NECパーソナルコンピュータ(NECPC)がPCの法人向け販売に本腰を入れている。これまでNEC本体が担ってきた販売機能が4月までに移管されたためだ。社内に法人事業の営業チームを新たに結成してパートナー戦略の強化を図るとともに、国内での製造・修理体制を生かし、国内市場に最適化した製品とサービスでシェア拡大を目指す。NECレノボ・ジャパングループ入りなど、曲折を経て歴史を紡ぐNECブランドPC。今回は単なる体制変更ではなく、顧客との関係性を構築し直し、市場に根差したブランド価値を再定義する機会になりそうだ。
(取材・文/春菜孝明)
バージョン「3.0」を標榜 一気通貫体制を構築へ
「NEC PC3.0」 7月30日の事業戦略説明会でNECPCは、体制変更を新たなスタートととらえ、こう表現した。同社による法人向け新製品発表会も初めて開催し、法人事業への注力を印象付けた。
NECブランドPCのバージョン「1.0」は1979年、NECが「PC-8001」を発売したことに始まる。2000年前後からの競争激化を経て、11年にNECと中国Lenovo(レノボ)が合弁会社「Lenovo NEC Holdings」を設立。傘下にNECPCとレノボ・ジャパンが入った。NECPCは、NECパーソナルプロダクツのPC事業部門が分社化したかたちだった。このタイミングが「2.0」だったというのがNECPCの認識だ。
「3.0」で目指すのは、売上台数やシェアの向上だ。企業活動であれば当たり前とも言えることだが、あえて打ち出したのは、これまでの組織体制が背景にある。
従来、NECPCはNECブランドPCの製造を担う一方、法人向けの販売はNEC本体が手掛けていた。ただ、近年のNECはハードウェアを主体にしたかつてのビジネスモデルから離れ、ソリューション事業へのシフトを鮮明にしている。20年頃からはDX事業を本格化させ、24年には「価値創造モデル」と位置付ける「BluStellar(ブルーステラ)」を発表している。つまり、NECのポートフォリオにおけるPCの存在感は日に日に薄まっている事実がある。
飯田陽一郎 執行役員
また、NEC本体とNECPCの2社に分かれたことで、「情報の連携などに壁があった」と、NECPC執行役員の飯田陽一郎・コマーシャル営業推進本部長は振り返る。NEC出身者が社内にいてカルチャーは共有されていたものの、別会社のため方針やKPIは異なり、「ずっともどかしく感じていた」と明かす。こうした複合的な要因もあり、法人向けPC市場でシェアを下落させていたと、飯田執行役員は認める。
その流れの中で、24年10月に両社が販売機能の移管を発表した。▽経営資源の一体化による競争力のある製品開発▽販売パートナーと連携した迅速なカスタマーケアの提供をはじめとする、トータルバリューの向上─などの方針を掲げた。25年3月末までに移管を完了しており、4月に新体制を始動している。
販売機能をNECPCに統合することで製造と販売が一気通貫になり、ユーザーに製品が届くまでの流れがシンプルになった。新体制後の滑り出しについて、檜山太郎社長は会見で「市場の成長よりも、われわれのほうが高い数字を出している」と手応えを語った。
檜山太郎 社長
NECPCでは個人向けのPC事業も手掛けており、今回の機能移管で46年の歴史があるNECブランドPCを名実ともに一手に担う立場となった。ブランドの継承にとどまらず、製造と販売の一体化による新たな価値の創造が求められる局面に突入したのである。
国内製造・修理を前面 レノボとは補完関係
売上追求に向けて2本柱で事業の方向性を定める。一つめは「当たり前の徹底」だ。前述の通りNECPC側に販売機能がなかったことで「PC事業としてはやるべき当たり前が、難しかったりできなかったりすることもあった」(飯田執行役員)との反省から、営業とマーケティングの体制の確立を図る。
会見で打ち出した「顔の見える営業体制」を実行するように8月から全国行脚を始めた。各地の販売パートナーに製品を紹介し、改善ポイントなどのフィードバックを得ている。NECから引き継いだパートナーとは「一社一社と向き合い、関係性をより深めていくことが最優先」と方針を示している。ほかにも展示会への出展など取り組みを多様化。デジタルに移行していたカタログの紙発行を復活させるなど独自性を持たせている。
こうした取り組みは市場優位性の確立につながるとみる。飯田執行役員は「製品を企画する責任者がお客様と直接会うという(他のメーカーとの)行動の違いから、本当にお客様が必要としている製品を世に出したい」と意気込む。適正価格の追求も掲げ、戦略案件への投資を加速させている。
二つめは「ブランド再強化」だ。特に、製造や修理といった中枢拠点を国内に持つことを前面に押し出す。
山形県の米沢事業場には、同社が品質関連部門と呼ぶ設計、部品、製造、品質保証の4機能が集中する。同社資料では発注から納品までの最短納期は3日とし、5~7日とする他社より早期の対応を強調する。修理拠点の群馬事業場の存在によって「100%国内修理」もアピールする。飯田執行役員は「商品企画から開発、調達、製造、サプライチェーン、販売、アフターサポートの全ての機能が日本の中にあり、われわれは日本市場だけを見ている」と強調する。
市場戦略でも国内特有のニーズを意識する。産業別では自治体や教育、医療など、日本特有の業務環境や運用スタイルが求められる分野へのアプローチを図る。例えば医療関係では、従事者がカートに載せて移動する端末など現場の使い方に即した構成を用意する。ハードだけでなく、サービスやサポートも含めた業界特化型の組み合わせを複数設計し、順次展開する方針だ。
森部浩至 本部長
グループであるレノボとのすみ分けについてどう捉えているか。飯田執行役員は「お客様から期待されているところが違う」と説明する。NECPCでは国内ニーズへの最適化が念頭にある一方、レノボはグローバル水準のスタンダードを提供し、補完関係にあると解説する。開発を担う森部浩至・商品企画本部長は「個人向けのユーザー調査では顧客特性が異なる」と明かし、「お互い切磋琢磨して高め合う、良きライバル」と表現する。
法人向けのシェアの復活は以前のユーザーがかぎを握るとみており、飯田執行役員は「使っていただいた理由があると思う。もう一度向き合いたい」と力を込める。「国内で(PC事業を)完結する事業者は少なく、すでに差別化できている部分がある」とも語り、自信を見せた。数値目標は明らかにしなかったが、「市場で存在感のあるところまで持っていきたい」と展望した。
長時間バッテリーで先行 AI機能は「アイデア勝負」
法人向けPCはデスクトップ型の「Mate」やノート型の「VersaPro」をラインアップに有し、商品企画では特定の性能に優れた「尖ったPC」づくりを進めている。実際、7月に発表した「VersaPro UltraLite タイプVY」は、「Windows 11」を搭載する重量1キログラム未満の法人向けPCにおいて、世界最長のバッテリー駆動時間を実現したという。コロナ禍以降、アプリケーションのリッチ化やリモート会議ツールによってCPUとメモリーを激しく消費するようになった課題に応えたかたちだ。
バッテリーへのアプローチは、「AI PC」という潮流を見据えた戦略でもある。AIが発展すると、今以上にコンピューティングパワーを使用するようになり、稼働時間がスペックの中で最も重要になると予想しているからだ。NPUに基づく性能は「他社と横並び」(森部本部長)だが、バッテリーの持続性能の追求は他社に先駆けるべきとの意見が社内にあったそうだ。独自ファン制御やAIによる制御も行い、省電力設計に磨きをかけている。
AI機能は「アイデア勝負」だとし、「今は手動で行っているちょっとしたことなど、生産性の改善に通じるところをAIによってどんどん実現したい」と腰を据える。現時点では「Copilot+ PC」のAI機能に加え、音響抑制やノイズキャンセルといったミーティング補助ツール、サポートボットアプリなど独自のAI機能を搭載。NECの生成AI「cotomi」の実装も検討している。
機能開発でも国内アセットを生かす。米沢事業場では情報のフィルター処理技術を開発している。例えば対話型生成AIに住所などを打ち込む場合、文脈によって不要ならば匿名化し、個人情報をローカル環境にとどめることができる機能になる。製品への搭載も遠くない未来に実現できる見通しだ。
個人向けではこれまでも顧客との対話を通じ、マーケットシェアの維持や市場を開拓する製品づくりができていたとする。これからは法人向けも同様に攻めの姿勢に転じる。森部本部長はその中身を「ワクワクするような商品」と表し、「自社の社員が使いたいと思えるものを、お客様に自信を持ってお届けしたい」と語った。