近年、多くのSaaSベンダーが地方での販売促進に乗り出し、パートナービジネスの重要性が叫ばれている。地方のSIerでは、ストックビジネスの拡大を目指す動きが広がり、SaaSは魅力的な商材となっている。ただ、販売店契約を結んだからといって、パートナーがそのサービスを積極的に販売するとは限らず、間接販売の難しさを感じているSaaSベンダーも少なくないだろう。そんな中で、国内大手のラクスは本格的に地方での展開を強化している。ラクスと、そのパートナー2社の実践から、SaaSベンダーの地方展開について考える。
(取材・文/藤岡 堯)
広告宣伝と現地での支援 両輪で攻勢をかける
「楽楽シリーズにおいては、戦略の柱の一つとして、地方攻略を大々的に掲げている」。上級執行役員の吉岡耕児・楽楽クラウド事業本部長はこう語る。一般的に、地方ではSaaSの浸透はこれからとみるベンダーが多い。もちろんラクスもその例外ではないが、吉岡上級執行役員は「『楽楽精算』や『楽楽明細』といったサービス名の認知はかなり得られている」と話す。ラクスによる調査では、同社のサービスは地方でも高い認知度があり、テレビCMをはじめとした積極的な広告宣伝が功を奏しているようだ。
ラクス
吉岡耕児 上級執行役員
ただ、吉岡上級執行役員は「こうした認知の一方で、自分たちの経費精算や請求書発行などにおける課題の解決手段として、サービスが結びつかないケースがあり、それが都市部と地方の違いになっている」と分析する。あくまで名前は知られているものの、そのサービスが、業務改善や省人化といった経営課題の解決に役立つものとして認識されていないということだ。加えて、規模が小さい企業では、紙や「Excel」であっても人力でどうにか対応できてしまうほか、業務担当者の年齢層が高く、現状のワークフローを変えることへの抵抗感、サービス導入によって自分の仕事が失われてしまう不安など、心情面でのハードルもあるという。
ただ、労働力不足がより深刻となる中で、業務のスリム化、非属人化は大きな課題であることは地方も同じだ。生産性の向上や属人性の低い業務フローの構築においてSaaSの有効性は高く、そう遠くない未来に地方でも本格的な普及段階に移行するとみている。
そこで重要な役割を果たすのが各地のパートナーである。普段から顧客企業に寄り添って活動しているパートナーが、顧客の課題解消につながる存在としてラクスのサービスを紹介すれば、顧客との距離は飛躍的に近づく。サービス自体はすでに知られていることが多いため、パートナーからの“ひと押し”によって、商談が生まれやすくなるという。
今春、ラクスは地方パートナーの開拓に向けた専門チームを新設し、全国各地で働き掛けを強化している。特に、いわゆる“ローカルキング”に位置付けられるパートナーとの関係構築は目下の注力事項となる。パートナーにとってもSaaSは扱い慣れていない商材であるため、ラクスが主体となって営業担当者への講習会やトレーニングなどを実施して、ノウハウの共有を進めている。顧客への営業にラクスのスタッフが同行し、実際に製品説明を行うことも少なくない。吉岡上級執行役員は「パートナーの皆さんには『本当に売れるのか』『紹介して収益になるのか』『製品を理解するのが大変なのでは』といった不安もある。そこに過去の実績や当社のサポート体制を示すことで、安心して動いてもらえる環境をつくりたい」とする。
パートナーとの関係をより深める観点から、地方での拠点開設も重視している。大阪や名古屋、福岡、札幌といった主要都市以外にも、広島、静岡、新潟に営業所を置き、仙台への進出も決定している。地域に拠点を置くことで、よりパートナーや顧客に密着し、地域に根づいた活動が可能になる。吉岡上級執行役員が、「パートナーからは歓迎されており、『仲間』だと思っていただけている」と述べるように、拠点の設置は地方展開への本気度を伝える意義もある。
楽楽シリーズの都市部と地方での新規契約件数の比率は、おおむね8:2から7:3となっているが、2027年3月期から始まる次期の中期経営計画期間内に、地方を4割程度にまで引き上げたい考えだ。吉岡上級執行役員は「地方でも熱は高まっている感覚がある。私たちの戦略、手法の横展開も徐々に進んでおり、実績も上がりつつある」と話す。同社は今後、テレビCMなどの広告宣伝による認知拡大施策と、現地拠点を活用したパートナー支援の密度向上を両輪として、地方市場での存在感を高めていく方針だ。
TOKAIコミュニケーションズ
ドアノックツールに活用
静岡市に本社を置くTOKAIコミュニケーションズでは、経費精算の楽楽精算、電子請求書発行の楽楽明細を中心にラクス製品を扱っている。
TOKAI コミュニケーションズ
高山裕史 課長
自社の戦略としてストックビジネスの伸長を掲げる中で、なぜラクス製品を選んだのか。法人営業本部中日本事業部営業二部営業二課の高山裕史課長は「支援体制の手厚さが大きい」と説明する。市場分析情報の提供やリードの獲得支援、提案資料の作成、打ち合わせへの同席など多岐にわたり、「ここまでするベンダーは少ない。後方から支えてもらうことで、非常に取り扱いやすい印象を受けている」(高山氏)と評価する。
顧客接点の拡大の点でも楽楽シリーズへの期待は大きい。SIerが相対している顧客の担当者はIT部門が中心であるが、バックオフィス領域のSaaSである楽楽シリーズの場合、商談の相手は経理や間接部門になることが多い。高山氏は「そういう部門へのパスをつくり、クロスセルを図ろうという(自社の)営業方針にも合致した」と語り、楽楽シリーズをきっかけに、会計や人事給与といったバックオフィス系パッケージなど他商材への展開につなげたいとする。
顧客接点を広げる先はバックオフィス領域だけではない。TOKAIコミュニケーションズは「Amazon Web Services」(AWS)のプレミアティアサービスパートナーとして認定されているほか、昔からネットワーク構築に強みがある。SI、クラウド、ネットワーク、そしてそれらを組み合わせたソリューションを提案していく上で、SaaSは顧客との関係を生み出すドアノックツールにもなるようだ。
さらに、顧客の課題解決を支援するソリューション営業の観点からもSaaS製品には価値がある。日々の営業活動の中で、顧客から寄せられた悩みにすぐに答えられる手段の引き出しとして、SaaSは機能する。
TOKAI コミュニケーションズ
良知一彦 部長
紙やExcelに頼りがちな小規模な企業のSaaSへの意識はどうだろうか。同事業部営業四部の良知一彦・部長は「(業務課題に対して)どうしていいか分からないとか、社内で検討の声が上がってなかったという企業もまだまだ多い」とする。ただ、一部では認知度の高さなどを背景にラクス製品を取り入れている企業もあり、企業間の横のつながりで使用感を耳にし、導入への心理的ハードルが下がる例もあるという。
本格的な販売活動は始まったばかりだが、ラクスとは良好な関係が構築できているという。高山氏は「経理部門などへのパスがないといった弱点を克服し、取り扱いが増えていけば、さらに(協業の)相乗効果が生まれるのではないか」とみる。
BSNアイネット
接点薄いエリアを開拓
新潟放送などを擁するBSNメディアホールディングス傘下のBSNアイネットが、ラクス製品に注目した背景には、ストックビジネスの強化に加えて、新潟県内でも従来接点の薄かった長岡エリア開拓への期待がある。同社執行役員の熊倉克久・産業ビジネス事業部事業部長は、長岡エリアについて「小規模な事業者が多く、当社が主に手掛ける販売管理や生産管理のビジネスでは価格帯が合わないことが多かった」とし、比較的手頃な価格でアプローチできるSaaSを通じて掘り起こしを進める考えだ。
BSNアイネット
中村和樹氏
BSNアイネットが扱うのは楽楽明細だ。郵便コストの高騰や人手不足から電子請求書へのニーズが見込めたことに加え、基幹系システムと請求書は比較的近い領域であり、「近しいサービスのほうが営業も売りやすい」(熊倉執行役員)ため、既存の営業ノウハウを生かせる。楽楽明細を起点に、別のサービスの提案も図りたいという。
ラクスが新潟に営業所を開設した点も、取り扱いを始める重要な要因となった。BSNアイネット長岡支社営業担当の中村和樹氏は、ラクスとの協力体制について「月1度のミーティングや、およそ2週間に1度の同行訪問を実施している」と語る。近くに拠点があることでより親密な関係構築につながっているようだ。熊倉執行役員も「拠点が地元にあることでより近い存在に感じられ、強みとなっている。導入後のサポート体制も充実している。責任を持って取り組んでくれると、われわれとしても非常に助かり、売りやすい」と話す。
実際の営業活動では、試行錯誤を重ねながら改善を図っている。例えば、「初めは、情報システム部宛てにアポイントメントを取り付けていたが、経理の詳細な話ができず、途中から経理部門へ切り替えた」(中村氏)。また、「架電でのコンタクト率の低さや、断られる理由を聞けずに電話を切られたことが多く、改善につなげにくかった」(同)との課題に対しては、訪問営業を増加させることで対応。着実に商談化件数を伸ばしている。
新潟の地域性として、新しい製品の導入には慎重な面があり「使ってみたいが、他の会社ではちゃんと動いているのか」といった声も聞こえてくるという。ただ、ラクスの広告宣伝による露出の多さに加え、糸魚川市出身のタレントの横澤夏子氏がCMに出演していることで県内での認知が高く、商談の追い風になっているという。
現状の営業活動は長岡中心だが、実績を踏まえ、段階的により広域で取り組んでいきたいとしている。