連日酷暑が続き、9月以降も全国的に平年より高い気温が予想されている。屋外や高温環境下での作業において、初期症状の放置や対応の遅れが原因で熱中症が重篤化するケースが多く発生。厚生労働省は6月、職場における熱中症対策を義務化し、企業に対して具体的な対策を求めている。これを受け、ITを活用した熱中症対策製品が続々登場している。別の用途から熱中症用に転用したり、作業者の負荷が少ないデバイスを提供したりといった、特徴的な猛暑対策ITソリューションを紹介する。
(取材・文/堀 茜)
SCSK
工場の見える化製品を熱中症対策に転用
SCSKは、工場内の見える化を実現するIoTソリューション「CollaboView」を、熱中症対策に活用できる製品として拡販に力を入れている。CollaboViewは、センサーから集めたデータを可視化したり、AIで分析したりする工場内の見える化ソリューションだ。
熱中症対策の義務化に先行して、2022年に溶接現場での有毒ガスの測定が義務化された際、ガスの測定に応用した事例があった。厚労省の熱中症対策義務化によるニーズの高まりを受け、センサーを変えれば暑さにも対応できるとして、暑さ指数(WBGT、湿球黒球温度)を測定する環境モニタリング製品に転用。25年から熱中症対策用途での訴求を強化している。
SCSK
白川正人 本部長
同製品は、工場内の機械の振動を検知し、適切な時期にメンテナンスができるようにする「予知保全」としての活用が多い。まだ使える機器でも、一定期間が経過したら念のため交換する「予防保守」と比較し、交換時期の最適化により最大でコストを80%削減できる点が評価されている。ITインフラサービス事業グループクラウドサービス事業本部の白川正人・本部長は、「費用対効果が高い予知保全で導入した企業に対し、同じシステムで熱中症対策ができるとアップセルするのが中心になっている」と現状を説明する。
強みとして、子会社のSkeedが開発しているネットワークプロトコルの搭載を挙げる。この技術では、ネットワークにつながる機器を自律的なノードとして相互に接続することでオーバーレイネットワークを構成する。センサーを設置するだけで、設定なしでネットワークにつながるため、ITに詳しい人材がいない環境でも使いやすくなっている。
導入事例として、山形県米沢市で有機ELデバイスの開発製造をするソアーは、工場内で全面的にCollaboViewを導入している。人感センサーで立ち入り禁止エリアを監視したり、傾斜センサーで転倒を検知したりといった幅広い領域で活用する中で、温湿度センサーによる熱中症対策も実施。同事業本部Skeedビジネス推進部の大槻泰夫・部長は、「対応できるセンサーによって多様なデータが取れるので、働く人の危険度を管理することも含めて、適切な提案ができる」とアピールする。工場がオートメーション化されていて、クリーンルームなどがある比較的規模の大きい工場などを顧客として想定。人の配置がまばらだと、人が倒れていても気づかないという事故が起こりうるため、安全衛生管理用途として提案していく考えだ。
SCSK
大槻泰夫 部長
同社は、個人の脈拍などバイタル情報を計測するデバイスを開発中で、環境モニタリングに個人データを掛け合わせて、AIで相関分析をフィードバックする方向でさらなる開発を進めている。またSIerとしての強みを生かし、ITとOTのネットワークの接続や、セキュリティーを包括的に提案するコンサルティングサービスも実施している。
販売について、現状は直販が8割、間接販売が2割だが「これを逆転させていきたい」(大槻部長)との方針だ。工場内でネットワークやセンサーの設置にあたり高所作業などができる業者を販売代理店に想定。全国各地で電気工事ができるネットワークを持つ企業と協業を進めており、代理店経由の事業を拡大していく考えだ。白川本部長は「熱中症対策をきっかけに当社のソリューションを知ってもらい、工場全体の安全管理や、リスク回避などデータを活用していくビジネスにつなげていきたい」と展望する。
ポーラメディカル
化粧品販売で培った顔解析技術でリスクを判定
異業種から新規事業として熱中症対策ソリューションを提供しているのが、化粧品の研究開発や生産を行うポーラ化成工業の社内ベンチャーであるポーラメディカルだ。顔解析AIにより、数秒で熱中症リスクを判定する「カオカラ」を提供している。
カオカラは、専用タブレットで作業者の顔を撮影し、顔色、表情、発汗といった要素を専用に学習したAIで判定。端末設置場所の環境のWBGT情報を統合し、熱中症リスクを4段階で表示する。その情報をクラウドで管理するため、ヘルスケア関連のITソリューションを開発しているDUMSCOと協業している。
ポーラメディカル
池島俊季氏
ポーラ化成工業では、百貨店などで化粧品を販売する際、顧客の肌を分析し最適な商品を提案するサービスを40年ほど行ってきたことから、顔を解析する研究ノウハウを持っていた。ポーラメディカル経営企画部の池島俊季氏は「強みを生かして美容以外の新規事業に取り組みたい」と製品開発を行い、猛暑が続く中で需要が拡大している熱中症対策製品のリリースにつながったという。熱中症リスクの難しさは、「人によってなりやすさが違う点と、自分の状態を周囲に伝えにくい点だ」(池島氏)として、これらを解決する製品として24年から提供している。
顔色の変化や疲労感を含めた表情をAIで判定するが、事前の顔の登録が不要な簡便性が強みの一つ。判定と一緒に、具体的な対応のメッセージも表示される。デバイス1台を導入すれば100人規模の現場で対応できる。腕時計型などのウェアブルデバイスと異なり作業者が身に着ける必要がないため、管理しやすくコスト面でも優位性がある。1日に2~3回の利用を推奨し、リスクが高いと判断された人がいれば管理者にメールで通知されるようになっている。池島氏は「国の施策によって、今まで対策をしていなかった企業の意識が変わった。何か対応をしなければという危機感が高まっている」と語り、引き合いは増えている。
屋外作業がある建設、土木や、製造業の中でも製鉄や化学など熱が発生する工場、食品加工の現場などで導入が進んでいる。また、学校などでは25年から実証が始まり、導入実績も出ている。同社では、企業向けと教育現場向けに代理店経由で販売を拡大する方針で、両業界向けの一次代理店2社が販売を担い、二次代理店経由の販売も広がっている。
タブレットの買い切りや期間限定のレンタルなど顧客のニーズに合わせて展開し、クラウド利用料は無料としている点もコスト効果が高いと好評だという。現状で販売を進めている業界に加えて、物流や介護など高齢者向けに強い販売パートナーも開拓していきたい考えで、池島氏は「暑熱対策の市場が徐々に成熟していく中で、パートナー経由で製品の優位性を伝えていただき、より広めていきたい」と話している。
村田製作所
ヘルメットに取り付けて作業者の負担を軽減
村田製作所は、作業者がかぶるヘルメットに装着するセンサーで熱中症リスクを判定できる「作業者安全モニタリングシステム」を提供している。作業者の脈拍や周辺気温からアラートを出して熱中症の未然予防を支援する製品で、20年の提供開始以来、建設土木、製造業、物流などを中心に100社以上で採用されている。
開発のきっかけは、取引先のゼネコン企業から、猛暑で夏場の作業が危険になっているため、リスク対策ツールはないかと相談を受けたことだった。開発にあたり重視したのは、作業者の普段の行動を変えずに、健康管理の見守りができるようにする点。わざわざ装着する必要があるものだと忘れてしまうことがあるため、安全リスクが高い業種では必ずかぶるヘルメットに小型デバイスを外付けし、かぶるとスイッチが入り、脱ぐとオフになる仕様を採用した。デバイスを省電力で設計し、2~3週間は充電不要で使えるようになっている。
周囲の環境、脈拍、活動量を計測し総合的に判断する独自のパラメーターを「熱ストレス」として、管理者が設定した値を超えるとアラートを出す仕組みで、現場監督者や事務所スタッフが作業者の安全を遠隔から確認できる。オプションとして心拍センサーを連携する機能もあり、データを常時クラウドに取得しているので、管理レポートの作成も可能だ。
村田製作所
北居正弘 シニアマネージャー
通信・センサ事業本部IoT事業統括部IoT事業推進部商品技術2課の北居正弘・シニアマネージャーは、「現場の安全管理として取り入れたいというニーズに対応している」と説明する。利用台数は、昨夏と比較して2倍以上に伸びており、問い合わせ件数も昨年比3倍。「(熱中症対策の)義務化による反響は大きい」と実感しているという。
導入した企業からの反響として多いのが、アラートの件数や内容が妥当だという声だ。アラート1回目で水分休憩、1時間以内に2回目が鳴るとクーリングシェルターで休憩する、といった運用をする企業が多いという。北居シニアマネージャーは「アラートが鳴り過ぎると、作業が止まり生産性が落ちてしまう。WBGTと個人のデータを組み合わせてリスクを判定するので、適切なアラートを出せる」とアピール。導入規模は幅広く、数台で試して全社に展開するケースもある。
熱中症対策の熱ストレス検知機能からスタートした製品だが、顧客の要望に合わせて機能拡張し、転倒や落下の検知などにも対応。25年は新たに重機と作業員の接近検知機能も追加した。暑い時期は熱中症対策のニーズが高いが、一人作業の安全管理にも使える製品のため、通年での利用も推奨している。北居シニアマネージャーは「労働環境の質を上げるため、安全管理のトータルソリューションとして訴求したい」と展望する。
村田製作所
森山寛章氏
販売は、指定代理店3社による間接販売の体制を取る。メインの顧客である建設業界では、買い取りではなくレンタルしたいという需要が高く、パートナーを通じてレンタルするケースが多い。営業本部日本営業統括部営業1部販売3課の森山寛章氏は「顧客のニーズをパートナーから聞くこともあり、機能提案も含めて柔軟に対応してもらっている」と現状を説明。パートナーの拡大については現在計画はないが、「当社製品との相性の良さなどを考慮し、お話があれば検討したい」としている。