わが社は潰れてしまうのではないか……
──大変失礼な質問ですが、御社と兄弟会社の日立システムズが、これだけ短期間のあいだでグローバル化を進めるとは想像できませんでした。 佐久間 確かに当社が株式上場していた2010年頃までは、ほぼドメスティックな会社でしたからね。直近ではグループ再編も含めて北米5拠点、中国4拠点、英国、ドイツ、フランス、インド3拠点の世界で計15拠点を展開し、およそ500人のスタッフを擁するに至っています。日立システムズも合弁事業を通じて中国と同様の成長市場であるASEAN全域への拠点展開を進めていると聞いています。
忘れもしない2009年3月期、製造業としては負のレコードメーキングとなってしまった7800億円余りもの巨額赤字。「わが社はもう潰れてしまうのではないか……」と本気で思いました。当時の川村(隆・日立製作所社長)が総合電機の看板を下ろして、社会インフラに経営資源を集中させる戦略を打ち出し、その危機感と大号令の下で情報・通信システム社は、日立ソリューションズと日立システムズを両翼とするグループ大再編に踏み切りました。ある程度の規模にまとめないと、グローバル展開するだけのパワーを結集できませんので、この再編が今のグローバル事業の拡大につながっているわけです。
──確かに日立グループの情報・通信システム事業は、昨年度(2013年3月期)で1兆7000億円余り、2015年度には2兆1000億円を目標に掲げているわけですから、国内トップSIerのNTTデータよりも大きいですね。 佐久間 このなかにはストレージなどのハードウェアも入っていますので、NTTデータとの単純比較はできませんが、少なくともNTTデータもSAPという軸をもって、急ピッチで世界展開を進めています。
先ほど、私はそれぞれの国や地域で異なる業種・業務のノウハウ、商慣習に合わせた密着型で展開するべきと言いましたが、それはあくまでもアプリケーションやサービスの領域での話です。DynamicsやSAPといった基本となる部分は世界共通で展開するほうが有利だとみています。知名度もありますし、操作方法の講習一つ例にとっても、メジャーなグローバルERPなら各国・地域に講習スタッフは多いですし、講習なしでも操作できるという人も少なくないでしょう。ただし、その上で動くノウハウや商慣習は大きく異なるわけで、ここにSIerとしての付加価値を発揮する余地があります。
「お客さまの顔は見たくありません」
──事業再編やM&A(企業の合併と買収)によって、日立ソリューションズそのものの企業文化も大きく変わりそうですね。 佐久間 確かにグローバル化は、世界標準のプラットフォームと地域に根ざした業種・業務ノウハウやサービスの融合ですから、少なくとも数年前のドメスティックなSIerの業態に比べれば、今後、一段と変わることは避けられないでしょう。
ただ、ITとは、もともとこのように大きく変わるものなのです。私が日立に入社して間もない頃のメインフレーム「M-200シリーズ」の記憶容量はわずか16MBでしたからね。それが現在では、手のひらサイズのiPhoneのほうが、当時のメインフレームよりはるかに高性能になっている。リソースの多くをユーザーインターフェースに割いていることも、当時では考えられませんでした。正直、計算機屋からみれば、iPhoneの本当の意味での計算はCPUのわずかな部分を使っているに過ぎず、大半はユーザーが直感的に使えるよう、インターフェースやサービスにリソースを割いている。
──隔世の感がありますね。 佐久間 そういう日立のストレージでも、ハードウェアの競争ももちろんありますが、サービスに軸足が移って久しい。パワフルなITリソースが安く使えるようになった今、これまで取りこぼしていたデータをリアルタイムで分析し、人間の営みを解き明かすようになります。例えば、巨大プラントでは、徒弟制のもとで熟練した技術者が、ハンマーによる打診音や機械の振動などを聞き分けて設備の状況を把握してきたものを、コンピュータで分析できるようになります。目に見えない知見を分析し、より安全に設備を運用できるようにするのが日立らしいビッグデータのアプローチといえるでしょう。
──社会インフラを支えることが「日立らしさ」ということでしょうか。 佐久間 いろいろな表現があると思いますが、私自身、三十数年間の日立での仕事で、幾度となく顧客と衝突しました。原因はいろいろあって、双方に言い分はあります。「おまえの顔なんて、二度と見たくない!」「私だってお客さまの顔は見たくありません」などというやりとりは、どれだけの客とあったか数え切れないほどです。でも、これだけは胸を張って言えるのは、日立マンとしてどんなことがあっても与えられた仕事は最後までやり通してきたことです。仕事を通じての喜びはこの一点に尽きるからです。これからもIT業界は大きく変わるでしょうけれど、この一点だけは、今後、当社がどれだけグローバル化しても、何ら変わることはありません。
・FAVORITE TOOL モンブランのボールペン。米国の日立データシステムズの役員を退任するとき、「いっしょに働いていた仲間から記念にもらった」思い出のペンである。ペンの軸には音叉をかたどったクリップがついていて、机の端に触れると、澄んだ音が響く。少しイライラしたりしたときなどに、この音を聞くと気持ちが和らぐそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
よくも悪くも血反吐を吐くほど仕事をしてきた人だ──。佐久間嘉一郎社長の側近は、こう打ち明ける。顧客と真正面から向き合い、ときに衝突をしながらも、仕事を成し遂げてきた。この夏、学校の夏休みに合わせて、社員の家族に職場を開放したときだった。佐久間社長は、来社した子どもたちに「新幹線に乗って、安全に、時間通りに着くのは、君たちのお父さんやお母さんがつくりあげてきたシステムが支えているんだよ」と説いた。
日立ソリューションズは世界15拠点、直近の海外社員の人数はおよそ500人に増えた。日立製作所の情報・通信システム事業の2015年の海外売上比率は、昨年度の26%から35%に拡大する計画だ。同事業の一翼を担う日立ソリューションズの海外展開も一段と加速。2015年頃には海外社員数は倍増、売り上げは今の数倍に伸ばすことを視野に入れている。ただ、どれだけ変わっても多少無骨ではあるが、愚直なまでに仕事をやり通す「日立らしさは変わらない」と佐久間社長は断言する。(寶)
プロフィール
佐久間 嘉一郎
佐久間 嘉一郎(さくま かいちろう)
1954年、福島県生まれ。79年、東京大学大学院(理学系研究科)修了。同年、日立製作所入社。05年、産業・流通システム事業部長。07年、日立データシステムズソリューションズホールディング社シニアエグゼクティブバイスプレジデント。09年、日立製作所執行役常務システムソリューション部門CEO。13年4月、日立ソリューションズ社長に就任。
会社紹介
日立ソリューションズの昨年度(2013年3月期)の連結売上高は前年度比22%増の3344億円。日立グループの国内地域会社の統合や、海外事業の移管などで売り上げが大幅に伸びた。連結社員数は1万5000人余りで、海外拠点は北米や中国、欧州、インドに15拠点を展開。2015年には海外売上高比率を15%に高める目標を掲げる。