3月下旬、独SAP(エスエーピー)と米Oracle(オラクル)が、ERP製品でAIに関係するソリューションを国内向けに公表した。ERP領域におけるグローバルリーダーの両社はAIによる製品強化に向け、どのような展望を描いているのか。最新の動向を紹介する。
(取材・文/藤岡 堯)
独SAP
新基盤で信頼できるデータを供給
SAPは生成AIアシスタント「Joule」を対話型のユーザーインターフェースとして、AIエージェントを駆動させる世界を描いている。Jouleがプロセス全体を指揮し、その下で複数のAIエージェントが動いて、ユーザーのビジネスを効率化する。例えば製造業のケースでは、営業エージェントによる需要予測に基づいてサプライチェーンのエージェントが製品供給の能力を分析し、調達エージェントが今後の生産に必要な素材や部品、新規の調達先までも提示するといったことが可能になる。ビジネスプロセスをエンドツーエンドで効率化できるわけだ。
ユーザーのビジネスだけでなく、SAPの開発自体の生産性もJouleで高めていく。SAPは2025年前半に、Jouleを通じて、プログラミング言語のABAPによるアプリケーション開発や、SAPコンサルティングの自動化を実現する機能を加える方針だ。前者は自然言語での対話によるコードの自動生成などが行えるようになり、後者は顧客の要件を入力することで、設計や設定などを支援してくれるという。
ただ、AIが円滑にアクションを実行するには、高精度のデータが必須である。それはSAPだけにとどまらず、外部サービスのデータも含まれる。AIの能力をフルに発揮するためには、一元的なデータレイヤーを設け、活用のための前処理を行うことが重要になってくる。
そこでSAPはデータウェアハウス製品である「SAP Datasphere」、分析ツールの「SAP Analytics Cloud」を統合・拡張するかたちで、新たなフルマネージドデータ基盤サービスとなる「SAP Business Data Cloud」(BDC)を打ち出した。25年第2四半期(4~6月)中の一般提供を予定する。
SAPジャパン
堀川嘉朗 常務
SAPジャパン常務執行役員の堀川嘉朗・最高事業責任者が「単にデータを集約することが目的ではない」と語るように、BDCは米Databricks(データブリックス)とのパートナーシップに基づき、データブリックスのテクノロジーを取り入れ、従来から取り組んでいる非SAPデータも含めたデータの単一レイヤーへの統合に加え、高度なAI/MLワークロードへの最適化、データサイエンス機能の強化などが図られている。AIエージェントの潜在能力を最大限に発揮するために、信頼できるデータを供給する基盤としての位置付けだ。
データの集約・管理の点では、「データプロダクト」の概念を導入する。データをただ集めるだけでなく、標準化や意味付けを施した上で、ユースケースなどに応じて探しやすくして管理する考え方だ。「S/4HANA」や「Ariba」の財務データ、支出データ、サプライチェーンデータから、「SuccessFactors」の学習データ、人材データまでSAPのアプリケーションからデータを直接収集し、メタデータなども含めて保管する。ETLなどのツールや定期的なメンテナンス、カタログの整備も不要だ。
米Databricksと協業で非構造化などの対応を強化
データブリックスの技術は非SAPデータ、非構造化データの活用において効果を発揮。SAPジャパンBusiness Data Cloudソリューションアドバイザリー部の椛田后一・ソリューションアドバイザーエキスパートは「例えばIoTデータや、センサーデータ、Webのアクセスログ、大量のデータをマネージすることが可能になる」と説明する。データブリックス側でSAP側のデータにアクセスでき、データブリックスが得意とするMLの機能などを活用した予測モデルの構築なども容易となる。双方のデータアクセスは「ゼロコピー」で実現しており、データの一貫性を維持し、常に最新のデータをリアルタイムで利用できる。
SAPジャパン
椛田后一 ソリューションアドバイザーエキスパート
データの意味付けに関しては、ナレッジグラフ機能を用いて複数データの関連性、関係性を構築し、AIがデータをより効果的に活用できる環境を整えている。
分析・可視化の領域でも機能拡充を図り、事前定義済みのダッシュボードテンプレートを備えたソリューション「Insight Apps」を用意する。指標やAIモデル、計画機能が組み込まれ、ビジネスのあらゆる要素をつないだ分析を簡素化する。
米Oracle
エージェント開発の「Studio」を発表
オラクルは、ERPを含む業務SaaSスイート「Fusion Cloud Applications」で50以上のAIエージェントを提供している。その特徴としてオラクルは「(Fusionに)自動的に組み込まれている」点を強調する。Fusionは、GPUやAIモデルを含めて「Oracle Cloud Infrastructure」(OCI)をインフラとし、データベース、アプリケーション層まで、統一された基盤上で展開され、AIエージェントもFusionにネイティブに統合されている。
この利点はいくつかある。一つはデータだ。Fusionのデータは財務や営業、HCMといった機能モジュールを問わず、一つのデータモデルで共有されるため、AIが動くためのデータを用意しやすい。
コストの観点でも優位性がある。Fusionの機能拡張として提供されるAIエージェントは、費用や人的リソースでユーザーに新たな負担をかけず、シームレスな利用体験を実現する。
最後はオラクル自身がインフラレイヤーの技術開発・提供も手掛けるアプリケーションベンダーであることだ。先述の通り、FusionはOCIを基盤として構成されており、OCIには複数の大規模言語モデル(LLM)がホストされている。さまざまなLLMをオラクルが自社でキュレーションし、パフォーマンスだけなく、一貫したセキュリティーも担保している。
米Oracle
ミランダ・ナッシュ バイスプレジデント
AIエージェント機能のさらなる強化に向け、オラクルは3月21日、Fusion上でAIエージェントを作成、拡張、展開、管理できるプラットフォーム「AI Agent Studio」 を発表した。ミランダ・ナッシュ・Oracle AI担当グループ・バイスプレジデントは「AIエージェントやAIエージェント・チームを作成、設計、デプロイすることで、顧客はエージェント・ワークフォースを現実のものにできる」と意義を語る。
ワークフローもテンプレートで構築
Agent Studioでは、さまざまなLLMを使用して独自のエージェントを構築したり、既存のエージェントを変更したりできるほか、複数エージェントによるワークフローの作成、オーケストレーションを実現し、ビジネスプロセスをより包括的に自動化できる。日本語対応は4月の早い段階で完了するという。
エージェントは既成のテンプレートと自然言語のプロンプトを組み合わせて開発し、見積もり依頼、返品処理、シフト・スケジューリングなど多様なシナリオに対応する。LLMについては、カナダCohere(コヒア)、米Meta(メタ)が手掛けるFusion向けに最適化されたLLMだけでなく、専門的なユースケース向けに用意された外部LLMをプラグインすることもできる。
Fusionにすでに搭載されている50以上のエージェントに、ドキュメントやツール、プロンプト、APIを追加して、機能を拡張することも可能だ。Fusion内で企業の非構造化コンテンツを集積する「ナレッジストア」に直接アクセスし、経費精算といった規定やマニュアルなど、多様なコンテンツを参照することで、ビジネスの文脈や関連する企業知識の強化も図れる。
オーケストレーションに関しても、テンプレートをベースとした複数ステップのワークフロー設計が可能で、人間によるチェックや承認の機能追加にも対応する。ワークフローにおいては「Gmail」や「Teams」「Slack」といった他社サービスや、サードパーティー製のエージェントを呼び出し、Fusionだけにとどまらないビジネスプロセスが構築できる。
セキュリティーは、Fusionと同じ設定、ポリシー、アクセス権限が適用されるため、既存のセキュアな環境を維持したまま、利用可能だ。
Agent Studioはオラクル自身が社内で使用するAIエージェント開発ツールと同じものであり、ITの専門的な開発者ではなく、ビジネスユーザーに向けた製品だという。ナッシュ・バイスプレジデントは「AIと最新のテクノロジーを活用して従業員の効率性を高め、業績を向上させることで、企業の生産性を最大化する」ためのツールだと訴える。