課題が多い自治体クラウド
──つまり、ベンダーロックインが、自治体の情報化を阻んでいる最大の要因ということでしょうか。現在、廉さんが情報企画監を務められておられる佐賀県では、情報システムをクラウド化する「自治体クラウド」の推進に取り組んだと聞いています。クラウドは、よりオープンな技術が求められるフィールドですね。 廉 日本国内の1700自治体が毎年IT投資に使っているお金は約5000億円という統計があります。統計でつかんでいないものもあるでしょうから、実質的には1兆円近くになるのではないかと私はみています。
基本的には、それぞれの自治体がそれぞれ単独でシステム整備をしているわけですが、本当にそれが必要でしょうか。私はそうは思いません。クラウド環境やアプリケーションを共同で使うことができれば、少なくとも現在の10分の1くらいまでコストを下げることができると考えています。
国も、自治体クラウドを積極的に進めたいとはいいますが、直轄事業としてやろうとはしません。結果として、IT業界に丸投げしている。しかし、業界の構造的な問題もあって、現状のままでは本来の意味での自治体クラウドは実現できそうもありません。
──構造的な問題とは? 廉 ベンダー主導で自治体クラウドが進むと、同じベンダーが情報システムを手がけている自治体同士のクラウド共同利用は進めやすいのですが、違うベンダーが担当している自治体同士でそういう連携は非常に難しいということです。ベンダーごとにデータのフォーマットが違うわけですから、あたりまえです。
それでも、ベンダーごとの自治体クラウド推進を続けていったらどうなるか。オンプレミスから共同利用のクラウドに移行するわけですから、各ベンダーがそれぞれの自治体から得られる売り上げは当然ながら下がります。しかし、ユーザーである自治体をサポートする人員は必要なので簡単に人は切れない。そんな状況で、従来と同じくらいの利益を出せるかといったら、出せませんよね。結果的に、ベンダーの共存はできなくなり、ゼロサムゲームになっていくでしょう。そういう市場構造に耐えるためには、ベンダー側にもクラウドビジネスのための組織変革が必要ですが、日本のITベンダーはほとんど対応できていないと感じます。
──クラウド対応の商材そのものが少ないという印象もあります。 廉 ベンダーが自社の自治体向けパッケージをクラウドで運用するためには、データベースの構造などを考えると、クラウド向けにきれいにつくり直さなければなりません。しかし、クラウド専用のパッケージ開発にはおよそ30億円かかるといわれています。全国的な大手ベンダーはともかく、ローカルジャイアントでも年商はせいぜい100億円程度ですから、そういうベンダーが売上高の3割をR&Dに投資するのは非常に難しいでしょう。
IT政策を立案できる人材が不足
──佐賀県での自治体クラウドの取り組みでは、2011年に総務省から受託した「自治体クラウド開発実証事業」の成果報告書も出しています。そうした課題を乗り越える成果が得られたのでしょうか。 廉 残念ながら挫折したと思っています。ただ、自治体クラウドに全国的な注目が集まるきっかけになり、問題提起の役割は果たしたという自負はあります。結局、総務省は、ベンダー間のデータコンバージョンのための中間標準レイアウト仕様を作成しただけでした。それでは本来的な解決にはなりません。本当に必要なのは、自治体クラウドのインフラです。私は、少なくとも基幹システムのデータベースレイアウトの設計は国がやるべきだと思います。
──実現しない理由はどこにあるのでしょう。 廉 誰もリスクを負いたくないからだと思います。国や自治体の委員会などで、日本の大手ITベンダーに所属する方とご一緒する機会も多いのですが、彼らは自社に利益誘導するような動きはしませんし、誠実に議論していると思います。ただ、消極的なのです。問題意識があっても、誰かの反感を買うようなことは発言しようとしない。
IT政策を立案・提案できる人材がいないことも大きいと思います。日本の自治体CIOは、公務員の平均給与程度の収入しか得られない。しかも任期が限られています。これでは、民間のITベンダーから志のある優秀な人が手を挙げようとしても、家族が反対するでしょうし、キャリアを展望することもできない。結局、定年退職して仕事がない元役人や、利権をもつ人がそのポストに収まるだけです。
──現状の打開策はあるのでしょうか。 廉 自治体が自ら変わろうとするか、ベンダーが専門家の立場から変革を提案し始めるか、もしくは政治家や官僚が政策、法律を通じて現実を変えていくか。誰でもいいから一歩踏み出せば変わると思います。幕末の坂本龍馬のように、信念と覚悟をもって挑戦する気概のある人が出てくれば、日本は一気に変わりますよ。右にも左にも寄りやすいですしね(笑)。私も、自治体システムのあるべき姿を訴え続けて、地道に実績をつくっていきたいと考えています。

‘本当に必要なのは、自治体クラウドのインフラです。少なくとも基幹システムのデータベースレイアウトの設計は国がやるべきだと思います。’<“KEY PERSON”の愛用品>「GALAXY」を守るケース 「TUMI」の大ファンで、バッグなどのほかに、スマートフォンケースも愛用している。ケースに収まっているのは、サムスンの「GALAXY Note II」。「ハワイで購入したが、店にはiPhone用とGALAXY用しかなかった」そうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
座右の銘は「為せば成る」。「為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」と続く、上杉鷹山の言葉だ。「日本人には、この言葉をもう一度胸に思い起こしてほしい。できない理由を探して行動しないというのは、もう終わりにすべき」と、日本に対してある種の歯がゆさを感じているようだ。
廉社長は、「韓国では自治体クラウドのモデルも実現している。韓国は日本に学んで国づくりを行ってきた。それなのに、自治体の情報化については、なぜ韓国でできたことが日本でできないのか。『日本と韓国は違う』という人は多いが、納得できる合理的な理由を未だに聞いたことがない」とも話す。
祖国・韓国に対しての、IT先進国としての自負心・誇りはかなり強烈だが、同時に、日本市場の現状打破への熱い思いも隠そうとしない。
エキセントリックにも聞こえる正論にどう向き合うか。変革の激流の只中にある日本のIT産業界に突きつけられた課題だ。(霞)
プロフィール
廉 宗淳
廉 宗淳(ヨム ジョン スン)
1962年生まれ、韓国ソウル市出身。82年、大韓民国空軍に入隊。除隊後、国立警察病院、ソウル市役所に勤務。90年から2年間、日本でプログラマを経験した後、韓国でノーエル情報テックを設立。2000年には、日本でイーコーポレーションドットジェーピーを立ち上げた。聖路加国際病院のITアドバイザーや、佐賀市の電子自治体構築に関するコンサルティング業務などを手がけた。現在は、佐賀県統括本部情報課情報企画監、青森市情報政策調整監、大阪市特別参与を務める。
会社紹介
2000年設立。ITコンサルティング事業を中心に、ソフトウェアの開発、販売、周辺機器の販売、輸出入などを手がける。個別の商材としては、自治体などで使われる自動交付機、ウェブアプリケーションサーバーのパフォーマンス管理ソリューション、さまざまなデータベースと連携が可能なレポーティングシステムなどを扱っている。