ソフト産業を発展に導く「3本の矢」
──三つの施策を教えてください。荻原 CSAJのシンクタンク化と、会員企業に向けたグローバルビジネスの支援と、ビジネスチャンスの創出。会員企業にとって有益な情報をもっと収集・発信する役割を果たしたいし、日本のITベンダーが避けて通ることができない世界進出も後押ししたい。そして、国内外を問わず、持続的に成長できる新たなビジネスの芽の創出に貢献したいと思っています。
この三つの施策で思う通りの結果を出すことができれば、目標にしている会員数1000社を達成できると思います。もし、1000社を集めることができれば、相当の発言力をもつ組織になることができます。ソフト産業を発展に導くための協力を行政機関からもっと得ることもできるでしょう。現在の会員数が400社ほどですから、かなり挑戦的。ですが、目標が小さいと、やることもこぢんまりとしてしまいますから。
──施策を進める手段として、荻原会長は他のIT団体との連携を強く望んでおられる。荻原 IT業界には団体が多すぎると思いませんか? 別々の団体が同じことをやっていたり、協業すれば相乗効果が生まれたりするのに、なぜか横の連携がない……。世界進出の支援にしても、ビジネスチャンスの創出にしても、CSAJよりも積極的に活動している団体はあります。だとしたら、その団体と協力するのが最適です。
──手を結びたいと思っている団体を教えてください。荻原 例えば、グローバルではMIJS。MIJSには、世界進出を積極的に進めている日本のパッケージソフトメーカーが多くいますので、そうした企業のノウハウを学びたいと思っています。
もう一つ挙げるなら、全国地域情報産業団体連合会(ANIA)。私たちの会員企業は、東京と大阪に偏っていますので、地方のソフトハウスの気持ちをよくご存じのANIAと連携すれば、相乗効果が生まれる可能性が高い。CSAJの会員は、パッケージソフトなど自社開発製品をもつ企業が多いですから、受託開発が中心の地方のソフト開発企業に、新たなビジネスを創造するための情報を提供できますし、CSAJは地方の方々を会員にするチャンスを得られ、全国のソフト産業を把握できるようになります。
まだあります。中小規模のソフト開発会社との連携では、日本情報技術取引所(JIET)と協力したい。これから、各団体の幹部の方々にご挨拶にうかがって、どのように連携すればいいかを検討します。
──連携という言葉をもっと具体的にいうと、場合によっては他団体を吸収するということも考えられますか。会長就任の記者会見のときに「MIJSと一緒になりたい(統合したい)」と話しておられたことが印象に残っています。荻原 かたちなんてどうでもいいんです。大事なのは何をするか。お互いにとって一つの団体になることが最適だと思えば一緒になるでしょうし、そうじゃなければ、別々でやればいい。
ソフトの輸出拡大は悲願。「意識の壁」を取り払う
──定めた三つの施策のなかでも、とくに難しいテーマがグローバルだと思います。日本のソフト産業が世界で存在感を示すことができないのは、何が理由なのか。荻原会長の持論を聞かせてください。荻原 日本のパッケージソフトまたはクラウドの輸出拡大は、日本のソフト産業にとって悲願ですよね。なぜ、日本のソフトは世界で受け入れられないのか。それは「世界で売ることを前提につくっていないから」のように感じています。
日本のソフトベンダーでありがちなのが、日本でまずは販売してその後に海外を目指すということ。日本で販売した製品をそのままに、現地の言葉に変えて売るだけ。各国・各地域でニーズは違いますよね。日本で売れたからといって、世界で売れるとは限らない。海外で本当に成功したいのであれば、その国のニーズを聞き取って開発して、販売チャネルを把握したうえで挑むべきだと思います。
──確かにそうかもしれませんが、規模の小さいソフトベンダーが、うまくいくかどうかわからない海外ビジネスに、お金と時間をかけるのは難しいはず。IT団体、CSAJの出番のように感じます。荻原 そうかもしれないですね。私たちが海外市場の情報を収集・発信して、会員企業が世界で成功しやすいようにしていければと思っています。もしかしたら、CSAJのオフィスをシリコンバレーに設置することも、将来はあるかもしれません。
言葉や商慣習の違いを、海外ビジネスの壁のように考える人が多いですが、私はそんなことではないと思っています。商社でも英語を話せない人が活躍していますよね。問題は意識の壁。私の会社(豆蔵ホールディングス)の社員にも口を酸っぱくして言っているんですが、「どこの国でも働いてやる」という気概をもつことが大事。グローバルの施策では、その意識を日本のソフト産業全体に浸透させることが大事なのかもしれません。

‘ITは家庭でも職場でも不可欠。金融や製造業などの他産業よりも下にみられているのはおかしい。もっと力のある産業であるべき。’<“KEY PERSON”の愛用品>お金を運ぶ? 名刺入れ 15年ほど前からの愛用品。マチが広く「100枚は入る」大きさが、気に入っているポイント。この名刺入れに常時収めているのが「一万円札」。「名刺交換した方々とよい商売ができるようにという思いを込めて」、いつも忍ばせているのだとか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
荻原さんの実家は、呉服屋を経営していて「よちよち歩きの頃から、商売のイロハを徹底的にたたき込まれた」という。「お客様にお会いしたときに、両手を畳についてお辞儀をしながら挨拶をしないと、思いっきりひっぱたかれた」とか。
そんな生粋の商人が、業界団体の会長を引き受けたのは、IT産業が変わらなければならないときで、業界団体としても新たな活動をしないといけないという危機意識の現れだろう。
「無報酬(笑)だし、私には名誉欲もない。会長になりたいと思って就任したわけではないんだよ、ホント」。そう冗談交じりに言うが、「やると決めたらやる。何でもそうだが、『やるかやらないかなんだよ』」。
語った言葉は熱い。きっと商売と変わらない強い気持ちで会長職をまっとうするはずだ。歯に衣着せぬ発言がもち味で、今でも続ける柔道で鍛え上げた大柄な体格の新会長は、古き慣習に縛られることなく、全力で暴れ回るだろう。(鈎)
プロフィール
荻原 紀男
荻原 紀男(おぎわら のりお)
1958年1月生まれ。80年3月、中央大学商学部会計学科卒業。83年10月にアーサーヤング公認会計士共同事務所に入所。88年、朝日監査法人(現有限責任あずさ監査法人)に転籍。96年、荻原公認会計士税理士事務所を開業。00年、豆蔵(現豆蔵ホールディングス)取締役に就任し、03年に代表取締役社長。コンピュータソフトウェア協会では、06年に理事に就き、10年に副会長、13年に筆頭副会長。今年6月から会長を務める。
会社紹介
ソフトウェア産業の発展支援を目的に設立された一般社団法人。略称はCSAJ。前身は、1982年設立の日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(JPSA)。市場調査や行政機関に対する提言、パッケージソフトの品質を評価・認証する制度などを手がける。会員数は約400社。