さらなる成長にはエコシステム強化が必須
──組織の変更に、さっそく着手されましたね。 杉原 一番重要なのはスピード感です。外資系とはいえ、これまでの日本オラクルは、日本企業特有の階層型組織でした。そこで、重要な事業に携わる部隊はできる限り私の直轄にし、フラットな組織構造にすることで、スムーズな意思伝達と経営のスピードアップを図りました。
とくに、DBから派生する新しいビジネスを拡大するために、SaaSのエコシステムやパートナーとのアライアンスを強化していくのは重要なチャレンジです。これまでDBソフトの営業の責任者であり、直販部隊のトップでもあった大塚(俊彦)副社長を、私の直下でアライアンス事業統括のリーダーに据えました。エンドユーザーのことをよく知っている人間が、今度はパートナーと一緒に、新たな商材や業種特化型のソリューションなどで市場を開拓するわけです。
──新しい提案という意味では、クラウドも当然有力な選択肢になりますが、日本オラクルが「ナンバーワンクラウドカンパニー」を掲げたのは少し意外でした。いわゆるクラウドベンダーとしては、オラクルの存在感は決して大きくない。 杉原 勘違いされている方が多いんですが、オラクルがいうクラウドとは、パブリッククラウドだけではありません。オラクルの幅広い技術で、ユーザーがビジネス環境の変化に応じてパブリック、プライベート、オンプレミスを自由に選択、もしくは組み合わせてビジネスの基盤として活用できるようにする。そして、それをパートナーとともに支援するのが、オラクルのクラウドビジネスです。
──とはいえ、パブリッククラウド市場がより大きく成長することは否定できないのでは? 米オラクルは、2012年にIaaS/PaaSを含むパブリッククラウド「Oracle Cloud」を発表しましたが、日本ではいまだ「準備中」です。 杉原 それはタイミングの問題だけで、日本でのパブリッククラウドサービスの展開は、もちろん考えています。例えば、セールスフォース・ドットコムのような大手クラウドベンダーも、オラクルの技術を使ってサービスを展開していますが、そうした動きを加速させるためにも、われわれ自身がクラウドサービスを提供する必要があると考えています。ちなみに、SaaSは国内にDCを置いて提供していて、順調に成長しています。
クラウドのキーテクノロジーはインメモリDB
──IaaS/PaaSレイヤのパブリッククラウドサービスは、強力な競合が多い分野ですが……。 杉原 パブリッククラウドが普及するにつれ、パフォーマンス、セキュリティ面などでミッションクリティカル性への要求は間違いなく高まります。そのニーズに応えることこそがオラクルにとってのビジネスチャンスです。キーテクノロジーとなるのは、オラクルDBのインメモリオプションです。これはものすごい技術革新で、オラクルDBの高可用性とセキュリティを保持したまま超高速処理ができるようになります。ビッグデータをリアルタイムで分析・活用するミッションクリティカルなクラウド基盤を実現できるのです。
──インメモリDBでは、ERP市場でのオラクルのライバルでもあるSAPが、先行して「HANA」を展開していますね。 杉原 HANAはいいテクノロジーだと思います。ただ、シェアをみてください。既存のオラクルDBユーザーは、アプリケーションを書き換えることなく、インメモリオプションを利用できます。オラクルが満を持してインメモリDBを世に出すということは、お客様に迷惑をかけずに、圧倒的なメリットを提供できるようになったということです。
加えて、オラクルが設計する「エンジニアド・システム」の力も大きい。オラクルのDBは、オラクルのハードウェアで一番性能を発揮できるわけで、エンジニアド・システムでは、あらかじめチューニングして最高のパフォーマンスが発揮できるように準備している。ハードウェアも含めて最適化された製品をすぐに提供できるのが、オラクルとSAPの違いです。また、(IBMなどとの)垂直統合製品同士の比較でも、ユーザーが頭を悩ますことなく安心して導入するためのキーになるのはDBのシェアなので、当社が優位にあります。
──エンジニアド・システムでは、ベンダーロックインが進むともいえそうです。 杉原 日本以外で、そういう理由で垂直統合を否定する論調を聞いたことがありません。私は「囲い込み」の何が悪いのかと思いますね。日本の文化、例えば商売で、お客様をよく理解し、かゆいところまで手が届くサービスを提供する「おもてなし」の心は、囲い込みそのものでしょう。
ただ、「よい囲い込み」と「悪い囲い込み」があるのは事実です。ユーザーにとって、変化を望まないベンダーに囲い込まれるのは悲劇です。一方で、自分たちの事業環境の変化に合わせて常に新しいソリューションを提案してくれるコンシェルジュのようなベンダーには、ユーザー自らが囲い込みを求めるようになるでしょう。オラクルはパートナーに、「よい囲い込み」ができる製品を提供していきます。

‘私は「囲い込み」の何が悪いのかと思いますね。日本の文化、例えば商売でお客様をよく理解し、かゆいところまで手が届くサービスを提供する「おもてなし」の心は、囲い込みそのものでしょう。’<“KEY PERSON”の愛用品>パーカーの最新技術にぞっこん パーカーの最新技術「パーカー5TH」を搭載したペン。ペン先が持ち主の使い方に合わせて書きやすい形状に変わる。「すごい技術力。礼状の執筆や書類のサインには必ず使う」と大絶賛。いろいろな人に勧めているという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本オラクルが「ナンバーワンクラウドカンパニーを目指す」と宣言した真意は、国内で市場シェア4割以上と絶対的な強みをもつDBソフトを核に、総合ITベンダーとしての技術力を生かし、ミッションクリティカルな利用に耐えうるクラウド基盤をスピーディーに提供していくことにある。杉原社長は、「ユーザーにとってクラウドの世界で大切なのは、最も効率的で、フレキシブルで、スピード感があり、価値があるサービスは何なのかということ」と強調する。だからこそ、IaaSからSaaSまで、すべてのレイヤをアーキテクチャが統一された自社製品でカバーできるオラクルは、強みが発揮できるということなのだろう。
2015年度に1600億円の売り上げを「固くお約束する」という。そのために社内組織を変革し、パートナーとともに新しい市場を開拓していく意欲を鮮明にしている。ただし、見方によっては、「悪い囲い込み」に拘泥しているベンダーとつき合う意思はないとも解釈できる。販売パートナーは胆に銘じるべきだろう。(霞)
プロフィール
杉原 博茂
杉原 博茂(すぎはら ひろしげ)
1960年12月生まれ。大阪府出身。1982年4月、フォーバル入社。89年、フォーバルアメリカ出向、取締役ジェネラルマネージャー。93年、インターテル執行役員アジア太平洋地域担当バイスプレジデント兼インターテルジャパン代表取締役社長。2001年にEMCジャパン、09年にはシスコシステムズに移り、要職を歴任。10年3月、日本ヒューレット・パッカード常務執行役員エンタープライズグループエンタープライズインフラストラクチャー事業統括。13年10月に、米オラクル シニア・バイスプレジデントグローバル事業統括に就任。2014年4月より現職。
会社紹介
米オラクルの日本法人として1985年設立。データベースソフトの販売と付随するサービスの提供からスタートし、米オラクルの業容拡大に伴い、総合ITベンダーとして日本のIT市場でも存在感を高めてきた。2000年に東証1部上場。従業員数は2014年5月末時点で2468人。2014年5月期の売上高は1549億7200万円。