自動車メーカーと金融機関の世界基盤構築に商機
──実際のビジネスとしては、現状、やはり製造業や金融機関向けの提案が中心ですか。 岩澤 今年は製造業のなかでも自動車業界にフォーカスしています。もう少し細かく言うと、自動車メーカーのグローバルバリューチェーンを支えられるソリューションの提案に力を入れていこうと考えています。人材も積極的に採用・育成し、投入していくということですね。
それと、金融機関の海外進出が最近活発で、メガバンクを中心とする大手銀行がアジア市場で大規模投資を行っていますから、金融業も重点分野になります。金融業は、製造業や商社などの海外ビジネスのフロントランナーと異なり、海外ビジネスの初期ステージにあるといえます。製造業や商社のITニーズは既存システムの増強ですが、金融業はセットアップの時期なので、マーケットの調査や現地銀行との連携方法など、経営コンサルティング寄りといいますか、ビジネスプランづくりをお手伝いする機会が多いです。
──ASEANに比べて成長力が弱い日本のIT市場はどう攻略しますか。 岩澤 私たちの得意分野である経営基盤システムの増強プロジェクトを中心に獲りにいきます。新しい領域では、モバイル、BI、CRMなどが伸びてきていますので、提案力の強化にチャレンジします。加えて、意外に思われるかもしれませんが、「HCM(Human Capital Management)」や「HRM(Human Resource Management)」といった人材の育成・発掘・管理のITソリューションの引き合いがかなり増えていますので、力を入れます。
日本は、ASEAN加盟国に比べて成長力は強くありませんが、お客様の国内向けIT投資額は昨年後半から確実に復活しています。ポイントになるのは、マーケティング関連のIT予算です。従来、IT投資をするかどうかの発言力は、CIO(最高情報責任者)をトップとする情報システム部門が強かったわけですが、今後はCMO(最高マーケティング責任者)をトップとするマーケティング部門が強くなります。マーケティング部門が独自のIT予算をもつようになり、お客様によっては情報システム部門よりも、マーケティング部門のほうがIT予算額が多い場合が出てくるはずです。こうしたマーケティング予算によるIT投資を、積極的に獲得していきたいですね。
豊富なSAPの実績、システム構築のスピード力が武器
──アビームは、アジアに強いという特徴のほかに、SAP製品を活用した基幹系のシステム構築(SI)会社としての顔をもっておられます。改めてうかがいます。なぜSAPなのでしょうか。 岩澤 世界共通で使う経営基盤システムとなれば、それをつくるツールも、当然、グローバルスタンダードになる。そうなると、自ずと選択肢は限られます。基幹系システムでいえば、SAP、オラクル、そして最近はマイクロソフトもこのステージに上がってきました。
お客様の基幹系システムに対するニーズは、機能面で大きな変化はありませんが、昔と今とではスピード感がまったく違う。以前は5年かけて構築したシステムであっても、今は2年半でつくってほしいといわれます。そのスピードに応えるためには、テンプレートを豊富にもっているかどうかが勝負になります。当社は、グローバルな経営基盤システムとしてのSAP製品のポテンシャルを高く評価し、案件も数多く手がけてきました。その結果、相当のノウハウが蓄積され、SAPのERPを迅速にインプリメンテーション(実装)するためのテンプレートも非常に多く保有しています。これが私たちの提案を支える強みなので、SAPのソリューションが自ずと中心になるわけです。
──SAPは、クラウドを強力に推進する方針を打ち出しています。 岩澤 トレンドはそうだと思いますし、私たちもクラウドで提供できるビジネス基盤を整えています。ただ、闇雲にクラウドを訴求していくわけではありません。基幹系システムで使うエンタープライズアプリケーションの分野では、TCOの削減やスピーディなシステム導入などの一般的なクラウドのメリットが、そのまま享受できるとは限りません。多くの場合、エンタープライズアプリケーションの領域で重要になるのは、オンプレミスでもクラウドでも、お客様のビジネスプロセスに適しているか、そして周辺システムとスムーズに連携できるかということです。
クラウドへの対応については、お客様に選択肢を提供できることが大切です。私たちがどうしたいかというよりも、お客様の要望に合わせて、クラウドとオンプレミスを提供できる体制を整えておかなければなりません。ちなみに、当社の既存のお客様で、基幹系システムをクラウド化する動きは、皆無ではありませんが、それほど多くはありませんね。
──クラウド基盤も、やはりSAPがメインになりますか。 岩澤 SAPのサービスレベルが高く、価格も私たちのビジネスに見合うなら、SAPをメインに考えるかもしれません。ただ、先ほどお話ししたように、お客様に複数の選択肢を提供することが大切なので、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azure、Salesforceなども当然視野に入れています。
SAPに強いというイメージを抱かれるのはありがたいことですが、SAPに特化したビジネスをしているわけではありません。お客様の業務プロセスに精通しているがゆえに、商材も柔軟に選択できるのが当社の本当の強みであることを改めて申し上げたいですね。

‘お客様の業務内容とIT。両方を知る優秀な人材がいるから、私たちは強い。お客様のビジネスプロセスに合っていないITソリューションなんてナンセンスですから。’<“KEY PERSON”の愛用品>地球儀でプロジェクトを俯瞰 5年ほど前から、地球儀を執務机に置いている。社員有志のプレゼントで、ふとしたときに眺め、世界中で並行して進むさまざまなプロジェクトに思いを馳せる。「メルカトル図法の地図を見るよりも、イメージしやすい」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
多くの日系ITベンダーが、海外ビジネスの強化をうたうが、成功例は決して多くない。岩澤社長は、「日系ベンダーは、海外で自分たちが戦う相手が誰なのかを明確にイメージできていないと感じる。海外市場は、国内競争の延長にはない」と、シビアな指摘をする。そんななかで、アビームがアジアで確固たる存在感を示すことができているのはなぜなのか。IBM、アクセンチュアなど、世界的なITベンダーやコンサルティングファームと真っ向勝負でコンペを勝ち抜くために何をしなければならないかを常に考え、戦略に沿った相応の投資をしてきたという自負が、岩澤社長にはある。
経営者として要職を務めてきて、すでに5年になる。その旺盛な向上心に翳りはない。「グローバルベンダーのトップともっと交流して、海外で戦う経営者としてのセンスをもっと磨きたい。この業種で、本当のグローバリゼーションを達成した日本企業はない。アビームをその第一号にするのが目標だ」と、力強く語ってくれた。
プロフィール
岩澤 俊典
岩澤 俊典(いわさわ としのり)
1966年、東京都生まれ。90年、東京大学農学部卒業。97年、デロイトトーマツコンサルティングに入社。00年、同社の執行役員に就任。07年、アビームコンサルティング(03年にデロイトトーマツコンサルティングから社名変更)の執行役員兼マネージングディレクター。09年に代表取締役社長に就任した。
会社紹介
アジア市場とSAP製品を活用したSIを得意にしている1981年設立のコンサルティングファーム。連結の従業員数は4260人(2014年4月1日時点)で、子会社を含む海外拠点は12か国に設置する(2014年4月1日時点)。資本金は62億円。2013年3月期の売上高は547億円で、前年度に比べて13.2%伸びた。