Webやメールのフィルタリングを主力にするデジタルアーツが、会社設立30年の節目を迎え、セキュリティー製品のカバー領域を拡大している。Webアクセス分野を「有望領域」に設定し、5月にはゼロトラストセキュリティーの統合ソリューションを発表。大企業から中小企業まで幅広い企業をターゲットとする。セキュリティー市場では数少ない国産メーカーとして、存在感を一層高められるか。道具登志夫社長は「GIGAスクール構想での成功体験をつなげたい」と語り、公共分野の成果を足掛かりに飛躍を見据えている。
(取材・文/春菜孝明 写真/大星直輝)
総合セキュリティーメーカーに変革
──創業30周年となりました。どんな会社となることを目指し、事業を展開してきたか教えてください。
PCソフトウェアメーカーとして創業した当時、「Windows 95」の登場で家庭や学校にPCが普及しましたが、Web上には有害情報が広がっており、教育現場でのインターネット利用に強い危機感を覚えました。誰もが安心して便利に使えるインターネットインフラの整備を使命に、国産初のWebフィルタリングソフトを開発し、フィルタリングの需要の高まりを受けて企業向けにも展開しました。
これは、子どもや社員ら内部の利用者が不適切な情報に触れないよう制御する“内向き”のセキュリティーでした。転機は2017年、国内で大規模な情報漏えい事件が相次いだことで、外部からの脅威を防ぐ“外向き”のセキュリティー分野に本格参入しました。安全なサイトやメールのみアクセス、受信可能とする「ホワイト運用」を提唱し、安全、安心なネット利用環境を提供してきました。22年以降は総合セキュリティーメーカーへの変革に向け、マルウェア対策やID管理、ファイル転送領域の製品展開を行い、顧客のトータルニーズに応える取り組みを進めています。
──トップとして組織づくりで何を大切にしてきましたか。
売り上げや社員数の拡大よりも、一人一人のスキルアップと生産性を重視してきました。社員に対しては父親的な責任を感じており、どんな組織でも活躍できる人材に育てたいという思いがあります。そのため、自由に考えて行動できる環境を整え、目標を示して細かい手法は任せるスタイルを貫いてきました。経営の数字や製品の損益を共有し、社員自身が経営者の視点で考えるよう促しています。結果として、若手が早期に責任あるポジションを担い、入社2~3年で課長クラスの仕事をこなす社員も多数います。AIでは代替できない想像力を日々の業務の中で育てることを大事にしています。
1万人未満の企業に焦点
──GIGAスクール構想では学校へのフィルタリングソフトの導入を進めてきました。
1人1台端末へのフィルタリングの導入について、GIGAスクール構想の第1期から第2期初年度でシェアを拡大しました。この間、保護者の不安に応えるため、持ち帰り学習で起こる夜間の利用やゲームなどへのアクセス制限、ログ管理の機能を強化しました。ほかにも現場の声を反映して何度もアップデートし、学校関係者が安心、安全にインターネットを利用できる環境を整えてきました。お客様の思いをかなえるという点で成功体験になり、お客様から得た信頼がシェア拡大に表れていると思います。
本年度は端末の更新も多く予定されているので、今まで以上にニーズの高まりを感じています。
──企業向け事業では、市場環境や顧客のセキュリティー意識の変化をどう分析しますか。
日本では長らく「セキュリティーはコスト」と捉えられていました。しかし、サプライチェーンに起因して病院や町工場が攻撃を受けたり、個人でも金銭的な被害に遭うようになっています。脅威が身近になったことで、ここ3~5年でセキュリティーに投資意識が向いてきたと感じます。
──事業展開にどう反映させますか。
こうしたコストの捉え方とセキュリティー意識の変化の中で、当社はUTM(統合脅威管理)に代わる製品を提供できていませんでした。そこで、Webアクセスセキュリティーの領域全体をカバーする「Z-FILTER」を今秋にリリースします。管理面、利用面、費用面と多岐にわたる導入課題について、シンプルかつ強固なネットワークで解決するSSE(Security Service Edge)製品です。快適さや負担軽減を打ち出しており、5月の発表以降、多数のご相談をいただき、手ごたえを感じているところです。
──Z-FILTERのメインターゲットは。
従業員100人未満といった中小企業も含む、1万人未満の企業に焦点を当てており、予算や人材が限られる中でも管理しやすい点が強みです。企業のIT環境は、VPNのような拠点間の接続や社員の出入りに伴う対応など、さまざまな仕組みが絡み、運用もどんどん複雑になっています。そういう意味では、Z-FILTERは「丸投げできる」ことが一番の良さだと思います。セキュリティー製品にパッチを当てたり、設定を変えたりする手間を全部まとめて任せられます。管理もすごくシンプルで、ログも統合されていて、基本的には「これ(Z-FILTER)だけ見ておけばいい」という状態になります。適切な価格にこだわり、柔軟なサービスと高品質を強みに、顧客の現実に寄り添った製品として提供します。
──より小規模な企業に即したサービスなのですね。
はい。会社規模が小さいほど、さまざまな領域を含む統合ソリューションが有効です。今後はメールやファイル管理領域もカバーした製品を検討し、従業員数50人以下の企業にも届けます。このように、メニューを拡大することで大企業から中小企業まで網羅します。GIGAスクール構想で培った導入後の運用支援の経験を生かし、製品を出して終わりではない姿勢を大切にしていきます。
──生成AIの利用に関するリスクが指摘されていますが、提供可能な対策はありますか。
生成AIは業務効率化の観点から非常に便利なツールですが、活用場面が増えるにつれ、従業員が無意識に重要情報を入力してしまうリスクが高まっています。セキュリティーでAIを完全に使えなくすることは簡単なことですが、上手に活用するための絶妙なコントロールがフィルタリングに求めらています。
フィルタリングソフトの「i-FILTER」では、会社が許可したAIサービスのみ利用可能にする機能や、AIへの入力内容のログ取得機能を搭載しています。今後はAIに機密情報を送る前にブロックできるツールを導入したいと考えています。また、AIによって人間の行動がコントロールされる事例もあり、そうした“悪さ”をするAIへの対処も検討課題となります。
「強い製品」をパートナー経由で
──パートナー戦略についてお伺いします。
安心して販売していただくため、当社は創業からパートナー経由の販売が100%です。メーカーには、エンドユーザーが購買意欲を持つような製品を開発する責任がありますし、良いものをお客様に届けるという思いをパートナーの方々と共有することも大切です。
これまでは製品発売などのタイミングで関心が高まる傾向がありましたが、継続して「強い製品」を提供することで、パートナーの参画を前向きに検討していただけるようにしていきたいです。よりスムーズな連携に向け、発注や受注のシステム化も進めています。このタイミングに合わせて、既存のパートナープログラムの整備も進めます。
──今後の抱負をお願いします。
冒頭申し上げた通り、インターネットインフラを電気や水道のように当たり前で、安心できるものにすることを目指しています。しかし、現状のインターネットは海外の水道水のように「本当に安全なのか」と不安を感じることが少なくありません。
今後は、日本の水道水のように「蛇口をひねれば当たり前に飲める」、電気のように「ボタンを押せば100%つく」という安心感をインターネットでも実現したい。具体的には、どのWebサイト、どのメール、どのチャット、どのリンクであっても、ユーザーが安心してクリックできる環境です。実現するためのソリューションを今年から来年にかけて出していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「おたくの会社は5年後もあるの?」「つぶれたらお客さんに迷惑がかかるから扱えない」。創業初期に商談した際に投げかけられた。売り切りではなく、一定期間で更新が必要になるセキュリティーソフト。市場の開拓は容易ではなかった。
導入してくれた顧客がいれば全国に出向き、サポートを通じて信頼を勝ち取った。2000年に増資、02年に上場すると、同じような言葉は言われなくなった。「購入していただいたお客様に『買ってよかった』と言われるまで行動する思いが30年間の原動力」。社会的信用という結果は、誠意の積み重ねの末に得たものだった。
セキュリティー製品を拡充し続けているが「どこかでは世の中にない組み合わせを出したい」と話し、まだ途上であることをほのめかした。尽きない野心で、誰もが安心できるインターネット空間を目指す。
プロフィール
道具登志夫
(どうぐ としお)
1968年、東京都出身。複数の企業で営業職、エンジニア職、企画職を経験し、95年6月にデジタルアーツを設立。97年10月、代表取締役社長就任。
会社紹介
【デジタルアーツ】1995年設立。98年に国産で初めてとなるインターネットフィルタリングソフトを開発。安全を確認したWebサイトのみを「ホワイトリスト」に登録しアクセスを許可するセキュリティー製品などを提供する。