B2Bは2ケタ成長を継続
──IT産業全体が大きく成長する時代ではなくなったので、組織のあり方を変えなければならなかったということですね。 樋口 「自分たちはこのやり方で業績を上げている」という言い分が通用するのは過去の話です。法人ビジネスは、グループ全体の戦略に沿って、米本社の開発やサービス部隊とも連携しながら進めなければなりませんが、そういう姿勢もなかったし、人材もいなかった。ですから、いくら実績を残しても、コラボレーションできない人材は評価しないという企業風土に変えました。
──それが、2011年度、2012年度と連続して主要先進5か国で1位の業績につながっているということでしょうか。 樋口 そうですね。全社が「一つのチーム」という意識で、統一された戦略の下に動くことが大事で、それが今は実現できています。最初の頃は、経営環境も逆風にさらされていて、短期的には成果が上がらず、苦しい時期ではありました。ただ、組織改革をしないで3か月ごとの成果を追い求めても、長期的にみるとビジネスが破綻するリスクが大きくなります。社長就任から2年かけて現在の体制をつくりあげたことが、現在の成果につながっていると自負しています。
おかげさまで、法人ビジネスは2ケタ成長を続けています。今年のパートナーカンファレンスには、ヒューストンまで330人の日本のパートナー企業関係者が来てくれました。外資系企業の法人ビジネスは、それぞれの国で、本社からは見えない、理解できないことが必ずあります。場合によっては、現地法人が本社にもの申すくらいの力が求められます。日本マイクロソフトは、そういう意味でも、エンドユーザーやパートナーに評価していただける会社になったのだと思います。
──近年のマイクロソフトの事業展開として、端末の「Surface」を発売したことは非常に重要なトピックスですね。日本市場での反応はどう受け止めておられますか。 樋口 少なくとも日本では、市場に高く評価されていると認識しています。Officeのアプリケーションも使えますし、キーボード、マウスで操作でき、周辺機器もつなぐことができる。企業のIT部門にとっても管理しやすい端末です。このメリットは多くのお客様に理解していただいていて、iPadからの乗り換えを検討されている法人のお客様も非常に多いようです。法人向けの販売も開始しましたし、製品自体もこれからどんどんアップデートして改良していきます。ビジネスとしても、非常に楽しみですね。
──Windows Phoneについてはいかがですか。デバイスを強化するためには、スマートフォンは欠かせませんよね。ただ、他社に大きく遅れを取っており、挽回している印象もありません。 樋口 残念ながら、現時点でお伝えできることはありません。スマートフォンのビジネスにはさまざまな課題がありますが、クラウドとやりとりするデバイスとして、スマートフォンは必要。日本市場特有の問題を解決したうえで、その時が来たら一気に攻勢に出ます。
これからの10年のほうがずっと明るい
──マイクロソフトは、クラウドを中心として、サービスとデバイスに力を入れるために、四つのメガトレンド「ソーシャル」「ビッグデータ」「クラウド」「モバイル」を重視する戦略を打ち出しています。日本マイクロソフトとしては、どのような戦略を描いているのでしょうか。 樋口 どのベンダーも同じようなことを言っていますね(笑)。
日本のベンダーはどこも、B2Cでかなり苦戦していて、B2Bへのシフトが大きなトレンドになっています。その背景には、トレンドの移り変わりが速いコンシューマビジネスの難しさ、脆さがあると思っています。そして、B2Cのなかでも、据え置き型で使う製品よりも持ち歩く製品のビジネスはさらに脆い。デバイス事業はそれを理解しながら展開しなければなりません。
マイクロソフトの最大の強みは、B2Bで確固たる基盤があることです。Windowsで構築されたソフトウェア資産が世の中に広く受け入れられていて、クラウドでもそれを提供、サポートできている。これは、クラウド時代になってから頭角を現してきたベンダーにはない、大きなアドバンテージだと考えています。ハードウェアでは、メインフレームやUNIXからのダウンサイジングの流れがあり、ミドルウェアのグローバルスタンダード化の流れもあります。このあたりは、Windowsのプラットフォームで取り込んでいける、非常にポテンシャルのある分野です。まずは、この法人ビジネスをさらにソリッドにするのが最優先です。
この基盤をもとに、コンシューマビジネスにもチャレンジしていきます。マイクロソフトがコンシューマ向けのデバイスで先頭を走っているとはいえません。ただ、コンシューマといっても、会社員だったり、社会人になる準備をしている学生だったりするわけです。B2Bのノウハウを汲んだ付加価値を提供することで、正しくやれば、ロングランのビジネスでは勝てると思っています。市場が成熟してからのマイクロソフトは、しぶとくて強いですよ。
──日本のIT市場はシュリンクしているといわれて久しいですが、本当にそうなのでしょうか。 樋口 この10年ほど、企業のIT投資は抑えられてきたように思います。むしろIT投資が伸びるのはこれからではないでしょうか。業務の効率化という観点だけでなく、業績を伸ばすためのIT活用という考え方が浸透してきています。プロアクティブな分析に基づくITベースのマーケティングや、クラウドとスマートデバイスを活用した生産性の高い働き方などが一般化しつつあり、ITベンダーにとっては大きなビジネスチャンスといえるでしょう。これまでの10年よりも、これからの10年のほうが確実に明るくなると思っています。
とくに自民党政権になってから、ICTの利活用が積極的にいわれるようになりました。東京五輪の開催も決まり、IT投資も間違いなく増えます。単純に自社のビジネスを成長させるというだけでなく、日本の国力、競争力を向上させるためのITソリューションを提供していきたいですね。
<“KEY PERSON”の愛用品>32年間愛用しているBALLYの鞄 1981年から愛用しているBALLYの鞄は、奥様から結婚する前に贈られたもの。「その頃、彼女はまだ学生だったが、かなり高かったのでは」と考えて、大事に使ってきた。Surfaceの収納にぴったりだそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
今回のインタビューで、日本マイクロソフトの経営のことではなく、樋口社長自身のことで聞きたいことがあった。それは「次のキャリアをどう考えているか」だ。樋口社長は、新卒で松下電器産業に入社し、その後は複数の外資系IT企業でキャリアを積んできた人物だ。IT業界を離れて、ダイエーの立て直しに挑んだこともある。その後、マイクロソフトを選び、経営トップに就任して5年半が経った。今年11月で56歳。記者は、外からその野心溢れる思い切った移籍の様子をみてきて、次の道を考えている時期なのでは、と感じていた。
「キャリアプラン? これまでも流れに身を任せてきたから、そんなものはありません。ただ、ちょろちょろと移るのはよくないな、と。外資系の企業はプロ野球選手と同じで1年勝負。結果を出さなければ先がないけど、もう少しやりたい」。気負わずにこう答えてくれた。この5年半を振り返ると、「立て直しの2年、成長期の3年半」。第3ステージの幕開けといったところか。記者の勝手な想像は、現実にはならないように思える。(鈎)
プロフィール
樋口 泰行
樋口 泰行(ひぐち やすゆき)
1957年生まれ、兵庫県出身。80年、大阪大学工学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。91年、ハーバード大学経営大学院卒業。アップルコンピュータ(現・アップル)などを経て、97年、コンパックコンピュータ(現・日本ヒューレット・パッカード)に。2003年、代表取締役社長兼COO。05年、ダイエー代表取締役社長兼COO。07年3月、マイクロソフト(現・日本マイクロソフト)代表執行役兼COO。08年4月、代表執行役社長兼米マイクロソフトのコーポレートバイスプレジデントに就任した。
会社紹介
1986年設立で従業員は約2200人。支店は6地域に設置。2011年2月1日付で社名を「日本マイクロソフト」とした。業績は非公表だが、昨年度(2013年6月期)の法人向け売り上げは2ケタ成長。クラウドを中心とするサービスとデバイスに力を入れる考えで、デバイスでは自社端末「Surface」を発売。クラウドでは、時期は未定だが、東京と関西圏にデータセンターを設置することを発表したのが最近のトピックス。