地方自治体は、政府の合併計画で数が減少し、主な公共機関である学校や医療機関に比べて数は少ない。とはいえ、IT業界からみれば、安定的な投資が見込める重要なユーザーであることに変わりはない。とくに地方のITベンダーにとっては重要な存在だ。財政難に苦しむ自治体が多く、IT投資額も減少しているといわれる地方自治体の実情をみる。(構成/木村剛士)
【User】CIO設置率は意外に高い
全国を見渡すと、都道府県の数は変わらないものの、市町村数は何度かあった政府の合併推進策で減ってきた。総務省の調べによると、2012年4月時点の市町村数は1742。遠い過去にさかのぼれば、最も多い時は明治21年(1888年)で、7万1314もあった。
自治体のIT化は、2001年に政府が「e-Japan戦略」を打ち出したことで、一気に動き出した。庁内LANの整備、職員一人に一台のパソコン配置、ホームページの開設などを中心に、自治体業務の電子化と住民サービス向上にITを利用する活動が本格化した。その成果もあって、職員一人一台のパソコン環境は都道府県で100%、市町村で94.4%に達している。
IT推進体制も整備されてきた。電子化(電子自治体)を推進する専門部署(情報主管課)がある自治体は、都道府県でみると100%、市町村では88.3%とかなり高い。情報主管課の職員数は全都道府県で1236人、全市町村で9674人という。また、CIO(情報化統括責任者)を設置している自治体は、全都道府県のうち78.7%、市町村でみると78.4%といずれも高水準。CIOは情報システムの企画・運用を担当するほか、IT投資の予算編成にも関わっているケースが多く、重要な人物が任命されている。都道府県では副知事、市町村では副市長・副町長・副村長が務めているケースが50%を超えている。
では、IT投資額はどうか。全都道府県と市町村の情報主管課の経費合計額は、2012年4月時点で3916億円。直近約10年をみると、最も多かったのは「e-Japan ll戦略」が発表された03年の4441億円。そこから緩やかな下降線を辿っている。政府は、「e-Japan ll戦略」以降も新たなIT戦略をいくつか発表し、IT化を促進し続けているものの、ITの投資額は増えていないのが実情だ。ただ、今後を予測すると、政府が推進する「マイナンバー制度」に対応するためのシステム改修・刷新需要が期待でき、一時的にIT投資が増加する可能性が高い。
【Vendor&Maker】大手ITベンダー、地方のNo.1 SIerが強い
自治体のビジネスに強いITベンダーは、NECと富士通、日立製作所、そしてNTTデータだ。グループ会社を含めてこの国産4社はやはり強い。これらの大手ITベンダーが、元請けとして自治体からシステムを受注し、地域のソフト開発子会社などのグループ会社に発注。グループ会社は、各地方の中小ソフト開発会社に発注する構図が一般的だ。最近は、地元のIT企業を優先してシステムを発注する取り組みを行う自治体もみられるが、まだごく少数。ソフト開発業界特有の多重構造は、自治体向けビジネスでは根強く残っている。
自治体は全国に広がっているので、これらの大手ITベンダーに割って入るかたちで、自治体から元請けでシステムを受注する地方の独立系SIerも存在する。例えば北海道札幌市に本社を置くHBA。北海道庁のIT化を担う企業として1964年に生まれた経緯もあって、自治体向け事業の割合が創業期から高い。同庁のシステム開発・運用ほか、道内の市町村向けITサービス事業も手がけ、道内の自治体向けITベンダーとしては群を抜く存在。年商は、道内に本社を置く独立系ITベンダーのなかで、唯一、100億円を超える。こうしたITベンダーが47都道府県に必ずといっていいほど存在する。
その一方で、自治体にとくに強い全国区の独立系SIerも存在する。代表的なITベンダーは日本電子計算(JIP)。JIPは、東京に本社を置く証券会社向けシステム開発を得意にしているITベンダーだが、1981年にオフコン用の自治体向け総合情報システムを発売し、自治体向けビジネスに本格参入した。先行メリットを生かして、全国の自治体にじわじわと広がり、ビジネスを伸ばしてきている。こうした自治体向けビジネスに強い独立系SIerに共通しているのが「歴史」。創業が古い企業ほど、自治体向けビジネスを手がけている企業が多い。「○×電子計算」という社名がついている企業は、自治体向けIT事業を手がける割合が高い。
【Solution】マイナンバーに特需の可能性、BCPにもチャンス
自治体の今後のIT投資を考えた時、「マイナンバー制度」の開始が、最も大きなインパクトがあることは間違いない。
政府は、「マイナンバー制度」開始に伴う関連システムの整備費用について試算し、新規システム開発費用で約350億円、既存システムの改修費用で約2350億円、総額2700億円と見積もった。内訳は、新規システムでは、個人・法人番号の付番システムで160億円、国や地方自治体間でデータの受け渡しを行うネットワークシステム、国民がマイナンバーの情報や行政サービスにアクセスする際のインターフェース、特定の個人情報保護委員会の監視監督システム構築に合計190億円。合わせて350億円が費用になるとみている。一方、既存システムの改修では、年金やハローワーク、国税システムほか、地方自治体の業務システムの変更で約2350億円としている。自治体のこれまでのIT投資額を考えると、膨大な費用であることは明らかだ。
ただ、「マイナンバー制度」開始に伴うシステムプロジェクトは、まだ具体的なプランが明示されていない。「一部の予算が凍結された」などの噂もある。政府からの情報発信を注視する必要はあるが、現時点で実ビジネスにつながってはいない。
現実的なIT投資分野をみると、未整備なものの取り組む意欲が高い分野が、業務継続計画(BCP)だ。BCPをすでに策定している自治体は、都道府県では40.4%、市町村では8.4%と低い。ただ、取り組む意欲は高く、2012年4月時点で策定予定の自治体は都道府県で53.2%、市町村で41.5%にもおよぶ。東日本大震災後に、BCPを策定するユーザー企業は増えたが、自治体も同様で、BCPに取り組む機運が高まったわけだ。BCPを実行するためには、システムの冗長化やデータのバックアップ、クラウドシステムなど、さまざまなIT投資が必要。これらのITソリューションの需要は、直近でビジネスチャンスがある分野といえるだろう。