているが、新たなモノを社会に実装するにはさまざまな壁を越える必要がある」と、福島ロボットテストフィールドの役割を示す。
また、東日本大震災の被災地でもあるこの地を活用したこうした取り組みは、復興支援という要素もある。
東日本大震災から約8年が経過。その間に福島の復興は着実に進み、製造品出荷額は震災前を超える水準に戻ってきている。一方、今でも福島県全体の2.5%が避難指示区域に指定されており、福島県の東側にある浜通りは地震、津波、原発事故とそれらに関連した風評被害を受け、いまだに厳しい状況が続いている。実際に、避難地域を含む福島県東側の双葉郡では、製造品出荷額は震災前に比べて、わずか18%にとどまっているのが現状だ。
福島県の内堀知事は「国家プロジェクトである福島イノベーションコースト構想は、この地域の再生、産業構造の活性化に力を入れるもので、その中核となる福島ロボットテストフィールドは、世界に類をみない施設だ。被災地からイノベーションを起こすためにも、空飛ぶクルマの関係者に対する開発環境の提供や、制度構築の手伝いなどにも力を入れる。産学官連携で、空飛ぶクルマの安全性を評価できるナショナルセンターを目指したい」と話す。
三重県は事業者を支援、福島県と連携を確立
三重県も、空飛ぶクルマの実用化に積極的に取り組んでいる地方公共団体の一つだ。その中でも特に自治体との連携による取り組みが加速している。
三重県では、空飛ぶクルマに関して「離島・過疎地域などでの生活支援」「観光資源・移動手段」「防災対策・産業の効率化」の三点で活用する方針を示している。
「離島・過疎地域などでの生活支援」では、新たな交通手段として空飛ぶクルマを活用するほか、夜間の急患などの緊急時の対応、医師不在地での遠隔医療と薬の配送を組み合わせた医療サービスの提供、高齢者の地域内移動や買い物弱者への支援での活用を計画している。
例えば、鳥羽市には有人離島が4島あり、市営定期船が重要な生活交通手段となっているが、空飛ぶクルマの導入によって、生活物資の運搬、交通需要に応じた輸送、夜間急患の搬送など、緊急時の対応などにも効果を発揮するとみている。また、世界遺産の熊野古道に代表される自然を多く持つ熊野市では、観光利用のほか、交通の便や買い物をする際の利便性が悪く、福祉や医療の充実に課題がある点を空飛ぶクルマで解決したいと考えている。南伊勢町では、高齢者の移動や買い物支援、災害時の物質輸送での効果を期待する。
「観光資源・移動手段」では、中部国際空港からの移動手段の活用、遊覧などの県内滞在時のスカイアクティビティとしての活用を想定しており、離島部を含めたエリアでの観光に活用する姿勢を示す。
ここでは志摩市がモノや人の移動だけでなく、観光資源の一つとして空飛ぶクルマの娯楽的要素を含めた活用が可能だとして、検討を開始している。
「防災対策・産業の効率化」では、災害発生時の移動や現地確認、救援手段としての活用、人手不足や生産性の低さが課題となっている物流面への活用、高低差や距離の克服、人が入りにくい山間地や海上での活用などにより、現場の省人化を実現するとともに、業界全体の生産性向上を高めることを目指す。
三重県の鈴木英敬知事は、「空飛ぶクルマを活用した新たなビジネス創出による産業発展を図るために、空飛ぶクルマの実証実験を行う事業者の支援に乗り出しているところだ。33年には、20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮がある。これは8年をかけて行われるものであり、その間、多くの人が訪れる。また、隣接する府県においては、リニア開通、大阪万博、アジア大会などのイベントもある。こうしたイベントなどと連動しながら、空飛ぶクルマを観光や生活、交通にも使いたい」とする。
三重県と福島県が空飛ぶクルマで協定
空飛ぶクルマに積極的な福島県と三重県は、「空飛ぶクルマと空の移動革命の実現」に関して協力する協定を結んだ。両県は、空飛ぶクルマに関する事業者に対して、開発から活用までを支援し、空の移動体革命の実現に向けて共同で取り組むことになる。
具体的には、「実証実験などを実施する事業者に対する支援および関係機関との調整」「実証実験において得られた知見および情報の共有」「実証実験などを踏まえた制度や体制の整備に向けた関係機関などへの提言」「空の移動革命の実現に向けた機運醸成」などで協力することになる。
三重県の鈴木英敬知事は、「今回の協定によって、福島県の復興を進め、三重県の人口減少など課題解決が進み、次世代や未来でも手を組み、ウィンウィンの関係を築きたい」としている。
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