弁護士ドットコムは2025年で創業20周年、主力事業の契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」の提供を開始してから10年目を迎えた。この間、クラウドサインは単に契約の締結を担う製品ではなく、契約が含まれる多様なワークフローを支援する基盤へと進化。25年には法務特化の生成AIサービスの提供も開始し、製品ポートフォリオを拡大させている。元榮太一郎社長兼CEOは「法務の新しい常識をつくる」と語り、次の時代に向けて、法務の専門家の働きに依存した業務プロセスから脱却するDXの提供を目指している。
点ではなく面でのサポートへ
――クラウドサインのビジネスの状況を教えてください。
順調に成長しています。クラウドサインによる電子契約の送信数は25年4月~6月は279万件で、提供開始以来の累計では4000万件を超える目前にきています。業績では、26年3月期中に売上高86億6000万円、ARR(年間経常収益)100億円を突破する見込みです。また地方自治体の導入数は300を超えており、シェアは約70%となっています。
コロナ禍で脱ハンコの動きが加速しましたが、その時よりも現在のほうが大きく成長しており、1年間の新規導入社数も過去最高を記録しています。国内では経営者の高齢化が進む中、今までの紙のオペレーションを見直すなど、次の世代に業務プロセスの在り方も含めて会社をバトンタッチする動きがあり、クラウドサインが重視される状況になっています。
国内の電子契約の普及率はまだまだ低いですが、併せて改善しなければいけないのが、利用率です。部門によっては、導入はしたものの使われていないケースもあるのが現状です。当社はクラウドサインによって企業の生産性を向上させることに使命感を持っていますので、国内の電子契約の導入率、利用率ともに上げていきたいと考えています。
――リーガルテック市場では法務の業務を一貫して支援する契約ライフサイクル管理(CLM)が注目されています。
契約の締結だけではなく、契約書の作成や管理・分析までの一連の流れを最適化したいというニーズはあり、AIレビューサービス「クラウドサイン レビュー」や契約書管理サービス「クラウドサイン カンリ」の販売は好調に進んでいます。
一方で契約は法務部門の業務プロセスにだけに関係するものではありません。例えば締結後の契約に基づいた適切な請求など、CRMや基幹システムなども含んださまざまなワークフローの中に契約があり、当社はこれらをより高度化する取引のDXを目指します。
――実現には他社製品との連携も重要になりそうです。
クラウドサインは歴史的にAPI連携を重視しており、他社製品との連携のビジネスは好調な領域です。米Salesforce(セールスフォース)製品やサイボウズの「kintone」など、100以上の製品と連携しており、今後も一つ一つ丁寧に連携先を拡大していきます。
日常業務のワークフローの中に電子契約が統合されていれば、導入後の利用率の改善にもつながるでしょう。顧客を点ではなく、面としてサポートする価値を提供します。
法律の知識をもっと身近に
――独自開発した法務特化のAI基盤「Legal Brain 1.0」を実装したサービスの提供に力を入れています。25年5月にはAIエージェント「Legal Brain エージェント」の提供を開始しました。特徴を教えてください。
Legal Brainは創業から20年間にわたって蓄積してきた多彩なリーガルデータを用いて開発したAI基盤です。今後はLegal Brainを技術基盤として弁護士や企業、一般ユーザー向けの製品を展開していきます。
Legal Brainエージェントでは第1弾として、リサーチ機能を提供しています。法令や判例、専門書籍、ガイドラインに加え、企業法務ポータルサイト「Business Lawyers」で提供する当社のオリジナル記事などをメッシュ構造のように関連付けた独自のデータベース「LegalGraph」に生成AIを組み込んでいます。自然言語による法務関連の質問に対して、これら複数の情報源を横断した検索が可能で、回答には参照した文献など提示します。
企業の法務部門はベテラン社員の退職などが進む中、限られた人材が日々の業務に忙殺されているのが現状です。AIエージェントによる仕事の代替で、法務部門がより交渉の最前線に赴き、ビジネスの担当者が何を望んでいるかを感じ取るなど、より創造性が必要な仕事に時間を割けるように支援します。
販売ターゲットの優先順位については、まずは大企業向けの実績を増やしていきますが、販売する顧客の企業規模は問いません。中小企業では法務の専任がいないケースもあります。それは丸腰状態で戦うようなものなので、経営の最大のリスクと言えるでしょう。Legal Brainによって、法務の専門知識を民主化し、身近なものにしたいです。
――Legal Brainの今後の製品戦略を教えてください。
ビジネス部門が直接使えるようになる未来を目指しています。法務部門に全ての問い合わせが集中するままでは、法務部門の人手不足のボトルネックを解消できなくなりますし、ビジネスのスピードも下がります。例えばクラウドサインがつくるワークフローにもLegal Brainを実装し、契約の際にレビューや法的なポイントの要約を受けられるようにします。
――パートナー戦略を教えてください。
クラウドサインについては既存パートナーとの関係強化に加え、新規パートナーの獲得にも努めます。パートナー企業が基幹システムなど周辺領域との連携まで一貫して支援できるようにパートナープログラムを拡張していますので、既存顧客に深く入り込み、全社的なリーガルDXを推進できるように後押しします。Legal Brainについては現在は直販ですが、将来的にはクラウドサインとのクロスセルをできるようにします。
世界に打って出る
――クラウドサインが単に電子契約を支援するだけではなく、契約を中心にしたワークフローで顧客のDXを支援することは、販売パートナーにも理解されているのでしょうか。
もちろん理解されていますが、もっと明確に印象づけたいです。そのために、当社の製品を顧客やパートナーに紹介し、より深く共感してもらうために年次イベントの開催を検討しています。パートナーセールスやAPI連携に関する戦略、新機能について共通の世界観を持ってもらうための努力をしていきます。
――組織マネジメントの観点で強化したい領域を教えてください。
正直、営業も開発もマーケティングも全てを強化したいです。やりたいことはたくさんありますから。ただ、まずはプロダクトファーストだと考えていますので、製品の進化を加速させます。セールスの部分では、電子契約の膨大な顧客基盤を基にしたハウスリストがあるので、クロスセルを拡大していきます。
――創業20周年の節目の年になりました。中長期的な展望を教えてください。
生成AIはやはり重要な技術だと考えており、創業以来、最も刺激的なタイミングだと考えています。プロフェッショナルの人材だけが担わなければならなかった法務の領域を、プロダクトによって支援できる時代になったので、まずは国内で一人でも多くの人に価値を提供したいです。
その先はグローバルでの展開を見据えています。契約という行為に国境は関係ありませんので、世界に打って出ます。アジアでは日本の法制度と親和性が高い国はたくさんあります。法務はビジネスのインフラと言える領域ですので、信頼性を獲得して世界でも認知される存在を目指します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
弁護士ドットコムの創業には「専門家をもっと身近にしたい」との思いが強くあった。大学生のときに事故を起こした際、相談した弁護士の知識に救われたことが原体験としてあるからだ。短い取材時間の中で「法律の専門知を民主化したい」という趣旨の発言が幾度もあった。かつて助けてくれた弁護士が「ヒーロー」として映った経験が、今でも元榮社長兼CEOを突き動かしているのだろう。
クラウドサインの製品ポートフォリオや外部連携先が広がる中で、営業や調達、人事など、さまざまな役職の人が自社の製品に関わるようになった。生成AIの提供に力を入れる姿勢には、契約の領域に特化した知見を持つわけではない人でも、法務知識の恩恵を受けられる世界を実現する強い決意が感じられた。
プロフィール
元榮太一郎
(もとえ たいちろう)
1975年、米イリノイ州生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、99年に司法試験に合格し、2001年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。05年に独立し、元榮法律事務所(現Authense法律事務所)を開所。同年にオーセンスグループ(現弁護士ドットコム)を創業。
会社紹介
【弁護士ドットコム】2005年に創業。法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や契約マネジメントプラットフォーム「クラウドサイン」などを展開する。25年3月期の連結業績は売上高が前期比24.3%増の140億7200万円。営業利益は前期比12.4%増の13億8900万円。