富士通は2023年5月に新たな3カ年の中期経営計画を発表し、25年度(26年3月期)に売上高を4兆2000億円、調整後営業利益率を12%とする目標に向かって進み始めた。22年度に約3兆7000億円だった売上高を大きく成長させ、収益性も高めるための戦略の柱となるのが、「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」だ。オファリング型ビジネスの拡大に向けた取り組みの進捗を時田隆仁社長に聞いた。
(取材・文/大向琴音 写真/大星直輝)
多彩な陣容の中でコンサルティング力を拡充
――新たな中期経営計画を発表されてから約半年が経過しました。
事業モデルの変革に関しては、Uvanceの売り上げを23年度は3000億円で計画しています。22年度の売り上げは2000億円で、そのほとんどがテクノロジー基盤の「Horizontal Areas」でしたが、23年度から伸ばしていくことにしているのは、社会課題に応じた四つの分野を定めた「Vertical Areas」です。Uvanceは“オンクラウド”を前提とした事業モデルなので、基盤領域であるHorizontal Areasが先行するということは折り込み済みです。
また、現在の中期経営計画では、コンサルティングの能力を強化するために、1万人の人材創出を目標に掲げています。社内のリソースをトレーニングで強化していく部分と、社外から来ていただく部分の両面から考えています。まだ道半ばではありますが、現在2000人を数えていますので、目標に届くよう引き続き取り組んでいきます。
――コンサル力の強化はUvance推進にあたっても重要な点だと思いますが、さらに8000人増強するのは簡単ではなさそうです。
当社には約12万4000人の従業員がおりますが、そのうちポテンシャル人材はグローバルで6万人ほどと見ています。これだけの母数がある理由は、そもそもコンサルタントになり得る人材は、営業やSEだけとは考えていないからです。コーポレート部門やファイナンス、人事や法務といった部門で働く従業員から、専門性を持ったコンサルタントとしてリブランドしていくことも踏まえています。
特に現在、ERPのビジネスが非常に活況な中で、お客様の先に営業やSEとともにファイナンスの人間も同行し、ERPのユーザーとなる先方のファイナンス部門の方々とコミュニケーションすることによって受注が拡大している事例も出ています。そういった意味でも、コーポレート部門も含めた多彩な陣容の中で、コンサルティングの力を上げるということを進めていきたいと考えています。
――そのほか、ここ半年で注力された施策についてもお聞かせいただけますか。
テクノロジー戦略については、コンピューティングの分野で、23年に国産第2号機になる量子コンピューターの実機を理化学研究所と共に開発し、サービスも開始しています。AIの分野では「Kozuchi」というコードネームで呼んでいるAIプラットフォームを提供しています。数百のお客様から問い合わせをいただいていますし、Kozuchi上でいろいろなトライアルも始まっており、非常にポジティブです。
最後はリソースについてですが、言うまでもなく、日本だけでなく世界中でIT人材が不足しています。当社では、人的資本経営に着目しながら人への投資を力強く進めてきています。報酬の見直しも大幅に行いましたので、「Work Life Shift(ワークライフシフト)」というコンセプトの下で働き方、そして報酬面においても、外部から見て誘引力のある組織体であると自負しています。
クラウドシフトの先に社会課題解決がある
――Uvanceの売り上げの中身ですが、現在はまだ、「SAP」「Salesforce」「ServiceNow」の導入を担う「3S」ビジネスが多くを占めているとお聞きしています。ここから、Uvanceが目指す「社会課題の解決」にどのように繋がっていくのでしょうか。
決して3Sだけを捉えてUvanceと言っているわけではありませんし、逆にVertical Areasだけを捉えて言っているわけでもありません。Uvanceの進展には、順序性があるということです。データの流通性を確保するためにはプラットフォームが非常に重要です。オンプレミスやサイロ化したシステムの中にあるデータを引き出すことは困難ですし、それではコネクティビティが高いとは決して言えません。データ収集能力の最大効率を上げるためには、今のテクノロジーではオンクラウドが最適だということです。そして今、オンプレミスやサイロからクラウドへシフトしていく段階において、トリガーやエンジンにあたるものが、3Sに代表されるビジネスアプリケーションです。
そしてこの次にくるのが、UvanceにおいてVertical Areasとして捉えている、異業種のクロスインダストリーの取り組みによる社会課題の解決です。これをビジネス機会と考えるお客様が、われわれにとっての最初の大きなターゲットです。今、サステナビリティに対して大きなリソースを割くことができるのは、残念ながら大企業が中心です。しかし、大企業が1社だけで解決できることはほとんどありません。パートナー企業を巻き込む必要があるわけですが、その時に中堅・中小企業がしっかりと参画できるかどうかが問われます。このようなストーリーを語っていくことがUvanceであり、ストーリーを語れるような人材が支える企業になることそのものが富士通のトランスフォーメーションです。私はUvanceのことを「ソリューションブランド」と呼んだことは一度もなく、「事業モデル」と表現しているのは、そういう意味があるからです。
レガシーとブランニューを両立させる
――事業モデルという点では、Uvanceの推進は個別開発からベストプラクティスのオファリングへの転換を意味すると思います。“脱・御用聞き”はどれくらい進捗していますか。
25年度の目標では、サービスソリューション事業の2兆4000億円のうち、Uvanceは7000億円を占めるかたちです。残りの1兆7000億円には、御用聞きとおっしゃるようなビジネスが多く存在しているかもしれませんが、その大半は、いわゆるモダナイゼーションの分野になるわけです。今、オンプレミスやレガシーと呼ばれるようなアーキテクチャーを使うお客様が、クラウドを目指して次なるアーキテクチャーに移行する大事な時期でもあります。われわれとしては、中期経営計画の大きな柱の一つであるモダナイゼーションビジネスについて、この1兆7000億円の中で大きなプレゼンスを発揮できるようにしっかりと活動をしていきます。
もちろん、1社ごとにサイロで行うような今までのビジネスが25年に完全になくなるということはなく、続いていくだろうと思っています。今のところ、Uvanceのモデルであるオンクラウドのタイプにチャレンジできるお客様は限定的です。しかし、その限定的なお客様から、多くの収益を得ています。Uvanceの利益率は今までのビジネスとは格段に違います。
――顧客から望まれれば、手づくりで個別のシステムを構築したくなるのがこの業界の営業やSEのマインドだったと思います。現場の従業員の方々まで、新しい事業モデルが浸透していますか。
今まさに新たな事業モデルのビジネスに携わっている従業員の間では、理解度が上がっていると思います。もちろん、目の前のお客様に対して、いきなりはしごを外すことはできないという責任感もあります。レガシーと、いわゆるブランニューとを、二項対立的に語るという経営はすべきではありません。われわれはまさに、この二つをどのように両立させながらトランスフォームしていくかということにチャレンジしているわけです。そのことに関しては、全員が理解していると思います。
しかも、こういったビジョンを理解し、賛同していただけるお客様も確実に増えています。当社のパーパスに共感していただけないお客様がいるとは思えません。
――オファリング型ビジネスの拡大につれて、今までシステム構築のプロジェクトなどで富士通と一緒になってビジネスをしてきたパートナーとの関係は、今後どうなっていくと考えていますか。
生成AIが出てきた時と似た話かもしれませんね。生成AIがビジネスや生活の中にどんどん入っていったら、われわれの仕事はどうなるんだろうと危惧されていますが、生成AIの勢いを誰が止められるでしょうか。今、富士通は新しいビジネスに取り組んでいますが、身勝手なことをしているつもりは決してありません。社会やお客様からの要請、もしくはお客様が変わらなければいけないと考える方向性の中に、当社のビジネス変革があるということです。ですから、一緒に変わり、成長する道を歩めるかどうかです。やはりパートナーに対しても、パーパスに共感していただけるかが大切です。富士通のパーパスに共感し、自社のパーパスを持って共に成長しようというパートナーに対しては、富士通として最大限のサポートをするのは当然です。そういう意味では、自社の従業員との向き合い方と、パートナーの皆さんとの向き合い方を区別していません。
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長就任から4年半が経過した。就任から程なく新型コロナ禍に見舞われ、その後も半導体不足など、自社の事業が揺さぶられる時期が続いた。せっかく取り組んできた事業改革の効果が、外的な要因によって薄れてしまったのではないかとたずねると、「できれば、もう少し穏やかに過ごしたいですね」と苦笑いする一方で、この環境下で社長を務めることが「私に与えられた役割」と考えていると話す。
パンデミックの制約の中で富士通を支えたのは、従業員12万4000人の理解と協力だった。また道半ばではあるが、今後も全従業員を信じ、発揮すべきリーダーシップを示していく。
プロフィール
時田隆仁
(ときた たかひと)
1962年、東京都生まれ。88年、東京工業大学工学部卒業後、富士通に入社。システムエンジニアとして金融系のプロジェクトに数多く携わり、2014年に金融システム事業本部長に就任。15年に執行役員、17年にグローバルデリバリーグループ副グループ長、19年1月に常務・グローバルデリバリーグループ長を歴任し、19年6月に社長に就任。19年10月からはCDXO(チーフDXオフィサー)職(23年3月まで)、21年4月からCEO職を務める。
会社紹介
【富士通】1935年、富士電機製造(現・富士電機)の通信機器部門を分離して設立。60年代からコンピューターの製造を本格化し、日本を代表する電機メーカー、ITベンダーに成長した。2020年、企業パーパス(存在意義)を「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」と制定。23年3月期の連結売上高は3兆7137億円、従業員数は12万4000人(23年3月31日現在)。