DXの実現を目指す流れは、国内で確実に加速しており、地方自治体や地方企業での具体的な取り組み事例が出てきている。建設や物流、医療といった分野では、業界特有の課題をテクノロジーの力で解決する動きが目立っている。また、対話型AI「ChatGPT」の出現により、上半期はジェネレーティブAI(生成AI)がIT市場を席巻した。2023年上期(1~6月)の本紙紙面を振り返りながら、IT業界の進路を展望する。
(構成/堀 茜、岩田晃久)
Chapter1
活発化する地方のDX
地方自治体や地方企業でもDXをめぐる動きは活発化しており、複数の特集で地方の動きを紹介した。4月3日・1963号の特集「
存在感増す『FIWARE』自治体IoTにおけるITベンダーの役割とは 」では、発展が見込まれる自治体IoTにおいて、存在感を増すプラットフォームFIWAREを取り上げ、活用事例から自治体IoTにおけるベンダーの役割を探った。
4月3日・1963号の紙面
FIWAREは、欧州連合の官民連携プログラムで開発された次世代インターネット基盤ソフトウェア。日系企業として唯一、FIWAREの開発に加わったNECは、データの利活用サービス、認証ソリューションなどを組み合わせた都市OSを展開。13自治体が導入している。インテックは、FIWAREを利用した自治体向けIoTプラットフォームを提供する。富山県魚津市では、ごみ収集車の稼働状況の可視化などを実施。行政運営コストの削減や市民に対する情報公開の効率化などにつなげている。
NEC、インテックの両社が共通して指摘するのは、スマートシティはスマート化して終わりではないという点だ。ベンダーは自治体が抱える悩みと向き合い、市民の理解を得ながらともに事業を進めることが求められるだろう。
各地域のITビジネスは、コロナ禍を経て変化、活性化している。4月24日・1966号では、「
関西圏のITビジネスに変化あり 複合機販社の変革やITベンダーの異業種共創が活発化 」、5月22日・1969号では「
盛り上がる福岡のITビジネス 地元発の上場企業も誕生 」の特集で、各地の現状をレポートした。
関西圏でも、コロナ禍でリモートワークが推奨され、職場でのペーパーレス化や業務のデジタル化が進展。それに対応し、複合機メーカーのマルチベンダーであるプリントマシンセンターがITソリューションの提案に注力するなど、新しい動きがみられた。京都でクラウドインテグレーションなどを手掛けるフューチャースピリッツは、地元中心だった人材採用の方針を転換。リモートワークを前提として全国から幅広く優秀な人材を集め、成長を目指す。
福岡県では、地元から上場企業も誕生するなど、IT業界は盛り上がりを見せている。システム開発会社Fusicは、23年3月に東証グロース市場と福証Q-Boardに上場した。好調の背景に、顧客の45%が東京を中心とした首都圏の企業となっていることが挙げられる。リモートでシステム開発の対応が可能となったことで、九州以外の顧客が増加したという。
新型コロナ禍でITビジネスは大きく変わった。デジタルの力で地域間の距離は縮まり、全国各地のIT企業にとっては商機の拡大につながっている。
Chapter2
業界課題をテクノロジーで解決
人手不足の課題解決やアナログ業務からの脱却を目指し、さまざまな業界でIT活用の流れが加速。ITベンダーは、各業界に合わせたソリューションを開発、提供することで、DX推進を後押ししている。
3月20日・1961号の紙面
物流業界は、物量の増加、複雑なオペレーションへの対応、人手不足といった課題を抱えている。これら課題の解決に向けて、ロボティクスやAI、IoTなどの先端技術を活用した機器・システムの導入が拡大している。3月20日・1961号では、「
物流DX 」を支援するITベンダーの取り組みを報じた。
BIPROGYは、物流スタートアップのHacobuと、物流・輸配送領域における資本業務提携を締結。データ活用を推進することで物流プラットフォームを拡大し、人手不足の解消や温室効果ガス削減などに取り組んでいる。NECとGROUNDは、物流施設向けのロボットを提供することで、業務効率化を支援している。
医療とITを組み合わせたヘルステックの注目が高まっており、ITベンダーは商機を逃すまいとビジネスの拡大に注力している。3月27日・1962号では、
ヘルステック市場の最前線 に迫った。
メドレーは、クラウド診療支援システム「CLINICS」の普及とオンライン診療アプリの登録ユーザーとの連動性向上を目的とした活動を推進。メディカルノートは、医療・ヘルスケアプラットフォーム「Medical Note」で医療情報を発信。同プラットフォームを利用する医療機関に向けたデジタルマーケティングやDXの推進を支援している。両社ともパートナーの拡充に注力しており、ヘルステック市場の拡大には、パートナーの存在が重要だとしている。
建設業界では、就業人口の減少、高齢化が進んでいる。こうした中、デジタル技術を積極的に活用し、業務変革を目指す流れが出てきている。6月5日・1971号では、
アクセンチュア、NEC、日本オラクルの3社の取り組みを紹介 。建設現場特有の課題に合わせた、ソリューション提供やクラウドサービスの活用方法、データ分析といった支援を行っている。現状では、建設業界特有の慣習が根強く残るため、DX実現に向けたハードルは高いが、大きなポテンシャルを秘めた市場に注目が集まっている。
これらの業界のほかにも特有の課題を抱えDXへの取り組みが遅れている業界も少なくない。今後もITベンダーには、各業界に合わせた戦略の実行が求められる。
Chapter3
ChatGPTの出現で生成AIが話題に
22年11月に米OpenAI(オープンエーアイ)が対話型AIのChatGPTを発表して以降、ジェネレーティブAI(生成AI)は、23年上半期のITトレンドとして話題をさらった。ChatGPTが生成AIを身近な存在にしたことで、ビジネスでの活用も一気に広がりを見せ始めている。
5月1・8日・1967号の紙面
オープンエーアイに出資し開発を後押している米Microsoft(マイクロソフト)は、ChatGPTを自社製品に搭載するなど、AIの活用に積極的な姿勢をみせる。その現状と戦略を掘り下げた特集「
米MicrosoftのAI戦略 「副操縦士」がもたらす新世界 」を5月1・8日・1967号で掲載した。
次世代AIにおけるキーワードとして、マイクロソフトが使い始めた言葉「Copilot(副操縦士)」。同社によると、AIは、あくまでも人の仕事や生活をサポートすることが役割になることを端的に示している。面倒な作業を取り除き、作業とアクションの有効性を向上させるAIとの共生は、ますます進むだろう。その一方で、生成AIは、回答の精度に課題がある。検証や正しい進化を遂げるための努力、セキュリティやコンプライアンス、プライバシーといった課題への対応が必要なことも、意識しておく必要がある。
ChatGPTは、大規模言語モデル(LLM、Large Language Models)を活用した生成AIだ。人間が話すような自然な受け答えを生成することが特徴の一つだが、そのままビジネスに使うには課題も多い。国内では、ビジネス利用を前提とした独自のLLMの開発が進んでいる。6月19日・1973号の特集「
国内企業の課題を生成AIで解決する 日本発大規模言語モデル 」では、国内のLLMをめぐる動きを取り上げた。
20年前後から独自のLLMの開発を手掛けてきたオルツは、企業が必要とする機能に合わせて、自社のLLM「LHTM-2」をカスタマイズできる点を優位性として強調する。JR西日本などと列車の運行ダイヤが乱れた際、運転整理を自動化する「鉄道指令業務アシストAI」の共同開発を行っている。
日本語特化の自然言語処理エンジン「ELYZA Brain」を開発するELYZAは、用途別にLLMを使い分けることを提案する。医療など専門用語が多い業務領域にニーズはあるとみる。
生成AIをめぐる動きは、グローバル、国内ともに活発で、政財界を巻き込んだルール作りの議論も始まっている。これからのビジネスに与える影響も大きく、引き続き注目していきたい。
Extra
ITベンダーも自社で新たな取り組み
ITベンダー自身もさまざまな新たな取り組みを実施している。特徴的な例としては、顧客や取引先からの著しく理不尽な要求や迷惑行為を指す「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が社会全体で問題視される動きが広まる中、対応方針を示すITベンダーが出てきた。また、テレビCMの放映により企業ブランディングの強化を図るITベンダーが増加しているのもIT業界における変化の一つだろう。
ITベンダーは、サブスクリプションビジネスへの移行によって、導入後のカスタマーサクセスに重きが置かれるとともに、顧客との付き合いが長期的なスパンとなりつつある。その中でカスハラにどう対応していくかを考えることは、ITベンダーにとって大きな課題だ。
3月27日・1962号の紙面
3月27日・1962号の
特集 では、IT業界で先駆けてカスハラへの対応方針を示したFreeeとヌーラボの取り組みにスポットを当てた。カスハラに対する考え方や定義を明確にするなどの取り組みを実施したことで、従来に比べて顧客の声耳に傾ける時間がとれた、働きやすくなったといった効果が生まれているという。
4月10日・1964号の
特集 では、テレビCMなどによりブランディング強化を進めるSCSK、TISインテックグループ、キヤノンマーケティングジャパンの取り組みを紹介。3社はいずれも、目指す新たな企業像を明確に定め、実現のために、テレビCMの放映をはじめとしたブランディング活動の強化に踏み切った。
IT市場の構造が変化しつつある中、企業ビジョンをあらためて策定し、事業の変革を図ろうとするベンダーは多い。IT業界での企業ブランディングの取り組みがさらに活発化することが予想される。