ノーコード/ローコードで生成AIを使ったアプリケーション開発ができるツールとして「Dify(ディフィ)」が注目を集めている。オープンソースから広まり、国内では関連書籍も多数出版されるなど広がりを見せる中、開発している米スタートアップが日本法人を設立。国内の大手SIerが続々と販売を手掛けるなど、普及に向けて弾みが付いている。生成AIのビジネス活用のハードルを大きく下げると期待される新ツールを巡る動きを紹介する。
(取材・文/堀 茜)
米LangGenius
非エンジニアでも直感的に開発 パートナー経由で広める
Difyは、非エンジニアでも高速に生成AIアプリケーションを構築・運用できるプラットフォームとして、米国と日本で急速に広がっている。UIが使いやすく、アイデアをノーコード/ローコードでアプリケーションのかたちにできる点が支持されている。
開発・提供している米LangGenius(ラングジーニアス)は2023年にサンフランシスコで設立。2カ所目の拠点として25年2月、日本法人を東京に設立した。無償で一定の機能を利用できるソフトウェアとしてOSS版の利用が拡大したが、他国に比べて日本はDifyへの注目度が高く、ビジネス成長のチャンスが大きいと判断し、日本に拠点を設けたという。
Difyの利用目的では社内ナレッジの活用が多く、RAG(検索拡張生成)を使ったFAQを構築したり、単純な繰り返し作業のワークフローを実装し承認フローを自動化したりといった用途で用いられている。まずは限定的な業務で試してみるといったスモールスタートのケースが多いという。また、エージェント機能を通じて、自然言語で指示を受け取り、複数のツールやAPIを組み合わせて処理を実施し、レポートの生成や問い合わせ処理などが行える。いずれの場合でも、アプリケーションの開発工程は直感的な操作のみで進められるとする。利用できる大規模言語モデル(LLM)の種類が多く、ユーザー企業が既に契約しているLLMを使ってアプリケーションを構築できるのも優位性の一つになっている。
日本法人事業開発部の田口太一・マネージャーは「Difyは、アプリケーションをつくってみて、使った効果を検証しフィードバックから修正するというPDCAが実現できる」と強調。無償版で使いやすさなど価値を体感した顧客の間で、商用サポートが付く有償版を使いたいというニーズにつながっている。日本で提供しているのはSaaS版とセルフホスト版の2種類。SaaS版は「Amazon Web Services(AWS)」の米国リージョン上にサービスを構築しているため、データを国内に置きたい、プライベート環境で構築したいという顧客向けにはセルフホスト版を提供している。
米LangGenius 日本法人
田口太一 マネージャー
有償の「Dify Enterprise」は、直販か販売代理店による間接販売、AWSと「Microsoft Azure」のマーケットプレイス経由で購入が可能だ。無償版との機能面での大きな違いの一つが、利用する際にワークスペースを無制限で構築し、部署ごとに利用が可能な点だ。アプリケーションの利用者やLLMのモデルをワークスペースごとに指定し管理できるほか、シングルサインオン機能でセキュリティーも強化されている。
Dify Enterpriseの再販パートナーは国内で7社。ライセンスの販売だけでなく、環境の構築から保守・運用まで手掛けるSIerが中心だ。同社の日本法人は立ち上がったばかりで社員4人と小規模。パートナー経由の販売で、日本企業にDifyをAI開発基盤として浸透させていくことを目指す。国内でDify Enterpriseを導入している企業は現状約40社。無償版を使っている企業に有償版を導入してもらうために販売パートナーと協力していく。「パートナーには、顧客のサポート、各社独自のサービス、保守・運用や技術支援など一気通貫で対応いただく役割を期待している」(田口マネージャー)。
パートナー企業に対しては、数あるAIツールの中でDifyは選択肢の一つだが、企業が一度基盤として採用すれば、保守・運用面でビジネスの幅が広がるのがメリットになると説明。製造業や公共などへフォーカスしていく。
同社は、国内でのDify活用を推進する目的で9月、「Dify協会」を立ち上げた。開発者、ユーザー、パートナー企業が共創する場として10月には設立を記念する初のイベントを都内で開催し、ユーザー企業が活用事例を発表するなどした。今後も協会を情報交換の場として活用してもらい、企業の生成AI活用を盛り上げていく考えだ。
NTTデータ
生成AIの民主化へ 小規模でも導入可能
NTTデータは、「Dify Enterprise」をSaaS化したソリューション「つなぎAI Powerd by Dify」を25年5月から提供している。Difyの使い勝手の良さを生かしつつ、日本企業が使う際に重視するデータセキュリティーを担保し、導入までのスピードを早めることで、生成AI導入のハードルを下げ民主化を推進する製品として販売に注力している。
つなぎAIは、NTTデータが運用するAWS環境に構築しており、顧客が独自にDify用のクラウド環境を構築しなくて済むため、最短10営業日で利用を開始できる。インフラはAWSの東京リージョンで、NTTデータのセキュリティーポリシーに沿って運用する。もう一つの特徴が、顧客がつくるアプリケーション単位で権限設定ができる点だ。Dify Enterpriseは、利用部署などのワークスペース単位での権限設定が可能だが、つなぎAIは独自の改修を加えることでより細かく管理し、内部統制が利くようにしている。
NTTデータ
林 倫太郎 課長
提供開始以来、顧客の反響は大きく、引き合いは200社以上からあり、3カ月のPoCプランからスタートし年間契約につながるケースも多い。社会基盤ソリューション事業本部ソーシャルイノベーション事業部アセットビジネス統括部アセットビジネス担当の林倫太郎・課長は「AIのソリューションは移り変わりが早いが、導入までの期間を圧縮することで、まず触ってみることが可能になっている。SaaSなので保守・運用を当社がすべて引き受け、気軽に使っていただけており、セキュリティー面でも選ばれている」と説明する。
60ユーザーで年間料金約1000万円のアドバンストプランに加え、12月には小規模から導入したいというニーズに対応し、10ユーザーで年間約100万円から使えるベーシックプランを新たに投入した。生成AIの導入はROI(投資対効果)がみえにくく、成果を得るにはどの程度の投資が必要かの判断が付かないという理由で導入に二の足を踏むケースは少なくないが、「現場が導入したいと考えた時に、比較的簡単に決済ができる価格帯のプランが必要だと考えた」(林課長)。生成AI導入の価値を体感してもらい、小さな成功を積み上げる一歩としてベーシックプランを勧めており、顧客の関心は高いという。
同社はRPAツール「WinActor」を提供しており、国内で約3000社が導入しているが、つなぎAIのベーシックプランは、約350社あるWinActorの特約店から注目されているという。価格や使い勝手も含めて手軽に使えるAIソリューションとして関心が高く、つなぎAIを取り扱いたいという問い合わせは多く寄せられている。同社は間接販売の比率を高めたい方針で、グループの地域会社や特約店などの代理店経由で広めていきたい考えだ。
同社では、WinActorとつなぎAIを組み合わせて利用することも推奨している。定型業務に強いRPAと非定型業務をフロー化できる生成AIの特徴をそれぞれ生かし、業務全体の効率化につなげたい考えで、顧客の中に試行をすすめている企業もある。林課長は「ユーザーコミュニティーの盛り上がりも含めて、DifyはWinActorのように日本で広がっていく可能性があるソリューションだ」と期待を寄せる。
同社は27年までにつなぎAIで導入社数600社、累計40億円の売上高を目指す。林課長は「Difyを使った生成AIの現場導入は価値が見えやすいのが大きな特徴で、日本企業の業務効率化に大きな価値を提供できる」と力を込める。
伊藤忠テクノソリューションズ
開発の内製化を推進 業務可視化の一助に
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は10月、ラングジーニアスと販売代理店契約を締結し、Dify Enterpriseの再販を開始した。ライセンスの販売と合わせて、運用環境の構築や保守サービスも提供している。
生成AIを使った業務アプリケーションの開発を請け負う際には、顧客の業務を理解し、どこにAIを組み込めば業務課題を解決できるかヒアリングする必要がある。Difyを活用することで、顧客自身がアイデアをAIアプリケーションとしてかたちにできるようになり、開発の大幅なスピードアップが可能になる。Difyの利用によって、顧客がAI導入のROIを明確化しやすくなるのもメリットの一つだという。Difyは、流れがある程度決まっている業務フローの自動化に適しているソリューションで、何にAIを適用すると効果的か顧客に理解されやすいため、ROIを算出しやすくなる。
CTC
藤澤好民 部長
デジタルサービス開発本部AI・先端技術部の藤澤好民・部長は「Difyによって、AIエージェントの開発を一定レベルで内製化できるようになる」と意義を説明する。AIエージェントの導入では、業務を切り分けてそれぞれに対応するエージェントを開発していくが、すべてをSIerが開発すると、コスト、リソース、スピードのいずれも顧客のニーズに対応しきれなくなってしまうため、比較的難易度の低いアプリケーションは顧客自身がDifyで開発し、難易度の高い開発はCTCが担当するといったすみ分けが進んでいくとみる。「シングルサインオンや多要素認証の強化など、企業が内製化ツールとして利用する際に必要な機能をエンタープライズ版で提供している」(同部の小山拓馬氏)。
CTC
小山拓馬 氏
Difyはクラウドやオンプレミスで環境を構築する必要がある。Dify EnterpriseはKubernetes上で動作するソリューションで、CTCではその管理を含め構築から運用まで一元的にサービスを提供。さらに、開発における伴走支援も提供価値の一つとしている。顧客がアプリケーションを開発し、実際の業務への適用後に共同でブラッシュアップしていくことで、より精度の高いAIエージェントに磨き込んでいくかたちで支援を行う。
Dify Enterpriseを提案する企業規模はユーザー数1000人以上を想定する。組織横断的に全社での利用を推奨し、そのために必須と考えるのが定着支援だ。Difyはプログラミングの知識がなくてもドラッグアンドドロップなどの簡単な操作で、チャットボットやコンテンツ生成、ワークフローの自動化など、多様なAIエージェントを開発できるが、全社で活用を広げるために「多くの人にとって開発に対する心理的ハードルはどうしてもあるので、そこを払拭するための支援を行っていきたい」(藤澤部長)と展望する。事業部門でAIエージェントの開発、利用を進める企業を中心に展開し、3年後に30億円の売り上げを目指す。