会社は小規模でいい
──御社の従業員数は10人と小規模です。ビジネスを拡大するためには、人員確保が重要ですが、目標はあるのでしょうか。 倉貫 会社の規模を大きくしようとは、あまり考えていません。私は、小さな組織のほうがこれからの時代に合っていると考えています。大量に人材を採用して、大量に生産する高度成長期のビジネスは頭打ちで、海外の人件費が安いところで生産するビジネスが主流になってきています。日本は人口が減って、少子高齢化が進みますので、従来のような大量生産では生き残れません。この先、生き残る職業は、ゼロから1をつくるクリエイティブな仕事だと考えています。こうした仕事に従事する人のことを“ナレッジワーカー”といいますが、組織は大きくなくても、ナレッジワーカーは価値を生み出すことができます。画家や弁護士などが、大きな組織でないと価値を生み出せないのかというと、そうではありませんよね。ですから、会社を大きくする必要はないと思います。100人の会社はいらない。当社は10人の規模ですが、このくらいが限度だと思います。
──会社の規模ではないというのであれば、倉貫さんの目標は何なのでしょうか。 倉貫 私の目標は、「納品のない受託開発」をマーケットとして確立することです。今のシステム開発は、一括請負、派遣、もしくはユーザー企業がエンジニアを雇うという選択肢しかありません。ここに、新しい業態をつくりたいのです。エンジニアが、プログラマのままで、一生仕事をやっていけて、お客様とベンダーが対立するのではなく、共存共栄していけるIT業界にしたい。
八百屋はフランス料理屋にはなれない
──そのための手段の一つが、「納品のない受託開発」のビジネスモデルを実践する企業を募る「ソニックガーデンギルド」というわけですね。目標は、47都道府県に1社ずつ参加企業をつくることだそうですが、どんな企業に参加してほしいのですか。 倉貫 基本的に「ギルド」では、派遣や下請けの一括請負ビジネスをすることを禁じていますので、地方のIT企業は、これまでやってきた業態を変える必要があります。このことは、かなり覚悟がいることだと思います。ですので、現実感があるのは、新規に会社をつくることですね。実際、すでに、私が取締役を務める東京の企業が1社参加していて、問い合わせは西日本を中心に多数いただいています。
──「納品のない受託開発」は、ITベンダー、ユーザーともに、なじみがないビジネスモデルです。これまで下請けで一括請負や派遣のビジネスを手がけてきたITベンダーが、実践できるものなのでしょうか。 倉貫 「納品のない受託開発」について、ユーザーを理解させることが大変だから、自分たちにはできないというITベンダーは多いです。しかし、私は、できないのは、ベンダー側に新しい発想がないからだと思っています。ユーザーが変わらないと不満を口にするだけで、ユーザーがどう変わらなければいけないのか、どうすることがユーザーにとって最もいいのかという提案をしていない。人月以外の提案をしたことがあるのですか、と彼らに問いたいですね。
──つまり、従来の発想にとらわれていてはいけない、と。 倉貫 クラウドのビジネスと、パッケージのビジネスは違いますよね。それと同じくらい、「納品のない受託開発」と、これまでの受託開発は違います。クラウドの出現によって、パッケージビジネスが変わったように、受託開発のビジネスも変わらなければなりません。
従来のやり方を貫き通している大きな会社の経営者の方は、そのビジネスで何十年もやってこられたので、新しいことをするのは難しいのではないかとも思います。八百屋歴が長すぎて、フランス料理屋になれない。これが、魚屋を始めるというのなら、商材が変わるだけなのでなんとかなりますが、新しい業態に変えるというのは難しい。一方で、新しくビジネスを始める人だったら、簡単にできると思います。

‘「人月以外の提案をしたことがあるのか」と問いたい。’<“KEY PERSON”の愛用品>ボールペン付きのカード入れ iPhoneを活用して社内外とのメールのやり取りやプライベートのSNS・ブログの更新などを行い、いつもは手ぶらで通勤することが多い。唯一の不満は、「バッテリがすぐになくなること」だそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「納品のない受託開発」は、実は、大手IT企業にとって、あまりうまみがないビジネスだ。継続的にシステムを改修していくアジャイル開発方式なので多くの案件を同時に手がけることが難しいうえ、大規模なシステム開発案件には向いていない。売り上げのボリュームを出すことが難しいのだ。
そうなると、このモデルを取り入れてメリットを享受できそうなのは、地方などの中小IT企業ということになる。しかし、簡単には実践できない。「納品のない受託開発」は、ユーザーとの直接契約を前提としている。下請けの案件を中心に手がけてきたIT企業にとっては、営業のハードルが高いのだ。一方、ソニックガーデンは営業活動をしておらず、倉貫氏は、「個人で運営しているブログを見て、お問い合わせいただくお客様が多い」という。よほどの知名度がない限り、この手法で顧客を獲得することは難しい。このビジネスモデルに挑戦する企業が増えたとしても、市場を形成するまでには、相当な時間がかかるだろう。(道)
プロフィール
倉貫 義人
倉貫 義人(くらぬき よしひと)
1974年、京都府生まれ。99年、立命館大学大学院を卒業後、TIS(旧:東洋情報システム)にエンジニアとして入社。03年、同社の基盤技術センターの立ち上げに参画し、05年には社内SNS「SKIP」の開発と社内への展開、オープンソース化を行った。09年に、SKIP事業を専門で行う社内ベンチャー「SonicGarden」を立ち上げ、11年にTISからのMBOを行い、ソニックガーデンを設立した。
会社紹介
2009年5月に、TISの社内ベンチャーとして創業(SonicGarden)し、11年7月1日に、MBO(経営陣買収)によって独立した。従業員は、10人(13年10月10日現在)。売上高や利益率は非公開。大企業向け社内SNS「SKIP」や、コラボレーションツール「youRoom」などの自社プロダクトの開発・販売のほかに、クラウド上にユーザーのウェブアプリケーションをオーダーメイドで開発する「納品のない受託開発」を手がけている。