「倉庫屋がDCを運営できるのか?」
──それだけの量の“箱”をどうやって売りさばいておられるのですか。 寺田 直近の顧客を業態別でみると、コンテンツプロバイダやホスティング業者などのネットサービス系と、SIerや一般企業などのエンタープライズビジネス系がざっくり半々といったところです。起業したのがネットベンチャーの黎明期と重なったこともあって、ネットサービス系の顧客が多かったのですが、近年ではSIerやITベンダーが自社のクラウドサービスの基盤として活用してくださったり、一般企業ユーザーが利用してくださるケースが増えています。
──たいへん失礼な言い方ですが、御社が起業されて間もない頃、大手ITベンダーから「倉庫屋がDCを運営できるのか?」というような話を何度か聞きました。起業直後は規模のメリットは追求できなかったわけで、どうやって並み居る大手を差し置いて事業を拡大することができたのですか。 寺田 資本力では比較にならない大手がたくさんあることは重々承知のうえです。DCはすごく専門的な分野ですので、異業種からの参入は少ないですし、参入したとしても成功する確率は低い。とはいえ、既存のビジネスが何もないからこそできたともいえます。大手は確かにいろいろなものを揃えていますが、反面、高コスト体質であることが多い。安く、必要十分なスペックのラックを提供すれば、必ず売れる。この点を突きました。
私も一時期、寺田倉庫にいましたので、その関係で起業当時は1フロア単位で場所を借りられたのは恵まれていました。ただ、すぐに手狭になりましたので、その後は先に述べたように、どのくらいの価格で、どれだけのラックを売るには、どれだけの規模が必要なのかを計算して、ビジネスを軌道に乗せたわけです。もう一つ恵まれていたのは、起業時のメンバーです。“営業の鬼”と称された「トップセラー」、日本で指折りの「インターネット技術者」「会計学の専門家」といった逸材と経営チームを組むことができたことが何よりも強みとなりました。
──これからは国内大手だけでなく、AmazonやKVH、エクイニクスといった世界大手と競争していく段階に来ているのではないでしょうか。 寺田 DCビジネスは「マルチドメスティック」というのが、現時点での私の結論です。確かにグローバル企業にとっては、世界中のどこへ行っても、使い慣れているDCを使えるというメリットは魅力的でしょう。ただ、見方を変えれば、距離が離れれば離れるほど通信の遅延時間が長くなる技術的課題がある以上、結局はその地域で最適なDCを使っているともいえます。
DC業界の勢力図は塗り替えられる
──「マルチドメスティック」の意味をもう少し詳しく説明していただけませんか。 寺田 グローバル大手は世界各地に展開するDCをネットワークで結んで、あたかも一つのDCかのように使えるサービスを売りにしています。つまり、地域で競争力のあるDCが有利になるという意味で「マルチドメスティック」だと捉えているのです。
Amazonをはじめ世界大手は、すばらしい仕事をしていますし、研究対象ではあります。だけど、一社に片寄るのではなく、棲み分けが可能だと言っているのです。あるいは、ビジネスのレイヤ(階層)を変えることで、国内外で勝ち残る余地は広がるという表現のほうが正しいでしょうか。このビジネスレイヤで、しかもこの地域でなら負けないという確固とした生存空間を確保して、これを段階的に広げていくことが成長につながると考えています。
──DCはメインフレーム中心からインターネットDC(iDC)、そして第3世代目に相当する現在のクラウドネイティブDCと、およそ10年単位でビジネスが大きく変わってきました。これからどう変わるとお考えですか。 寺田 パブリッククラウドの領域が急拡大して、Amazonが独走するという構図は、正直、多くのDC事業者が予想していなかったと同じように、5年後はおそらくこのDC業界の勢力図も大きく塗り替えられていると考えるべきでしょう。オープンソースソフト(OSS)ベースのクラウド基盤である「OpenStack」や、Linuxベースの仮想化ソフト「KVM」など、クラウドの基盤やコア技術が、誰でも手に入るようになりました。今のAmazonさえも凌駕する価格を打ち出すことも可能になるとみられていて、これがAmazonでない誰かなのか、Amazon自身なのかはわかりませんが、それだけ変化する余地が大きいということです。
──今後の展望を聞かせてください。 寺田 デジタル産業の振興の場を提供するというのが当社の起業の主旨です。アメリカのIT産業のけん引役を担っている集積地「シリコンバレー」から連想する「ビット」、さらに日本は島国なので「ビットアイル」という社名にしました。当社はDCのコスト構造を知り尽くしていますし、どうすれば競争力のあるスペックと価格で提供できるかも理解しています。日本のベンチャー企業は、米国に比べて資金調達がしにくいといわれますが、当社がそのぶん、DCを安く提供する。日本のデジタル産業を支えるための基盤を提供する使命は今後も変わるところはありませんが、その場を提供する手法はおそらく大きく変わる。初心を忘れず、変化には対応して、独自の成長空間を獲得していく考えです。

‘“営業の鬼”と称された「トップセラー」、日本で指折りの「インターネット技術者」「会計学の専門家」といった逸材と経営チームを組むことができた’<“KEY PERSON”の愛用品>パーカーの万年筆 寺田航平氏のお気に入りのビジネスグッズはパーカーの万年筆だ。IR(投資家向け広報)活動で海外へ行ったとき「JALの機内で衝動買いした」。もともと小物やガジェット好きなので、つい財布の紐が緩んだようだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「今の事業モデルの原点は、三菱商事での約7年の勤務で学んだ」と、寺田航平社長兼CEOは振り返る。総合商社は物量でコストを下げ、競争に勝ち抜く仕組みをもっている。寺田社長はこれを「稼ぎ出すエンジン」と捉え、家業の寺田倉庫に戻った後、有志とともにDC事業のビットアイルを立ち上げた。
幼少の頃から大のコンピュータ好きで、小学校6年生にしてアセンブラ言語を学んだ。今となっては低級言語扱いではあるが、当時は最先端。「物心ついたときからコンピュータは必ず伸びると肌で感じていた」。
身をもって体験してきただけに、起業にあたっては周囲を熱っぽく説いて回るのに大きな説得力となった。
賛同して集まってきた面々と経営チームを組み、力を合わせて「稼ぎ出すエンジン」をDC事業に組み込んだのがビットアイルの始まりだ。「ビットバレーではなく、ビットアイル。日本は島国だからね。この国のビット=デジタル産業を支える基盤になる」と抱負を語る。(寶)
プロフィール
寺田 航平
寺田 航平(てらだ こうへい)
1970年、東京生まれ。93年、慶應義塾大学法学部卒業。同年、三菱商事入社。99年、寺田倉庫入社。00年、ビットアイルを設立し、代表取締役社長に就任。
会社紹介
昨年度(2013年7月期)の連結売上高は前年度比13.0%増の166億円、営業利益は同11.7%増の30億円。今年度の連結売上高は同12.8%増の188億円、営業利益は同14.0%増の35億円を見込む。都内の2地域に四つの主力データセンター(DC)を展開するとともに、2014年11月をめどにラック換算で約1400ラック相当の第5DCを開業する予定だ。既存DCの6000ラック余りと合わせておよそ7500ラック相当の規模に拡大する見通しで、首都圏トップクラスの規模を誇る。