日本IBMは、▽AI▽自動化▽ハイブリッドを前提としたシステム設計―の三つを軸に、ITサービスからソフトウェア、ハードウェアに至る全ての事業領域でビジネスパートナーとの協業を加速させる。1月27日に都内で開催した年次イベント「IBMパートナー・フォーラム2025」で山口明夫社長が方針を示し、既に、パートナーのソリューションやサービスへのIBM製品の組み込み促進、販売パートナー支援の強化、地域のソフト開発リソースの活用など多方面にわたって連携を拡充している。同日表彰されたパートナー事例を交えて、日本IBMが目指すパートナー協業の実像をレポートする。
(取材・文/安藤章司)
事業階層ごとに関係を深化
山口社長は、AI活用とシステム運用や業務の自動化、クラウドやオンプレミスの組み合わせを最適化するシステム設計に、日本IBMの経営資源を集中させると表明した。
山口明夫 社長
AIではさまざまなシステムと連携するオープン戦略を柱に据え、複数のAIを取りまとめるオーケストレーションに注力する。大規模言語モデル(LLM)を例に挙げると、営業や経理などの業務別ごと、製造や医療などの業種ごとに専門的なLLMの開発が進むことを見越して、これら複数のLLMを統合的に管理、活用できるようにする。
二つめの自動化では、AIを積極的に活用してシステム運用や業務の自動化を推進するとともに、障害が発生した際の復旧の自動化にも力を入れていく。三つめはクラウドやオンプレミス、メインフレームやオープン系サーバーといった異なるアーキテクチャーのIT基盤の組み合わせを最適化できるよう、設計の段階からハイブリッドを織り込む「ハイブリッド・バイ・デザイン」を加速させる。
ハイブリッド・バイ・デザインについては、日本IBMとインターネットイニシアティブ、三菱UFJ銀行と協業して構築した、メインフレーム、オープン系サーバー、パブリッククラウドを組み合わせた地銀向け共同プラットフォームの事例を挙げ、「設計段階から最適なハイブリッド環境を考えていくことが必要になる」(山口社長)と説いた。
日本IBMはこれら三つの重点分野を軸に、システム構築(SI)やソフトウェア、ハードウェアの主要な事業階層ごとにビジネスパートナーとの最適な協業関係を深めていく(図参照)。
SI階層では全国8カ所の「IBM地域DXセンター」を通じて地場パートナーの開発リソースを活用するとともに、クラウド/SaaSベンダーやパッケージソフト各社との製品連携を積極的に働きかける。ソフトウェア階層では、「Apptio」や「Cloudability」「Turbonomic」などの業務システムの運用管理の自動化製品群、「watsonx」などのAI/データ活用、「Red Hat」などのハイブリッドクラウド製品群、IBMが強みとするトランザクション処理の技術をパートナーのソリューションやサービスに組み込んでもらうとともに共同拡販にも力を入れる。
ハードウェア階層では従来のパートナー担当部門だけでなく、メインフレームやストレージなどの製品担当部門も新しくパートナー支援に加わり、営業や技術の両面で伴走していく。山口社長は「パートナーとの協業なくしては日本IBMのビジネスは成り立たない」とパートナー重視の姿勢を明確にする。
製品担当もパートナーを直接支援
日本IBMの2025年度(25年12月期)におけるビジネスパートナー施策で、大きく変更になった部分が、IBM製品の販売を担うリセラーとの接点強化だ。24年度まではパートナー担当部門が主に担っていたが、25年1月からはIBM製品を統括する製品担当部門においても全国に数百社あるIBMパートナーの支援に直接乗り出す組織体制へと強化している。
榎並友理子 執行役員
製品担当部門は「ブランド担当」と呼ばれる部門で、自社のハード・ソフト製品に精通した人員で構成されているものの、従来は間接販売チャネルの知識や支援体制が十分にあるとは言えなかったことを踏まえ、「販売パートナーの声を直接取り入れることで、製品情報の伝え方やユーザー企業への提案手法などの改善に日々取り組めるようにした」と、製品担当部門を統括する執行役員の榎並友理子・製品統括本部長は話す。
AIや自動化、ハイブリッドの重点分野を中心に、新しいIBM製品やサービスが次々と登場する中、販売パートナーによる案件創出から提案、技術検証、本番納入に至るまで「販売パートナーとIBM製品の担当者が一つのチームになって進んでいくプロセスを重視する」(榎並執行役員)と伴走型の支援を拡充していく。AIや自動化、ハイブリッドの新しい製品や技術を導入する場合、顧客の業務プロセスを大幅に見直したり、再設計する力量が求められたりすることが多く、製品や技術に精通したIBMの製品担当者がパートナーと伴走する意義は大きい。
もう一つ、日本IBMが力を入れている領域は、SIerなどの販売パートナーのソリューションやサービスにIBM製品を組み込んでもらう取り組みだ。例えば、AIのwatsonxをパートナーの生成AIソリューションに組み込んだり、自動化ツールのCloudabilityやTurbonomicをパートナーの運用自動化ソリューションのエンジンとして使ったりする用途を想定している。IBM製品の組み込みを推進する執行役員の村澤賢一・エコシステム共創本部長は「既存の市場にはない需要を取り込むことで、パートナーとともにビジネスを伸ばす」と、IBMの先進技術を組み込むことでユーザー企業の新しい需要を喚起し、国内市場のパイを大きくできると見る。
村澤賢一 執行役員
ほかにも日本IBMの中核SE子会社である日本IBMデジタルサービスが中心となって、北海道から沖縄まで全国8カ所のIBM地域DXセンターを通じて地場の開発系パートナーとの協業を拡大。クラウド/SaaSベンダーやパッケージソフト各社との製品連携も加速する。
重点分野で事例を増やす
IBMパートナー・フォーラム2025では、優れた協業事例を生み出すなどしたパートナー10社を表彰した。表彰の内訳を見るとAIや自動化、ハイブリッドの重点分野でIBM製品を組み込むなどして独自のサービスや取り組みを行ったパートナーが目立つ。
老舗パートナーのJBCCは24年12月にマルチクラウド運用支援サービス「EcoOne」を刷新し、クラウド費用の最適化機能を大幅に強化。CloudabilityとTurbonomicをEcoOneサービスに組み込み、主要なパブリッククラウドの費用や性能の情報を自動で収集し、マルチクラウドの運用費用をサービス導入前に比べ3割削減することを目指している。
BIPROGYグループのエス・アンド・アイは、同社のコンタクトセンター向けオペレーター支援サービス「AI Dig」と統合AIプラットフォームの「watsonx.ai」を連携することで複数のLLMを一元的に管理し、使い分けられるようにした。これまでは米OpenAI(オープンエーアイ)の「ChatGPT」と米Microsoft(マイクロソフト)の「Azure OpenAI Service」のみに対応していたが、watsonx.aiと連携することによって30種類余りの特色ある他社製LLMも利用できるようになった。オペレーターの応対内容の要約やFAQの自動作成、品質管理などで最適なLLMの選択の幅が広がり、テキスト生成の品質が高まることが見込まれる。
ディストリビューターのTD SYNNEXは、オンプレミスでの生成AIの開発・運用が可能なアプライアンス・サーバーにwatsonx.aiを組み込んで24年12月から販売を始めた。自社内にサーバーを設置するオンプレミス方式によって情報漏えいを防ぎたいとするユーザーの需要に応えていく。軽量で生成スピードが速いwatsonx.aiを使うことでユーザー企業の業務に適したAIアプリの開発に役立つことが期待されている。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングは、AIエージェントのwatsonx Orchestrateを組み込んだ「Work Agent One」を開発して24年11月からコンサルティングサービスと併せて販売を始めた。Work Agent Oneはユーザー企業内のさまざまなITシステムや複数の生成AIと自律的に連携するwatsonx Orchestrateのオーケストレーション機能を活用している。例えば製造業の特許申請管理で発生する確認作業の短縮や、不動産業で施主や金融機関、工事事業者など複数の関係企業をまたいだ電子契約業務を自動化し、記入ミスなどによる差し戻し作業の時間削減に応用できるとしている。
海外でEYストラテジー・アンド・コンサルティングとの協業事例はあるが、「国内でのIBM製品の組み込みは24年から本格化した」(村澤執行役員)という。コンサルティング会社が得意とする業務分析能力とIBMのAI技術を組み合わせることで新しい価値創出につなげる考えだ。